53 ノアレーン
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(ほぼ)ノアのモノローグです
僕の罪は僕のものだ。だけどあの時、お師匠様が死んだあの時、笑ったお前を許さない。
クルトは黒の一族の末端の家、アッシュフィールド家に生まれた。灰色の髪に灰色の瞳。家族もみんなそう。ごく普通の貴族の子どもとして生きるはずだった。けれど僕には才能があった。物心がついた時にはもう既に魔法を使っていた。息をするように、胸が鼓動を打つように、自然に。魔法と共に僕は在った。
僕にとって普通だったその力は、両親や家族にとっては忌避すべきものだったらしい。家族は皆魔法が使えた。ごく弱く、簡単な魔法だけが。彼らは僕の存在を持て余すようになった。僕はスミヴェストル家へ連れて行かれた。両親が僕の力について相談する内容の手紙を書き、当主が僕らとの面談を受け入れてくれたのだった。最初、当主は両親の話に半信半疑だったみたいだ。けれど僕がいくつかの魔法を使ってみせると酷く驚き、その後に強く頷いた。この子は神童だと。そうして僕はスミスヴェストル家に預けられることになった。そう決まった時の両親の安心したような顔が今でも心に残っている。他の顔はもう思い出せないのに。
最初に僕が弟子入りしたのはスミスヴェストル家の次男だった。どれほど凄い魔力を持っているのかと楽しみにしてたけど正直期待外れだった。属性魔法がいくつか使えるだけで大した魔力も持ってないし、つまらない人だった。彼が教えてくれることはすぐにできるようになったし、なんなら彼が出来ないことも僕にはいくつも出来たから。
クロティルド・スミスヴェストルと出会ったのは僕が九つの頃だった。彼女は凄かった。深く濃密で彩に溢れた魔力。僕にはそう見えた。彼女は一生懸命に庭の花の色を変えようとしていた。
「この花って青い色のは無いのよ!もしそんなのが咲いたら、みんなびっくりして喜ぶと思わない?ミラレス」
「それはそうかもしれませんけど」
ミラレスと呼ばれた女性はメイドの一人だろうか。やや呆れたように答えていた。
「それにあなたはこの花が好きだって言ってたし、青い色は私もあなたも好きな色だし!」
「でもお嬢様、花に関する魔法は地属性の魔法になるのでは?お嬢様は地属性の魔法はお使いになれないでしょう?」
言いながらも嬉しそうな表情をしていた。彼女がクロティルドを大事に思っているのが伝わってくる。クロティルドもミラレスを好きなのだろうな……。僕は少し羨ましくなった。
「……何とかならないかしら?」
「無理では?」
「はああ、駄目かしらねぇ?」
この温かな空気の中に入ってみたくて僕は声をかけた。
「っできるかもしれません!ほら、こうしてやれば」
僕は白い花に魔法をかけて青い花に変えてみせた。光の魔法をアレンジしたのだ。
「わぁ!どうやったの?あなた小さいのに凄いのね!」
小さい、は余計だと思ったけど、褒められた僕はかなり嬉しかった。今までこんなに真っ直ぐに褒めてもらえたことはなかったから。僕は彼女を気に入り、彼女に弟子入りしたいと頼み込んだ。両親と同じように僕を持て余していた次男は、大喜びで彼女に僕を押し付けた。クロティルドは嫌がったけど僕は「お師匠様」と呼ぶことにした。
お師匠様との楽しい魔法研究の日々は長くは続かなかった。戦が始まり、よせばいいのにお師匠様は戦場へ出て行った。婚約者を助けたいと言って。お師匠様の綺麗な目にも、表情にも影が差すようになった。僕は何度も彼女が戦場に出ることを止めた。でも聞いてくれなかった。彼女は婚約者のレオナルドを愛していたから。
突然の戦の終結に僕は安堵した。これでお師匠様が危険な目に合うこともなくなって、魔法の研究を続けられると思ったからだ。けれどお師匠様は目に見えて元気がなくなっていた。婚約者に裏切られたからだ。僕にとっては素晴らしいお師匠様だけど、婚約者のレオナルドにとってはそうではなかったらしい。彼はお師匠様を捨ててお城のお姫様を選んだのだ。
「お姫様の呪いを解いて欲しい」
そんな子どもの絵本みたいな言葉を言ったお師匠様の元婚約者の男。自分には無理だと言ったお師匠様。元婚約者はお師匠様に酷い言葉を言って去って行った。お師匠様への侮辱が許せなかった。お城のお姫様より、お師匠様の方が上だと証明したかった。僕とお師匠様が力を合わせれば、あの男を見返してやれるんだ。僕にはそれができる知識がある!
