66 海神の神殿
来ていただいてありがとうございます!
「それならまず我が領地の神殿へ来てくれないか?」
私の話を聞いたシオン様が申し訳なさそうにそう仰った。
「実は悪魔憑きの病が急に増えてきているんだ」
「それだったら、花光玉をお送りしましょうか?」
私の提案は却下された。花光玉はお城に一旦集めて平等に国民に配られることになったそう。
「しかし、それだと貴族連中が不正をするのではないか?」
ウォルク様は貴族の政治を信用してないんだね。
「それに関しては、うちの一族が責任を持ってやらせてもらう。それぞれの領地、王都の患者数を割り出して平等に分配することになっている。神殿の怠慢に関しては銀の一族と黒の一族の調査が入ることになっている」
「それに伴って、王都での花光玉の販売は一時終了となるんだ」
フィル様が私に向かって説明してくれた。その代わりに王国が相応の対価を支払ってくれるそう。
「困ってる人に平等に行き渡るのでしたら私は構いません。皆さんで良いようにしてください」
私は花光玉を作りまくればいいんだよね。
「ただ紫の一族の領地は他の領地と比べて病の患者数の増加が激しいんだ。王都に匹敵する程に」
「ああ、紫の一族の領民は商人や職人が多いからね。王都の人々と交流する機会も多い。患者が増えるのは自然なことだろう」
「じゃあ、まずはシオン様の領地へ向かいましょう」
フィル様の言葉で私はまず、紫の一族の領地にある海神の神殿へ行くことになった。
「海を見るのは二度目だわ」
今日はとても良い天気で波も穏やかだった。海面は青く輝いていて前に見た時とは様子が全然違ってた。
海神の神殿は以外にもそんなに海のすぐ近くにはなかった。海から少し離れた場所にある神殿までの道の両脇に神殿と同じような柱が左右に等間隔に立っている。年に一度海から神様がその道を通ってやってくる儀式があるのだそう。
「遠い昔には海が神殿の前まであって少しずつ遠ざかって行ったんだそうだ。その度に海までの道が伸び、柱が立てられたようだ」
「そんなことがあるんですね。不思議です」
「神殿に残された文献によるとリュミエール王国の建国以前からの話なんだ」
シオン様が説明しながら先導してくれる。道の周りには神様が好きだとされる三彩花という花が一面に咲いている。三彩花は背の低い植物で、その花は咲き始めは淡い紅色で次第に濃い紅色に染まり、最後には紫色に咲き終わる色変わりの花だった。不思議なことに海に近い方から先始め、波のように美しいグラデーションを作りながら咲いていく。海から神殿までの道は一面の花の絨毯みたいだった。
神殿に近づくにつれて、何だか空気が重いような気がしてきた。前にお城へ行った時みたいに。
「エリー様、大丈夫ですか?」
隣を歩いていたルーナ様が気にかけてくれる。
「はい。大丈夫です。何だか空気が重いっていうか、澱んでるような気がするんです。体調は何ともありません」
「そうですか。それなら良かった。でも私達は同じ女性同士ですから、何でも気兼ねなく仰ってくださいませ」
「はい。ありがとうございます。ルーナ様」
ルーナ様お優しいな。
海神の神殿に入ると神官長様だという恰幅の良いおじいさんが出迎えてくれた。後ろに何人もの神官様達を引き連れている。
「一体何用でございますか?シオン・ウィステリアワイズ様」
言葉は丁寧なんだけど、ものすごく怖い顔をしていて偉そうだった。
「そちらは……。ああ、神の守護を給わったとかいう農民の……いやご令嬢でしたかな」
ああ、私の事信じてもらえてないんだ。それどころか馬鹿にされてるみたい。後ろに控えてる神官様達も笑いをこらえるような仕草をしてる。感じ悪いなぁ。
「して、神代様は何故こちらへ?」
シオン様が神様の言葉を説明すると、あからさまに不機嫌な様子を隠すこともなく威嚇するように声を荒げた。
「なんと不遜な!!神の声を騙り、我々を愚弄するとは!!」
神官長様の声に連動したように後ろにいた神官様達が私達の周りを取り囲んだ。
ノアとウォルク様がシオン様の前に出て、フィル様とルーナ様は私の後ろを警戒してる。
「我々の海神様の力は衰えてなどおらぬ!お前のような山猿の力など必要ない!」
あ、また山猿って言われた……。今日はルーナ様やマイヤさんに相談して失礼のない服装にきちんとしてきたんだけど、中身が私じゃ駄目かなぁ。
「何言ってんの?あんた達がまともに働かないから悪魔憑きの病が無くならないんだよ。聖職者の名を借りた金の亡者どもが!」
「なんだと?!」
神官長様は顔を真っ赤にして、あろうことが攻撃魔法を繰り出そうとしてる。う、嘘でしょ?攻撃してくるの?
「ウォルク様?何挑発してんの?まあ、今の発言はちょっと許せないけどねぇ」
ノアが手のひらの上に魔法の光を浮かべ始めた。
「エリー様、シオン様、お下がりください」
そう言ってルーナ様が魔法を発動させる。
「防御魔法か」
フィル様が神剣を出現させた。え?なにこれ?何で戦いになるの?花光玉を奉納しに来ただけなのに?
「おかしい……。神官長も神官達もこんなことをするような人間では無かった。もし仮に心の中でどんな風に思っていようと、王国に認められた神代にこのような態度をするほど分別が無くなるなんてありえない……!」
あ、鎮め玉……。シオン様の言葉に私は思い出していた。塔と幽霊とカレンとを。
「できるかも……。ノア!ウォルク様!ちょっと待ってください!!私やってみます!」
「!分かった!でもあんまり長くはもたないからね」
ノアはそう言うとルーナ様の防御魔法の上から更に防御魔法をかけてくれた。
「うん。ありがとう!ノア」
私は集中する。
「力を貸してくれる?」
呼びかけたのは神殿の周りに咲いている三彩花達。みんな笑って
「いいよ」
って言ってくれてる。
「神様……私にお力をお貸しください」
胸の白雪花晶のペンダントが熱を持つ。
「やめろぉっ!」
怒鳴りながら水魔法の攻撃を仕掛けてくる神官長様。同時に一斉に神官様達の攻撃魔法も放たれた。
私の手のひらに光が集まる。薄紅と紅色と紫色の綺麗な光。
『その昔愛した人の娘がこの花を愛していたのだ』
声が聞こえたような気がする。収束した光が私の手の上で結晶となり、再び鮮やかな紅色の光を放つ。
「お願い」
花光玉からの光が神官様達の胸を貫く。押し出されるように黒いものが飛び出してくる。倒れ、しりもちをつく神官様達。
「すごい……」
「あの黒いものは……」
ルーナ様とシオン様の声が聞こえたけど、私はまだ答えられなかった。あの黒いものを消さなくちゃ。光が黒いものを追尾して消していく。ああ、数が多い……!
「なるほどね!」
「そういうことか!」
ウォルク様とフィル様がそれぞれ防御の外へ飛び出していった。二人は飛び出た黒いものを次々に切り伏せていく。残った黒いものが神官長様から出てきたひときわ大きな黒い影に吸収されていった。影は黒い人の形をとっていびつに長い腕をこっちへ向けてきた。
「させないっ!!」
ウォルク様がその腕を切り落とし、フィル様がその胴を横一文字に切り払った。
人の形の黒い影はその口から何かを言おうとして開き、結果何も言うことは無く消え去って行った。
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