51 儀式
来ていただいてありがとうございます!
暗い部屋。暗くて広い部屋。
窓は無くて、所々に魔法道具のぼんやりした灯。
クロティルドの時の記憶の夢を見てるのかと思った。
だってまた私拘束されて寝かされてるんだよ?!なんか固い台の上に!もぞもぞと体を動かすけど当然のように動けない……。すごい既視感。でも前と違うのは周りにたくさんの人がいること。部屋の壁に沿って等間隔に並んでるみたい。たぶん私の頭の方にもいるんだろうな。見えないけど。みんな黒いフードを被ってて顔が見えない。三人だけ顔を出してる人がいる。レオナルド国王陛下とノアともう一人、私の父さんくらい年齢の男の人だ。黒の一族の人達だ。みんな同じローブを着てるからたぶんそうだと思う。
えっとこのパターンて……。私は嫌な予感がして首を動かして周りを見渡した。やっぱり……!少し離れた場所に王妃様がいる。前と違って椅子に座って微笑んでる。綺麗な方だな。銀の髪に菫色の瞳。もう三十歳位のはずだけど、相変わらず容色は衰えてない。それどころが、天使の様だった方が女神様のような美しさに進化してるみたい。ただ、この雰囲気の中、一人だけ楽しそうに笑っているのが不気味に見えた。
これから何が起こるのか見当はついていたけど、一応聞こうと思ったよね。だから(一体これは何なんですかっ)って言おうとしたんだ。
「…………っ!!」
声が出ない?やだっ、ウソでしょ?猿ぐつわをかまされてる訳でもないのに声が出ない。魔法で声を封じられてるんだ。
『任せるが良い。こんなもの解いてやろう』
あ、また声が聞こえた……。あれ?この声って聞き覚えがある。うーん、誰だっけ?胸のあたりがあったかい。思い出せそうなんだけど……。
「目が覚めてしまったか……。何も分からないうちにことを終わらせてしまいたかったのに」
この場で目立っているくすんだ金色の髪の国王レオナルド様は悲し気な顔をしている。手には何かの本を持ってるみたい。あれって、クルトが持ってた魔法書?前に得意げに見せに来たのを覚えてる。確かあの時も持ってた。
スミスヴェストル家の書庫は面白い魔法が掛かってるのよね。書庫に入った人の魔法の能力によって開示される情報が変わるの。魔法書の方が魔法使いの前に現れてくるの。クルトは才能があったからか、色々な魔法書を見つけて来ては得意げに私に見せに来てたっけ。私は新しい楽しい魔法を研究するのが好きだったから、あまり書庫に行ってなかったんだ。
国王レオナルド様は手にした魔法書を黒の一族の男の人に手渡した。そしてその人は本を開くとため息をついた。魔法書は今度はノアに手渡される。魔法書を開いたノアは無表情のまま頷いた。
「では、頼んだぞノアレーン」
「承知いたしました。父上」
あの人はノアのお父さんだったんだ。ということは今のスミスヴェストル家の当主。クロティルドの一番上のお兄様だ。
「シルヴィアはずっと一人で戦っていたんだ。私はそれに気付いてやれなかった。十五年前のあの日に全てが終わって、私達は幸せになれたと思ったのに……」
言いながら、国王レオナルド様は座っている王妃シルヴィア様に近づき、その傍らに跪いた。
「ごめんなさい、レオナルド。悪魔の呪いがまだ少し残っていることをもっと早くに相談しておけば良かったの。でも、もう大丈夫ね。代わりに呪いを受けてくれる人が見つかったのだもの」
二人は笑顔で拘束されてる私を見た。
「良かった。間に合って。また君が眠りについてしまうかと思ったら、気が狂いそうだったよ」
「ええ、偶然にもわたくしに近しい大きな力を持った少女が見つかって良かったですわ」
ゾッとした。まだシルヴィア様の中に悪魔のもう一体がいたんだ。あんなに深くて暗い闇を体の中に宿したまま今までよくいられたものだわ。やっぱりシルヴィア様って凄いんだ。十五年前のあの時シルヴィア様は悪魔を体に封印してそのまま、あの闇の扉をくぐろうとしてた。自分を犠牲にして王国を守る為に。でも今は違う。ご自分の意思で私に呪いを、悪魔を移して助かりたいと思ってらっしゃるんだ。レオナルド様も、そしてこの場にいる全員がその為に、私を身代わりにする為にここにいる。すぅって体と心が冷えた気がした。そりゃそうよね、銀の一族、国を守った英雄、そして王妃様とただの農民じゃ比べる必要もないかも……。
でも、それもどうでもいいんだ。他の人はどうでもいい。
どうしてノアがここにいるの?
答えは出てるのに考えたくない。でも分かってしまう。ノアも同じなんだね。王様の命令だったのかもしれない。おうちの事情があるのかもしれない。断れなかったのかもしれない。それでも……。ノアにここにいて欲しくなかった。
ノアが近づいて来る。手には小さな透明な短剣を持ってる。柄も刃も透明なむき出しの短剣。あれは多分魔法石だ。魔法石を剣の形にしたもの。悪魔を私に移すための媒体。ノアは無表情のまま傍らに座り、私の体の上にその短剣を交差するように二本置いた。魔法書を開いて何かの呪文を唱えた。床に一瞬紫色の魔法陣が浮かび上がり、アーチを描く紫色の光に変化した。その光は架け橋のように私と王妃シルヴィア様を繋いだ。いつの間にかシルヴィア様の手にも魔法石が握られていた。
嫌だ……。ノアが魔法を発動させたんだ。絶望的な気持ちになった。あの時はクルトだった。クルトもノアも大きな力を持ってる。たぶん他の人にはできないんだろう。やったことは滅茶苦茶だけど私と二人ならシルヴィア様を助けられるって信じてたクルト……。でも、ノアは違う。涙が零れた。ノアは私が身代わりになってもいいって、いなくなってもいいって思ったんだ……。悲しかった。私は家族みたいに大切に思ってたけどノアは違ったんだね。
「クルトは私の事信頼してくれてたのにな……」
思わず、そんな言葉が出た。この命が終わったらクルトに会えるかな?
ノアの黒い瞳が驚愕に見開かれる。
「お、ししょう、さま?」
揺れる瞳と私の目が合う。あの時私を泣きながら見ていた灰色の瞳が重なる。
今、ノアなんて言ったの?私にお師匠様って言った?
「クルト……?」
自然と口をついて出た言葉。
「……記憶を?……どうして……そんなぞぶりは……」
掠れた声が震えてる。今にも泣きそうに顔を歪めたノアに、私はああ、そうだったんだって思った。根拠も何もないけど。
ノアはクルトだったんだ。
「どうしたっ!ノアレーン」
黒の一族の男の人がノアに声をかけた。我に返ったように立ち上がったノア。離れ際に小さな声が聞こえた。
「大丈夫だから、安心してて」
寂しそうに悲しそうに笑った。
「……ノア?」
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