黒の一族 スミスヴェストル家の書庫に隠された禁書を見つけることなんて簡単だった。「魂に関する禁術に関する魔法書」や「悪魔に関する魔法書」を見つけた時は興奮した。スミスヴェストル家の書庫には様々な仕掛けがしてあって、実力に見合った魔法書が見つけられるようになってる。僕はたくさんの魔法書を見つけたし、そのどれもを試した。だから、できると思った。思ってしまったのだ。間違った情報を元に。僕は天才なんかじゃなく、思い上がった愚かなただの子どもだったのに。そしてあの悲劇を招いてしまった。
お師匠様の魂が体から離れてしまったのは分かった。僕は急いで自分も魂を飛ばしてお師匠様を探した。魂を飛ばす方法は知ってたし何度か試したこともあった。でも、探し回ってもどこにもいない。見つけることが出来なかった。気が遠くなる程長い間探し続けた。……もしかしたら一瞬だったのかもしれない……。気が付くと僕は幼子だった。どうやらクルトはあのまま体に帰ることが出来ずに死んで転生したらしい。当時は勿論クルトの時の記憶などない。ノアレーンと呼ばれていた。物心ついたのは三歳くらい。もうその頃には魔法を使って遊んでいた。神童と呼ばれ始めたのもその頃。僕はスミスヴェストル家に戻って来たのだ。お師匠様のいないスミスヴェストル家に。
そして、忘れもしないあの男の笑顔。
結婚式と戴冠式。レオナルド・キングストーンとシルヴィア王女の。
僕が五歳の時だった。乳母に連れられて見物に行ったパレードで笑い合う二人の顔。それを見た時全てを思い出した。あの時も笑っていたと。お師匠様を悲しませて、王女の身代わりで死なせた時、目覚めた王女を抱きしめて笑っていたレオナルド。お師匠様を見ることも無く。
逆恨みだ。ああ、分かってる。一番悪いのはこの僕だ。でもお師匠様を侮辱して悲しませたあいつだけは許さない。
僕は決意した。いつかあの幸せそうな顔を滅茶苦茶にしてやると。
そしてもう一つの決意。お師匠様を見つけ出したい。会って謝りたい。出来ることなら償いたい。その方法は分からなくても。今度はずっと守りたい。お師匠様が僕を覚えていなくても……。僕はお師匠様を探して王国中を巡った。魔法は使える。でも、まだ五歳やそこらの体では持続する力は使えなかった。それでも探した。探して、探して、力尽きて倒れた場所はどこかの神殿だった。
突然現れた僕に驚きもせずに銀の髪の神官は優しく笑いかけた。
「随分頑張りましたね。貴方の探し人はここにいますよ」
この時は彼が何を言ってるのか分からなかった。後になって彼がなにがしかの神託や預言を受けていたのだと知った。
そして僕は彼女と再会したのだ。花のような彩に溢れたその魔力。
エリー
お師匠様の生まれ変わりの少女は僕の大切な幼馴染になった。
会えて嬉しかった。すぐにでも謝りたかった。泣いて縋りついてしまいたかった。ずっと、ずっと苦しかった。……でも何も言えなかった。その子は何も覚えていない、まっさらな時間を生きているから。渦巻く感情を押し込めて僕は表情を動かさないようになった。
それから八年の間、僕はずっと孤児のノアとしてエリーのそばにいた。スミスヴェストルの屋敷とクリアル山の神殿を魔法で行き来して。今世でも僕は家族とのつながりが希薄だった。両親は僕が引きこもりでも何も言わなかったし、入学した貴族学校へ通わなくても咎めることは無かった。僕にとってはエリーのそばで彼女を見守ることが最優先だったから、家の事はどうでも良かった。成長するにつれ、家の仕事もやらなければならないこともあったけど、大した労ではなかった。
やがてある男がエリーの前に現れる。フィルフィリート・リーフリルバーン。あの高潔な緑の一族の少年。彼がエリーに近づいていくのを見ていられずに僕はエリーを連れ去った。見守りたいと思ってた。それだけでいようと思っていたのにいつの間にか欲が出た。愛されたいと。そんな僕に罰を当てるようにお師匠様が現れた。幻だったのかもしれないけれど、僕の罪を思い出させるには十分だった。そもそも僕にはエリーに愛される資格なんて無かったのに。
あのレオナルドが再びエリーに関わることになるなんて……、しかもこんな最悪な形で。僕は決めた。今度こそエリーを守ろうと。あの男を道ずれにして…….。
胸に突き立てた魔法石から重くて冷たくて黒いものが入ってくる。これがお師匠様があの時感じてた恐怖……。でもふいにその黒いものは動きを止める。魔法石が溶けていく。胸の痛みが消えていく。胸に温かい熱……これは何だろう……?
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