64 油断も隙も無い
来ていただいてありがとうございます!
朝食後、フィル様にお話を聞いてもらうためにエドさんと一緒にフィル様の書斎へ向かっていた。
「本当のところ、エリーさんはフィル様をどう思ってるんですか?」
「え?」
いきなりの質問に凄く焦ってしまった。思考がストップしてしまう。
「もしかして他に誰か想う方でもいらっしゃるのですか?」
「い、いませんっ!」
一瞬、若い頃のレオナルド様が頭に浮かぶけれど、私としては散々な目に合わされてきた記憶の方が強いから無いなって思う。
「良く分からないんです。その、恋とかって……」
「…………そうですか。エリーさんはまだ十五歳でしたね。まあ、うちのフィル様もはっきり言わないのが悪いですね。今回の婚約のこともオーガスト様とシオン様のお膳立てあってこそだったですしねぇ」
ああ、エドさんが誤解してる!
「あ、いえ!!違います!フィル様は悪くないです!その、言って下さいました……」
「……はい?」
「あ、えっと、……フィル様はお気持ちを言葉で伝えて下さいました。私が色々あってちゃんと考えられなくて……。でも私の気持ちを待ってくださるって。ですので、フィル様をそんな風に仰らないでください。私がまだきちんとお返事できてなくて」
思い出すと顔に熱が上がる。
「それまではその、婚約はそのまま進めると」
「引かなかったか。よし、やればできるじゃないか……!全く!奥手に見えてやはり緑の一族の男だな……!グッジョブだ!」
あれ?エドさん口調が?なんかグッと拳を握り締めてる。緑の瞳に炎が見えるような……?
「エドさん……?」
「こほん、失礼しました。それで?エリーさんはフィル様をお嫌いですか?」
「そ、そんなことありませんっ!」
「ほうほう。ではこのまま婚約を進めるのはオーケーということですよね?」
「それは……以前とは状況が変わってしまって……」
「国王の継承問題ですね。フィル様の覚悟はとうにできていますよ?エリーさんを支えるのに何の支障もありません」
「覚悟……。そうですね。私が駄目なんです。覚悟とか何もできてなくて……」
「エリーさんにとっては何もかも急な事でしたよね。でも急かすつもりは無いのですが、確かに状況が急激に変わっています。貴女を守る為にも言い方は悪いですかフィル様を利用するのも手ですよ?」
「そんな……」
フィル様には良くしてもらってる。この上自分を守る為に利用するなんてできないよ。
「すみません。少し言葉が過ぎましたね。私はフィル様の兄同様ですし、貴女の兄でもあります。この先どうなろうと二人の味方なのは忘れないでくださいね」
「エドさん。ありがとうございます」
「それで?フィル様にはどのようなお話を?」
「はい。ゆうべ神様とお話ができたのでフィル様に聞いていただこうと思ったんです」
「フィル様に?」
「はい」
「……一番に?」
「はい……お仕事のお邪魔だったでしょうか?」
今はまだ王都にいるオーガスト様の代わりに領地の仕事をこなさなければならないフィル様は忙しいとは思うんだけど……。
「これでじ……なしか……」
エドさんが何か呟いたけど聞き取れなかった。
「あの、エドさん?」
エドさんはにっこり笑って私をフィル様の書斎へ押し込んだ。あれ?エドさんは?いいのかな?
