56 告白
来ていただいてありがとうございます!
「ええ?!養女のことも婚約のことも本当なんですか?!」
「あ、ああ。その……すまない」
お城の庭園は黄色やオレンジ色の秋の花が咲き始めていて、お日様も少しその光が優しくなってきている。庭園に設置されたテーブルは木々に囲まれていて時々爽やかな風が吹き抜けていく。フィル様と私は向かい合って座り、温かいお茶を飲んでいた。
フィル様が申し訳なさそうに少し視線を逸らしてしまった。知らないうちに私、貴族になってた!エドさんの妹?…………しかも、フィル様と婚約っ?!そっかノアが言ってたことは本当だったんだ。
「なんでそんなことに?」
「シオンとおじい様が話を進めていて……。エリーの父君にも許可は貰ってあるそうなんだ」
それからフィル様は事情を説明してくれた。神殿の追求から私を守るためだったって。
「そうなんですか。ありがとうございます」
「嫌じゃない?」
「嫌だなんて言ったら罰が当たります!ここまで良くして頂いて申し訳ないぐらいです!」
神殿からの出頭要請っていう緊急事態の臨時の措置なんだって思った。書類上の事なんだろうし、きっと解消するのもすぐにできるんだろうな、なんて簡単に考えていたんだ。だってもう違う形とはいえ、解決したし必要ないもんね。
「良かった。それならこのまま話を進めるから」
フィル様は安心したようにお茶に口をつけた。ん?今なんかおかしなこと言ったよね?
「正直、もう少しその、時間をかけてと思ってたんだけど、エリーが良いと言ってくれるなら私は……」
「ちょ、ちょっと待ってください!!それってどういう事なんでしょうか?」
つい、フィル様の呟くような声を遮ってしまった。
「今回の緊急事態の対策だったのでしょう?どうして……」
そのまま話を進めるとかってことに?そうしたら、フィル様は私と結婚することになっちゃうよ?
「私は……今はただの農家の娘なんですよ?」
私の言葉を聞いたフィル様は綺麗な翡翠色の瞳で静かに私を見つめた。
あの後、国王レオナルド様は花光玉の効果で一命を取り留めた。王妃シルヴィア様は泣いて泣いて国王様から離れなかった。意識を取り戻した国王様は優しく微笑んで王妃様を抱き寄せてた。この二人は本当に愛し合ってるんだなぁ。そんな風に思った時、気持ちがスッと軽くなったような気がして不思議と涙が零れた。
「……まだ、彼を愛してるの?」
ノアが躊躇いながらたずねてきたけど。すぐに首を振ることができた。
「ううん、全然?だって国王様ってうんと年上のおじさんだもの」
最後の方は本当に小さな声でノアにだけ聞こえるように言ったら、ノアは吹きだしてた。私は言ってしまってから周りを見たよ。国王様の事おじさんとか言っちゃって捕まっちゃうかもって、急に不安になったんだ。幸い誰にも聞かれてなかったみたいでホッと胸を撫でおろした。
それからノアは連れて行かれてしまった。国王様に逆らって手にかけようとしたから。
「ノアっ!」
「覚悟はできてる。自分がやったことの責任は取らないとね」
ノアは笑ってそう言ってた。元々ノアは国王様を道ずれにして悪魔を倒して死ぬつもりだったんだ。でも、それは私を助けるためで……。
「待って!待って……」
追いかけようとした私をウォルク様が止めた。
「大丈夫。俺が何とかするから。エリーは心配しないで待っててよ」
そう言って片目を瞑るとウォルク様はノアの後を追って行ってしまった。
「ノア、ウォルク様……」
不安だった。ノアはどうなっちゃうの?それに、あの悪魔の笑った顔は……。
「じゃあ、説明してもらえる?エリー?クロティルドって誰?」
シオン様が私に話しかける。フィル様も何か言いたげに私を見てる。
「えっと、あははは」
笑ってごまかそうとしたけどダメでした……。怖い顔で睨まれちゃったよ。
「私にも聞かせていただきたい」
