68 話し合い
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「あれ?エリー?」
見ればエリーはソファに座ったまま、こくりこくりと船を漕いでる。ノアレーンはエリーの前にしゃがみ込んだ。
「まだ日が出てるのに珍しい。よっぽど疲れてるんだね」
「毎日大量の花光玉を作ってらっしゃるし、あのような力の強い花光玉を作って、海神様と交感なさったのですから当然ですわ。しかもあのような悪意に晒されて……一体この国の神官達はどうなっているのでしょうか」
ルーナがその端正な顔に不快感を滲ませた。
「たいていの奴らは下らないプライドだけは一人前だよ」
ウォルクが冷たく言い放った。
「確かに神の声を下ろす行為はその後は随分と疲れると聞いたことがある」
シオンは国王レオナルドの暴走後にアルジェ神官がしばらく疲労困憊だったと報告を受けていたことを思い出す。
「じゃあ、お姫様をお部屋にお連れしようかな」
ウォルクが立ち上がり、他の男性陣が一斉に止めようとしたその時。
「お待ちください。ご家族でも婚約者でもない男性がエリー様に手を触れるなどあり得ませんわ」
ルーナが声を上げた。
「しかし……、この中では俺が一番力が強いよ?」
確かにウォルクはこの面子では一番背が高く、騎士として鍛えているため力が強いと思われる。
「僕は魔法があるから、エリーがどんなに重くても大丈夫だよ」
ノアレーンは譲らないためとはいえ、エリーが聞けば滅茶苦茶怒りそうなことを言い放つ。
「私は彼女の保護者だ。親代わりと言ってもいい」
エリーと二歳しか違わないフィルフィリートも苦しい理屈とは思いながらも譲らない。
「いやいや、ここは僕の屋敷だしね!」
もはやエリーに触れる理由にすらなってないが、シオンも負けずに言う。
「どなた様にも資格がおありではないようですね」
唯一の女性であるルーナが立ち上がりエリーに近づいた。おいおい、いくらなんでも女性には無理だろうと思い誰もが止めなかった。が、ひょいっとエリーを抱き上げたルーナはにっこりと微笑んだ。
「では。しばし失礼を」
エリーを姫抱きしたまま、優雅にお辞儀をして退出していった。
「…………」
家族でも婚約者でも女性でもない面々は呆気にとられ、何も言えずにそれを見送るしかなかった。
「結局、あの黒いものは何だったんだ?あれも悪魔なのか?」
シオンが用意された菓子を爆速で食べている。
「王都やリーフリルバーン家にエリーを襲いに来た悪魔と似ていたな」
ウォルクは腕と足を組み、撃退した悪魔の事を思い出す。
「本物を見た後ではあいつらは悪魔の影の様だと思える」
フィルフィリートも何度か悪魔を追い払っているが、あの時はまだ自分の魔法が通用していたのだ。
「え?エリーは悪魔に狙われてたの?」
ノアレーンが顔をこわばらせる。
「一体どうして?いつから?僕がそばにいた時はそんな気配は……」
「悪魔が病を広めたのは人間の負の感情を糧としているから。そして病で苦しむ人々の感情を喰らい、力をつけるためだったよね。もう随分前からエリー達は花光玉を作っていたというのに、何故急にエリーが狙われたんだろう?」
何枚かの菓子の皿を空にして、シオンはようやく満足したようでお茶を飲み始めた。
「そう言えばエリーは王都で初めて会った時、北の塔から来たと言っていたが、あんな所に何の用があったんだ?フィル」
「それは……」
フィルフィリートはノアレーンを睨んだ。フィルフィリートが言葉を継ぐ前にノアレーンが白状する。
「僕が誘拐して連れてった。そういえばあの時エリーは塔の付近に出現する幽霊達を浄化してた」
聞き捨てならないことがあったが、ウォルクはより気になった方を聞き返した。
「エリーが花幽の塔の幽霊を?」
戦で亡くなった人々の霊が彷徨い、生者を闇の世界へ引きずり込むという花幽の塔。夜には近づくことすら危険だと言われている場所にある。
