57 シルヴィア
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通された部屋は王宮の最上階の少しこじんまりとした部屋だった。私からしたら十分広くて豪華な家具のあるお部屋なんだけどね。それでも国王ご夫妻の生活する場所にしては、飾り気が少なくて私にとっては居心地の良い場所だった。回復されたとはいえ、国王レオナルド様はまだ立ち上がることができずに、王妃シルヴィア様の支えを借りてソファに座ってる状態だった。首からあのお日様色の花光玉を下げてる。
「シオン様、ウォルク様も……!」
二人も呼ばれたんだね。先に窓辺の席に並んで座ってた。二人もいてくれたのを見てかなり安心したんだ。窓からもお花の良い香りがしてくる。私が力を借りた花達かな?体に入ってた力が抜けていく。クロティルドの知り合いだとしても、今の私には国王ご夫妻は雲の上の人達。そんな人達に会うなんて凄く緊張してたんだ。隣に座ったフィル様にはあの婚約話で何となく一緒にいるのが、別の意味で緊張してしまうから余計に。
「まずはエリー嬢、助けてくれてありがとう。君を犠牲にしようとした私を救ってくれたこと、感謝してもしきれない」
国王様は座りながらも頭を深く下げた。
「そんな……私は」
「本当だよね。国を守るべき王が、国民を危険にさらすとか何を考えてるんだか」
ウォルク様が冷たく国王様を見ている。かなり怒ってるみたい。
「すまない……」
「ウォルク様いくら貴方が異母弟君でも、一応国王陛下なのですから、もう少し言葉を慎まれた方がいいですよ」
シオン様が丁寧な言葉遣いをして窘めててちょっと不思議な感じ。
「まあ、そのことは今は良いけどね。で?何の話?俺達はあんたたちのやらかしの件で何度も事情聴取されて疲れてるんだけど?」
「ウ、ウォルク様……」
こんなに遠慮なく喋っちゃって大丈夫なの?私がハラハラしながら見ていると、王妃様が微笑んで私を見た。
「この場は非公式の場です。人払いも済んでいますわ。心配しなくても大丈夫よ」
「それで、我々にお話とは何でしょう?」
フィル様が国王ご夫妻に問いかけた。
「エリー様にお詫びとお礼を申し上げたかったのです。わたくしのせいで貴女に多大なるご迷惑をお掛け致しました。取り返しがつかないこともありますが、それでもどうしてもわたくしが貴方に直接謝りたかったのです。本当に申し訳ありませんでした」
そう言って王妃様も深く頭を下げたのだった。
「嫌だったのです、どうしても……」
王妃様は話し始めた。
「隣国へ嫁ぐなんて。王都へ迫る隣国の王が求めたものは領土とわたくしでした。隣国の王は五十代。わたくし当時まだ十五歳。絶対に嫌でした。隣国の王はリュミエール王国の魔法の力を国に取り込みたかったらしいのです。確かにわたくしは銀の一族の中でも抜きんでた力を持っていました。その力を狙われたのでしょう。でも、お父様よりも年上の男性に嫁ぐなんて絶対に嫌だったのです。
わたくしには密かに好きな方がいました。金の一族のレオナルド・キングストーン様です。騎士の練習場での屈託ない明るいお姿をお見掛けしてからずっと……。婚約者の方がいらっしゃるのは知っていたのです。ごめんなさい……」
ここで王妃様は私を見て目を伏せた。ああ、王妃様も私の事知ってるんだね。誰に聞いたんだろう?
