54 戦い
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「これは俺の出番かな?」
ウォルク様は黒のローブを脱ぎ捨てて腰に差していた剣を抜いた。
「おや、貴方は聖魔法を使うのですね。でも残念ですが貴方に用はないのですよ。私はそちらのお嬢さんに闇の扉をくぐっていただきたいのです」
悪魔はにっこりと笑った。
「人を雑魚扱いしないで欲しいね。何度も撃退してやったろう?」
ウォルク様は言いながら私の前に立ち、悪魔と対峙する。
「……?ああ!私の分体のことですか!」
悪魔は少し考えこんだ後、ポンと手を打った。何だか反応がいちいち人間みたいで不気味だ。
「分体だと?」
フィル様もローブを脱ぎ捨て、剣を抜き放ち私の前に立った。
「なるほど。本体じゃなかったということか」
ウォルク様とフィル様が悪魔に向けて剣を構える。シオン様は私の横に並んで手を繋いだ。もう片方の手には何かを持ってる。布袋みたいだけど、何が入っているのかは分からなかった。
「風を纏った剣ですか。そよ風が心地いいですね」
ウォルク様もフィル様も近づいて来る悪魔に切りかかる。でも、いくら散らしても悪魔は消えることが無い。王都で襲われた時みたいには黒い闇が消えない。ウォルク様の銀の光を帯びた剣も悪魔を消し去ることが出来ないみたいだ。二人の顔に焦りが浮かぶ。
二人の間をすり抜けて悪魔が私の前にやって来た。すうぅーって滑るみたいに。部屋の中は暗かったから、その暗さを率いてより大きく深い暗さに見えた。何が楽しいのか、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてる。
「エリーッ」
フィル様の声が聞こえる。私はとっさに動けないでいた。
『まだなのか』
神様の声?焦ってるみたい。
「まだって何がですか?そういえばこれ何とかできないんですかっ?」
『色々と事情があって、直接干渉出来ない』
「そうなんだ……」
これはもう絶体絶命って感じかな……?儀式成功した方が良かった?私がもう一度悪魔を闇の世界へ連れて行けば……。
『否。前と同じにはいかなかっただろう』
「エリーに近づくなっ!」
シオン様が手を広げて私の前に立ちはだかった。
「エリー?さっきから一人で何を喋ってる?」
あれ?シオン様にはこの声聞こえてないの?シオン様に答える間もなく悪魔がすぐ近くに……!突然シオン様が布袋の中身を投げつけた。馬鹿にしたように笑ってた悪魔が急に歩みを止めた。あ、あれって花光玉?シオン様、持って来てたんだ!悪魔の体に吸い込まれていったその場所から、闇が消えてぽっかり穴が空いた。
「やっぱりそうか!」
「花光玉が効いてる」
「うん。計算通り!!」
ウォルク様、フィル様がそれぞれに口を開く。シオン様はちょっと得意げに。
悪魔は自分に空いた穴を見つめて表情を無くした。
「やはりおまえはじゃまだ」
感情の無い言葉に聞こえた。悪魔が襲い掛かって来た。
「まだあるぞ!」
シオン様が袋から、花光玉を取り出して投げつけた。シオン様、いくつ持ってきたの?あと、花光玉って飛び道具にもなるんだね、なんてちょっと呑気なこと考えちゃってたら手を引かれた。
「逃げるよ」
いつの間にか近くに来ていたフィル様に引っ張られて部屋の出口へ向かう。
「でもフィル様、まだ倒れてる人達が!ノアも」
「あいつの狙いは君だ。今は逃げて神殿へ行こう!」
そっか、神殿へ行けば、聖魔法を使える人達が、悪魔に対抗できる人達がいるんだ……!
『それはどうかな』
なんか不吉な声が聞こえるよ?
もうすぐ出口に着くと思ったその時、目の前に悪魔がもう一体現れた!
「うそっ……!何で?」
同じ顔、同じ姿の悪魔が二体、私の前と後ろに確かにいる。
「二体だと?!」
フィル様もシオン様もウォルク様も驚いてる。
「どういうことだ?」
悪魔の真っ黒な腕が私に伸びてきて、とうとう私は捕まってしまった。私は思わず固く目を閉じた。あのクロティルドの時に感じた冷たくて重い痛みが…………あれ?来ない?
恐る恐る目を開けると、私を捕らえたはずの闇の腕は霧散していた。シオン様が花光玉を投げてくれたの?