「星を集めたような花光玉を作って、それが今日みたいに光を放って幽霊達を浄化してた。綺麗だったな……。今日のも凄かったけど。エリーの力はどんどん強くなってる。昔のお師匠様と同じかそれ以上に」
ノアレーンは切なげにどこか遠くを見つめている。
「あの場所の全ての亡者達を鎮めたのか……。凄いなエリーは。そうか!その後か、悪魔がエリーを襲い始めたのは。悪魔は亡者の怨念を喰らっていたんじゃないか?」
「そこからも力を得ていたんだとしたら悪魔がエリーを邪魔に思うのも当然だね」
ウォルクの疑問にシオンが答える。是であると。
「……ますます欲しいな」
ウォルクがポツリと呟く。ウォルクは以前エリーに軽い気持ちで嫁に来いと誘っていたが今回は正式に結婚の申し込みの為にやって来ていたのだった。
「……!」
「フィルはまだ返事を貰ってないんだから、そんな顔で睨まないでくれるかな?」
「エリーは今は全部断るって言ってたよ。僕も速攻で断られたし」
「へえ、ノアレーンはもう求婚したんだ。よくそんなことできたね」
「ウォルク様それは…!」
ノアレーンを非難するウォルクをフィルフィリートは止めようとした。
「いいよ。フィル。僕は前世で大きな過ちと罪を犯してる。正直エリーと一緒にいる未来を望む資格は無いと思ってる。でも今度は間違えない。この命を懸けてエリーを守ることだけは決めてる」
「ノアレーン」
シオンは痛ましげにノアレーンを見た。
「でも、まあ、エリーは許してくれたからね。諦めるつもりは無いよ。誰かさんが目を付けてくれる前から、エリーは僕が守ってたんだからね」
笑いながらノアレーンはフィルフィリートを真っ直ぐに見つめた。フィルフィリートはノアレーンの切り替えの早さに呆れていたが、安心もしていた。罪とは言っても生まれる前の事であり、ノアレーンがその罪に囚われることをエリーが望んでいないのだ。
コンコンとノックの音がしてほくほくと何やら嬉しそうなルーナが戻って来た。
「エリー様のお着換えのお手伝いをして、お休みになっていただきましたわ。眼福でしたわ」
「…………」
もちろんメイド達と一緒にだろう。しかし男達の心にはある疑念が浮かぶ。ルーナの顔はやや紅潮していないか?本当にエリーを任せて良かったのかと。自分達は知らず致命的なミスを犯したのでは?
男性陣の疑惑の目を軽く受け流してルーナは椅子に腰を下ろした。
「それで?何のお話をなさってらしたの?」
シオンがルーナに悪魔の本体と影、悪魔が喰らっているものについてを説明する。
「そうですか。悪魔が糧とするのは、人の心の闇という事ですわね」
「なかなか、詩的な表現をするね」
ウォルクが少しからかうように笑った。
「笑い事ではありませんわ。もしそうならば悪魔は無尽蔵に力を付けて強大になれるという事なのですから」
「…………そう。だから余計な力をつける前に、完全に倒すか闇の世界へ帰さなければならない。でないと、闇の扉が開かれてしまうかもしれない」
シオンが厳しい表情になる。エリーは難しいと言っていたが、何か方法があるのかもしれないとシオンは考えていた。
「王妃の中にいたあの悪魔は何処にいるんだろう?」
ノアレーンはあの時、自らの力だけでは悪魔を倒しきれなかったことに少なからず衝撃を受けていた。それほどにあの悪魔は強かったのだ。
「……そもそも本体なんてあるのか?」
ウォルクの呟きはどこか遠くから来た想いを口に乗せたように響く。
「え?」
一同が驚いてウォルクに注目する。
「ああ、いや、変なこと言って悪い……。なんか急にそんなことを思い付いちゃってね」
ウォルク自身も自分の発した言葉に戸惑っているようだった。
「とにかく今のところ悪魔本体の動きは見られないようだ。だからエリーの言う通り、神殿の浄化を行っていくしかないと思う。今日のように神殿側や悪魔の妨害行為とも考えられる事も起こるかもしれない。エリーだけは必ず守らなければ」
「当然!!」
フィルフィリートの言葉に皆が賛同し、その日の話し合いは終わったのだった。
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