「エリー?どうしたの?」
「すみません。少しお話があって。お忙しいなら後にします」
「大丈夫だよ。急ぎの案件だったけど、今片付いたから。朝食を一緒にできなくてごめん。数日前に局地的な大雨が降ってね。水路が壊れたんだ。対処できる魔法使いを手配したところなんだよ」
フィル様は手に持った魔法道具を机に置いた。
机の前のテーブルには手つかずの朝食が残ってる。
「お茶、冷めてしまってますね。温かいものと取り換えてきます」
私はお茶のカップを盆にのせようとした。
「構わないよ。まだ気温も高い。冷たくてもいいくらいだから」
「じゃあ、私は出直してきます。また後でお話を聞いてください」
部屋を出ようとした私の手をフィル様が掴んで止めた。
「エリーの話を先に聞くよ」
「え?!でも、それだと朝食がずっと後になってしまいます」
「じゃあ、食べながら聞くよ」
「ご飯はゆっくり食べた方がいいと思います」
やっぱり、後にしておけば良かったと申し訳ない気持ちになった。ふいに手を引かれてソファに座らされた。
「フィル様?」
「じゃあさ、エリーの顔見ながら食べたいから、ここにいて」
そう言ってフィル様は私の隣に座って食事をとり始めた。
「うん。やっぱりエリーと一緒だと食事が何倍も美味しいよ。いてくれてありがとう」
フィル様、優しすぎるよね。お忙しいのに私にそんなに気を使ってくれなくてもいいのにな。
「それで?エリーの話って?」
「ゆうべ、神様とお話できたんです」
「え?」
フィル様は驚いて飲んでたお茶のカップを珍しく音を立てて置いてた。
今回私が神様とお話しできたことや、悪魔を倒すために力を貸してもらえたことは、例外的なことでいつもできるわけじゃないことやカレンに護りの力を与えたのは光の神様だったことを伝えた。
「そうか。毎回あんな風に助けが貰えるわけじゃないんだな」
「それから、王都が悪魔の出す瘴気で汚染されてるんだそうです」
「瘴気?」
「はい。それで神殿に宿る神々の力が落ちてしまって、余計に悪魔が力をつけやすくなってるんです。それで各地の神殿を巡って花光玉を奉納して欲しいそうです」
「花光玉を?」
「はい。弱った神様に力を貸して本来の力を取り戻してもらうための媒介にするそうです」
「そのために各地の神殿をエリーとカレンで手分けして訪問するという事か。私も一緒に行くよ。しかし悪魔に対抗しうるのは聖なる力。私の魔法では心もとないが……」
フィル様が少し悔し気に考え込んでしまった。
「あの、フィル様……そのことなんですけど、神様の話では神剣というものがあるんだそうです」
「神剣?」
「はい……。聖なる力を宿す剣で、使用者として認められれば悪魔と戦って滅することができるって神様が仰ってました。でも……」
「それならばすぐにでももらい受けに行こう!それはどこにあるんだ?」
フィル様はそう言うだろうなって思ってた。でも……。
「待ってください!その剣を手にしたらフィル様はどうなさるんですか?」
「当然、戦うよ。悪魔と」
「でも、私はフィル様に危ない目にあってほしくないです」
「それは私も同じだよ。悪魔はエリーを邪魔だと思ってる。花光玉は悪魔に対抗できる力だから。悪魔がまた襲ってきても今の私ではエリーを守り切れないかもしれない。そんなのは嫌だ。そして他の者にエリーを守る役目を譲りたくない。私は自分の手で大切なものを守りたいんだ。分かってほしい」
本当はこのことは言うかどうか迷ってた。フィル様は神剣が無くてもきっと戦おうとする。真面目で優しくて責任感の強い方だから……。だからフィル様を守るためにも神剣を持ってもらった方がいいとも思ったの。でも、言ったそばからもう後悔してる……。これは言っちゃ駄目だったんじゃないかって。私、考え無しだったかもしれない。フィル様に何かあったらどうしよう……。私は俯いて両手を固く握りしめた。
「エリー?」
気が付くと私はフィル様に抱き寄せられていた。
「もしかして心配してくれてる?」
頷いた拍子に涙がこぼれてしまった。泣くのは卑怯だ。自分で話して、巻き込んでおいて。
「エリーには身を守る術がない。私の方がエリーの事を心配だよ。それとも私は頼りない?」
大きく首を横に振った。
「フィル様はとても強いと思います。でも……」
「愛してる」
「……っ」
思わず顔を上げてしまってちょっとだけ後悔した。顔が凄く近い……。
「フィルさまっ、ちょっと待っ……」
「言ったはずだよね。私は引かないって」
フィル様の顔がもっと近づいてくる。このままじゃ、唇が触れ合う……
「はーいっ!!そこまでっ!」
この場にいるはずがないけど、いてもおかしくない人(能力的に)の声が聞こえた。
「ノア?」
「まーったく、油断も隙も無いなぁ。翡翠の風さん?」
腕を組んだノアがそこに立っていた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!