「ノアレーン……」
フィル様の声に倒れてるはずのノアの方へ目を向けた。胸を押えて片膝をついたノアが片手を突き出してる。わずかに残る魔力の残滓は白銀の光だった。肩で息をしてるノアはそれでもゆっくりと立ち上がって呼吸を整えてる。
「ノア……!」
生きてた!涙が出てきてノアが見えない。
「エリー!こっちへ!ノアレーンは聖属性の魔法も使えるのか」
フィル様が私の手を引いて部屋の中央に、ノアの近くへ戻った。シオン様とウォルク様も集まって来た。
「やあ、スミヴェストルの神童は何でもありなんだね」
ウォルク様がノアに向かって笑いかける。
「戦力が増えるのはありがたいんだが、この状況は流石に厳しいな」
空になった布袋を投げ捨てて、今度は短剣を持つシオン様が眉をひそめた。綺麗な石がたくさん刀身についてる。
「ノア?大丈夫なの?傷は?」
私はノアの胸を見た。服に穴が開いてるけれど、血が流れた跡はあったけど傷は無かった。
「うん、平気みたいだ。何?僕また計算違い?情けないな……」
ノアは部屋の中を見渡して自嘲気味に笑った。
「悪魔、復活してしまったのか。しかも二体もいる……」
じりじりと追い詰められてる。
一体はウォルク様が、もう一体はノアが相手をしてるけど悪魔がダメージを受けた様子が無い。
「分裂したのかと思ったが違うようだ。二体とも強さは同じ、いや強くなってる?」
シオン様が短剣を構えて二人の戦いを見てる。
「今回は私は完全に役立たずだな……」
フィル様が悔しそうだ。
「仕方ないさ。悪魔相手には聖属性魔法以外は効き目が薄れる。しかもここでフィルの魔力を全開にしたら、僕らも危ない」
悪魔から目を離さずに言葉を交わす二人。戦ってる二人同様顔に余裕が無い。
「そうです!フィル様もシオン様も、ウォルク様もノアもみんな凄いです。なのに私は……」
何もできない私は凄く悔しい。せめてここに花が咲いてたら、花光玉を量産して投げつけてやれるのに!
『大丈夫だ。エリーはちゃんと役目を果たしてる。良い目印だ。どうにか間に合ったぞ』
え?神様何言ってるの?
と、ここで壁に叩きつけられていた黒の一族の人達の中から何人か起き上がる人が現れた。良かった……。生きてる!
「鬱陶しいな」
そう言うと悪魔がまた増えた。二体増えて全部で四体に……!あ、これ終わったんじゃないかな?絶望が部屋を支配して、悪魔の闇が濃くなったように感じたその時。
「やあ、お久しぶりですねぇ」
「…………神官様?」
暗い部屋でも輝いて見える綺麗な長い銀の髪、アルジェ神官様が手を振りながら現れたのだった。
「どうしてここへ」
「ちょっと、神の声がおりまして。急ぎここへ来るようにと。おっと、いけませんよ?」
神官様がお祈りの形のまま両手を前に突き出し、そのまま両掌を悪魔に向けた。放たれる銀色の光。一つの黒が銀にのまれて消え去った。
「ふう、油断も隙も無い。エリーさん危なかったですね?大丈夫ですか?」
「……はい。神様が言ってた間に合うって……」
「私の事の様ですね」
にっこりと微笑む神官様はとても頼もしく見えた。でも、次の言葉でちょっとがっかりしたよ……。
「でも、私の魔力と体力は今ので使い果たしてしましました……」
そんな……!悪魔はまだ三体残ってるのに……!
『大丈夫だ!私が力を貸そう!!』
「え?でも干渉できないんじゃ……」
『そのための依り代だ!』
「そうですね。では皆さんいきますよ?」
「エリー?一体何を?」
フィル様もシオン様も怪訝そうな顔だ。無理もないと思う。神様の声が聞こえてるのは私と神官様だけみたいだから。
神官様の体からウォルク様へ、ノアへ、そしてフィル様へ大きな白銀色の力が渡された。
「これは……!」
「これならいける!」
ウォルク様とノアが悪魔に向かって行く。
「さあ、貴方も」
神官様がフィル様を促した。
「しかし、私の攻撃は悪魔には通じなかった」
「聖属性の魔力が付与されたようだ。今ならいけるだろう」
戸惑うフィル様にシオン様が説明する。
「しかも、かなり強力なようだぞ」
その言葉にフィル様は剣を握り直し、悪魔に向き合い走り出した。
残った三体の悪魔が白銀の刀身と魔法の力によって霧散した。
悪魔が消えた瞬間に周囲から歓声が起こった。皆さん無事だったみたいだ。いつの間に起きてたんだろ?本当に良かった。良かったんだけど……。
「?」
今、悪魔達、消え際に笑ってたように私には見えたんだけど?え?気のせいかな?
神官様とシオン様がホッとため息をつき笑い合った。フィル様は自分の剣を見つめて信じられないという顔。ウォルク様はノアに話しかけていて、ノアは少し引いてる。まだ起き上がれない人達に手や肩を貸す人達。私も少しだけ気が抜けてた。
「お願い!レオを、レオナルド様を助けて!」
悲壮な叫び声が響いた。
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