「でもどうしても近づきたくてわたくしは戦場へ出たのです。当時国王だったお父様は反対なさいました。わたくしもとても怖かった。けれどわたくしは戦場で治癒魔法や防御魔法を駆使し、先頭に立って戦うレオナルド様を守りました」
それで二人は急接近したのよね。クロティルドも頑張ってたけど、気づいてもらえなかったなぁ。俯いてしまった私の膝に置いた手がふいに温かくなった。フィル様の手が重なってる。見上げるとフィル様がかすかに笑ってた。励ましてくれてるように感じて嬉しかった。
「それでも戦況は変わらなかった。何故あの隣国がこんなに武力をつけたのか……。お父様達は話し合っていらっしゃるけど、そんなことはどうでも良かったのです。このままでは戦に負けて、隣国へ嫁がされてしまうと恐れたわたくしは王宮の地下深くへ下りていった。リュミエール王国に昔から伝わる悪魔の話。半信半疑だったけれど扉は本当にあったのです。わたくしは意を決して扉を開けました。
戦は勝利で終わりました。その結果は惨憺たるものでした。敵も味方も多くの命が失われました。それでもわたくしは安心しました。祖国を守ることが出来ましたし、これでわたくしは隣国へ嫁がなくてすむのですから。レオナルド様と一緒にいられる、と。その瞬間、悪魔が私に話しかけました。
『これで契約は終わった。長きにわたりよくぞ我らを閉じこめてくれた。その恨みをこの国で晴らそうぞ』
銀の一族に代々伝わる悪魔封じの魔法は効かなかった。戦で流れた血のせいで悪魔は契約した時よりも力をつけてしまっていたのです。新たに契約を結び直そうにもわたくしの力では足りなかった。わたくしは自分の体の中に悪魔を封じ込めました。わたくしの聖の魔力でわたくし自身を結界にしたのです。こうしてわたくしは闇の世界へ行くはずだった。
わたくしが目覚めた時、最初に目に入ったのはレオナルド様の笑顔だったのです。わたくしの中の大きな赤黒い闇は消え去っていたの。黒の一族の魔法使い二人が助けてくれたのだと聞きました。二人はわたくしの身代わりに呪いを受けて命を落としてしまったとレオナルド様から聞かされたの。恐らく悪魔を闇の世界へ送ってくれたのだろうと思いました。申し訳ないとは思ったのだけれど、わたくしは嬉しい気持ちの方が大きかったのです。これでレオナルド様と幸せになれるから」
「それで?その時に悪魔がいなくなったというなら、今のこの事態はどういうことなの?」
ウォルク様は少し苛立ったような声で王妃様に問いかけた。王妃様は一瞬体を震わせた。国王様が王妃様の肩を抱き寄せた。
「悪魔の呪いが解けきっていない、残っていたということですが……」
シオン様は黒の一族への依頼した内容を聞き出したのだそう。
「悪魔は二体いた……小さな弱い悪魔がもう一体」
「……その通りですわ、エリー様」
「分かっていたのか!ならば何故!」
ウォルク様は激高しかけた。それをシオン様が止めていた。
「分からなかったのです。本当に最初は」
王妃様は胸を押えた。国王様はそんな王妃様の肩を抱き寄せた。
「戦が終わってしばらくしてからなのです。胸の中に微かな違和感を感じ始めたのは。日ごと年ごとにその違和感が少しずつ大きくなっていった。わたくしはレオナルド様と一緒にいられる日々が本当に幸せで手放すことが出来なかった。だからわたくしの魔力で抑え込んでいたのです。気が付いた時にはわたくしの中の悪魔は大きく育ち、そしてわたくしと深く結びついてしまっていたのです」
「結びついた……つまり支配されていったということですか、体も心も……」
フィル様が痛ましげに王妃様を見ていた。
「はい。クロティルド様を死に追いやったのに勝手なことですが、わたくしは死にたくなかった。少しずつ蝕まれていく体と心とを必死で抑えながら、それでもレオナルド様と結婚して王妃となった。本当はわたくしも悪魔を闇の世界へ帰さなければいけなかったのに、それを隠して。悪魔は次第にわたくしを押しのけて外へ出るようになったのです。そしてわたくしに関わった人々に種子を植えていった。種子は植えられた人から人へどんどんと移っていきました。耐えられずに亡くなった人達もたくさんいます。全てわたくしの心の弱さ、欲が招いたことなのです」
「種子?」
花の種?じゃないよね?
「悪魔の種子。衰弱病の原因です。わたくしは悪魔に問いかけました。悪魔は最初は言葉を話せませんでした。伝えてくるのは怒りの感情だけ。けれど次第に人の言葉を話せるようになっていったのです。
『そんなものを一体どうするつもりなの?』
『人の心は弱く醜い。それこそが我らの養分。恐れ悲しみ嘆き怒り……その全てを吸いとって我はもっともっと強くなる』
『強くなってどうするの?』
『闇の扉を開く。そうすれば片割れも帰って来れる』
悪魔はそう言っていました」
「闇の扉を開くだって?!」
「神殿の教えにあるあの扉か?」
「死者や魔物の世界への扉だという闇の世界への扉か……」
ウォルク様、フィル様、シオン様が驚いた表情を浮かべている。
「でもあの扉は神様が守っているはずだからそれは無理なんじゃないかな……」
私は白雪華晶のペンダントを握り締めた。あれ以来神様の声が聞こえてこないのを不思議に思いながら。
「神様が悪魔に負けちゃうことなんて無さそうなんだけどな……」
小さく呟いたつもりだったけどみんなには聞こえてたみたい。顔を上げるとみんなが注目していて驚いた。
「エリー、その話はまだ聞いてないよね?」
シオン様が顔をしかめてる。
「まあ、後でいいじゃない」
そんなシオン様の肩をポンポンと叩くウォルク様。
「…………」
フィル様は何とも言えない顔をして私を見てた。なんだか眩しそう?
「ここからは私が話そう……」
国王様が静かに居住まいを正した。
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