69 潮騒
来ていただいてありがとうございます!
「全然眠れない……どうしよう」
あんなに早く眠ってしまったのは初めてだ。できるなら外を散歩したいけど……。
「さすがにそれは危ないよね」
またいつアレが襲ってくるか分からないんだし。
「カレンは無事かな?」
他の所にも出てきてたりするのかな?
今日の黒いものって、王都で襲われた時と同じ感じだった。具体的に何がどうとかは言えないんだけど、王妃様の中にいた悪魔が一番濃くて、その次が王都の時、そして今日のが一番薄い感じ?あの小さい黒いものがいっぱい集まって悪魔になるのかな?でもあれが病気の元の悪魔の種子なんだよね?王妃様が仰ってた。多分。うーん、良く分からなくなってきた。
私はそっと窓を開けてバルコニーへ出た。
「波の音が聞こえる」
海からの風がふわりと寝間着のワンピースの裾を揺らした。ん?あれ?そういえば着替えって?いつしたっけ?あ、そうだよね?メイドさん達だよね?うん。それにしてもちょっとこの服は防御力が低いなぁ……。腕は全部出ちゃってるし、膝丈だし、薄い生地だし。胸の辺りも……。でも、誰も見てないから大丈夫かな。
星空、海、砂浜、花畑と神殿への道。お屋敷の周りに植えられた木々の隙間から見える景色はとても綺麗だった。しばらく夜風にあたって景色を眺めてた。
「エリー?」
下の方から声をかけられた?小さな声だったけどその声の方を覗き込んだ。紫色の光る石に照らされてシオン様が見上げてる。
「シオン様?……って、え?ここ二階ですよ?」
なんとシオン様が私のいるバルコニーへ上って来たのだ。梯子とか見えないんですけど、どうやって来たの?
「壁を上って来ただけ。問題無い。小さい頃からこのくらいは普通にやってるからな」
「そうなんですか?よくお怪我とかされませんでしたね」
「小さな怪我なんてしょっちゅうだったな」
シオン様って結構やんちゃだったんだ。
「ふふふ……」
「何を笑ってる?」
「いえ、ごめんなさい。何でもないです」
「…………」
あ、シオン様ちょっとムッとしてる。こちらを見ずにそっぽを向いてる。ちなみに会話は全部小声。深夜だし、他の人達を起こしちゃうと申し訳ないもんね。
「眠れないのか?」
「はい。さすがに早く寝すぎちゃいましたから。目が冴えちゃって。すみませんでした。お話の途中で」
「疲れていたんだろう。気にしなくていい」
「えっと、どなたが部屋へ連れて来てくれたんでしょう?」
私はすっごく気になってたことをシオン様に尋ねた。
「ルーナ・サンセレス様だ」
「え?ルーナ様が?」
ルーナ様って結構力持ちなんだ。驚いたけど私はちょっとホッとした。
「安心するのは早いかもしれないぞ」
「え?」
「……いや、いい。その件に関しては調べるから」
「?」
何のこと?シオン様はそれ以上その事には何も言ってくれなかった。波の音が聞こえてくる。シオン様は海の方を見てる。
「……シオン様はどうしてこんな夜中に外に?」
「僕は見回りだ」
「シオン様が?」
「僕は昼間の戦闘では役立たずだったからせめて見回りくらいはせねば。今、この屋敷には僕が作った魔法道具の結界が貼ってある。それがきちんと作動してるか見回ってるんだ。僕の魔力で動いているからな」
そういえばシオン様は国王陛下と会った時にフィル様の魔法を防いでいたっけ。紫色の石でできた魔法道具で。そういえばお屋敷の周りの木々の下、あちらこちらに紫色の光が見えてる。
「シオン様は凄いです!こんな魔法道具が作れるなんて!ご自分の事を役立たずなんて仰らないでください」
「そうか……」
「はい。他にはどんな魔法道具があるんですか?」
「色々あるぞ。物騒なのから、面白いものまで」
シオン様はいくつか魔法道具の名前を挙げて説明しくれた。もっと聞きたいけど、シオン様は
「今日はここまでにしよう」
と言って話を切り上げた。うーん、ちょっと残念。
「良かったら今度見せて下さい」
「ああ」
また、しばし無言。波の音が聞こえる。シオン様は寝なくて大丈夫なのかな?足元を見て何かを考えてるみたい。
「……正直僕は王位に全く興味が無い」
ああ、貴族の中にはそういう人もいるよね。うんうん。わかる。私もそっち派!庶民だけど。
「ウィステリアワイズの当主の座にも」
「え?」
あれ?そうなの?この言葉には驚いた。思わず大きな声を出しちゃって慌てて両手で口を塞いだ。
「だけど、君がそう望むなら……」
シオン様が海の方から私へと向き直った。
「国王として君を支えたいと思っている」
え?シオン様それって……。
「ただ、君がどうしても嫌なら、僕が全力で君を逃がしてやろう」
「ええ?に、逃がす?」
「そうだ!正確には全力でカレンに押し付ける方法を考える。もういくつかプランはある」
「は、早っ!それに押し付けるって……。シオン様やっぱり凄い!あははは」
「こら!声が大きいぞ!」
「すみません。……でももしもその時は頼りにしてもいいですか?」
「ああ、任せろ」
「嬉しいです。シオン様がいてくれて良かった。ありがとうございます」
「ふん」
シオン様はそう言ってそっぽを向いてしまった。
「そういえばシオン様、今日のあの黒いものの事なんですけれど……」
私はさっき考えてた事をシオン様に話してみた。
「集まって悪魔に……」
「あれは悪魔の種子かな、と思ったんですけど……考えてるうちに良く分からなくなっちゃって」
「……本体が無い……だとすると、まさか、そんなことが……」
「シオン様?」
どうしたんだろう?
「いや、ちょっと考えをまとめる。お休みエリー。だが、その姿で外に出ない方がいいぞ。僕の前だけならいいが」
そう言ってバルコニーから飛び降りて行った。
残された私は今の自分の恰好を思い出す。体を抱き締めてしゃがみ込んだ。何とか叫ぶのは堪えたよ。私えらい!そしてとてつもなくあほだ!!もうお嫁にいけないかも。恥ずかしい……。
「シオン様にお嫁に貰ってもらうしかないかな?」
ぽつりと呟いた自分の声で更に恥ずかしい事を思い出す。
あれ?さっき私、シオン様に求婚されてなかった?
ここまでお読みいただいてありがとうございます!