そう言って近づいて来たのはスミスヴェストル家の当主、ノアのお父さんだった。
「信じてもらえるかは分からないんですけど……」
場所を移して、お城の広めの会議室のような場所で事情聴取をすることになった。そこで全部話したよ。本当は隠しておいた方がいいこともあるのかもしれないけど、その判断は私には無理だと思ったから。フィル様、シオン様、そして神官様(ニコニコ顔で当たり前みたいについて来てた)は信じられる人達だと思ったし、スミスヴェストル家の当主は、クロティルドのお兄さんだから。クロティルドの事、クルトの事、最後に見たあの悪魔の笑い顔の事も。
涼しい風が吹いてフィル様の金の髪を揺らした。丸く刈り込まれた低木に咲いたオレンジ色の花からいい香りが漂ってくる。
「前世か。エリーはまだあの国王に想いがあるの?」
ノアと同じ質問。私はやっぱりすぐに首を振った。
「私はクロティルドではないんです。記憶はあって気持ちも分かります。どれだけレオナルド様を好きだったかも。でも私はエリーだから、同じように想うことはできません。ノアはそうじゃなかったみたいですけれど……」
ノアの事を思うと胸が痛い。クルトと一続きのようだったノア。あれからノアはお城の一室に軟禁されているらしいの。魔力封じの結界が何重にも張られた場所だって聞いてる。ちゃんとご飯を食べてるかな。
「ノアレーンが心配?」
「……はい。あの子、ほっとくと食事をとらないでいるんです」
俯いているとふっとフィル様が笑った。
「エリーはお母さんみたいだね」
「ええ?!お母さんですか?」
せめてお姉ちゃんが良かったな。頬を押さえて考えているとフィル様が真面目な顔をした。
「ノアレーンの事が好き?」
「ノアのこと……」
好きだけど、たぶんこれは答えじゃないよね。恋かどうか。
「……わかりません」
クロティルドがレオナルド様に抱いていた想い。魔法で誰かを傷つけるのは嫌だったクロティルド。その信念を曲げてまで守りたかった大切な人。そんな強い思いは私にあるのかな?
「私はエリーのことが好きだよ」
「…………っ」
強い風が吹いて私の髪も揺れる。ふいにフィル様が立ち上がって、テーブルを回って私のそばへ歩いて来た。そして私の手をとって跪いた。
「……っフィル様っ?!」
私は慌てて立ち上がった。
「私は諦めるつもりはない。エリーがどうしても嫌ならいつでも婚約解消の手続きをとる。でももしそうでないなら、この先の時間を私と共に歩いて欲しい」
あ、返事、返事をしなきゃ……。そう思ったけど頭の中真っ白だ。私はフィル様が好き?もちろんそうだよ。優しくて真面目で、まっすぐで……。でも、何故か言葉が出なかった。
「ごめん。色々なことがあったのに、突然こんなことを言って混乱させてしまって。でも私の気持ちを伝えておきたかった。何もせずにエリーを誰かに取られてしまうのは嫌なんだ」
フィル様は立ち上がって私の手を引いた。私はフィル様の胸に抱き寄せられた。
「フィル様、私は……」
フィル様の腕の力が強まった。
「今は何も言わないで、エリー。私はいつまでもエリーの気持ちを待つよ」
そう言うとフィル様は私の髪に顔を埋めて首筋に口付けた。え?首筋にフィル様が……。
「っフィル様っ!?」
咄嗟にフィル様を突き飛ばした、つもりだったけど、フィル様は離してくれなかった。首が、顔が、全身が熱い……。フィル様の顔が見れないよ。
「い、今、私の気持ちを待つって……」
「ごめん。待つつもりではいるけど、引く気も無いから」
その言葉にフィル様を見上げると、フィル様は今までにない程強気な笑顔で私を見つめていた。
「国王陛下御夫妻が、お会いになりたいとのことです」
お城の人がフィル様と私を呼びに来たのはそのしばらく後のことだった。
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