47 私が死んだ後の事
来ていただいてありがとうございます!
夢を見ていた。長い夢を。
黒魔術の名家スミスヴェストル家の末の娘として生まれた私、クロティルド。優秀な兄五人の陰に隠れて、引っ込み思案だったクロティルド。十五歳でレオナルド・キングストーン様と婚約したクロティルド。彼の人当たりの良さを私だけの優しさと勘違いしたクロティルド。彼を助けたくて、戦場へ出たクロティルド。婚約者に心変わりされたクロティルド。そしてお姫様の身代わりになったクロティルド。
クロティルドはエリーだ。
そう、わたしの前世の記憶。今全てが分かった。思い出した。あの後のことも。
ああ、レオナルド様は随分お年を召したわ。相変わらすカッコよかったけど。
かっこ良かった?ううん、怖かったよ?怖い顔をしてた。フィル様の方が素敵だと思う。
私の前にいるのは黒い髪、黒い瞳の女の子。ノアと同じような黒いローブを着てる。
そうあなたはわたし。
思い出してくれて良かった。
思い出せて良かった。
私が死んだ後の事
クルトが行った魔法は、お姫様、シルヴィア様にかけられた悪魔の呪いを私に移す魔法だった。
「本当にあの子は何を考えてたのかしらね」
(クロティルドの力の大きさを信じ切ってたんだね。それにきっと大好きだったんだよ)
私の魂は体から離れて途方に暮れていた。腕には赤黒い闇をかかえて、何もない空間をただ彷徨っていた。
「やがて小さな光が見えて、声が聞こえてきたのよ」
(山の神様だったんだ)
『こちらへおいで』
気が付くと目の前に高い山がそびえていた。大きな光が山頂から優しく照らしてる。
「聖峰クリアル」
(クリアル山……私の故郷の山)
『それをずっと持っているのはいけない』
そんなことを言われてもどうしていいか分からなかった。
「これは悪魔の呪いで、私に移されてしまって……」
『否、それは呪いではない。悪魔そのもの』
「え?!」
心底驚いた!だってただの赤黒い闇なんだもの。これが悪魔?私は腕の中の闇を見下ろした。
「でも、全然動かないんですけど……」
『そなたの強い魔力で封じられている』
私は怖くなって闇を放り出そうとした。
『それを離すのは良くない』
え?じゃあ、どうしたらいいの?そういえば神様とはいえ山と話してるなんて変な感じだわ。
そんなことを思ったからか、次の瞬間クリアル山は人の姿になった。あれ?考えてること分かるんだ。さすが神様!
「綺麗……、男の人?」
『そなたの思う神の姿』
ああ、うん髪が長くて男の人みたいな女の人みたいな……そんな風に思い描いてたわ。
『それをそなたが離すと、悪魔が目覚めてしまう。ここで目覚めるとまたたくさんの命が失われる』
私は戦場を思い出した。ぞくりと体が震える。もう体は無いんだけどね。
「そんな、じゃあ、これどうしたらいいんですか?」
『闇の世界へ帰す。それが元居た場所へ』
「闇の世界……」
神殿の教えにある闇の扉の向こうにあるとされる世界。
『私はそれに触れることはできない。そなたに頼みたい』
「ええ?私ですか?」
『我が扉を開く。そなたは扉の向こうへそれを置いて来てもらいたい』
神様はためらうような表情を見せた。意外と私達に近いのね。
『ただ、そうするとそなたは死んでしまうことになる』
「え?私ってもう死んでるんじゃないんですか?!」
『否。魂が体を離れているだけだ。まだ辛うじて生きている。時間の問題だが』
「そうなんだ……」
まだ生き返れるんだ。もう一度レオナルド様に……。そう考えた時胸がズキンと痛んだ。生き返ったとしてももう……。
「わたしがこの悪魔を手放してしまったら、悪魔は何をするでしょう?」
『それから感じるのは強い憎悪。リュミエール王国に対する。人に対する』
「じゃあ、それはできないですね」
仕方ないか。私は覚悟を決めた。まだやりたいこともたくさんあったけど。私は、私の手はたくさんの人を傷つけてしまった。もうこれ以上誰かに傷付いて欲しくなかった。
「……分かりました。怖いけどこの悪魔を闇の世界へ連れて行きます」
『頼む』
神様の横に黒い点が現れた。点は広がって大きなドアになった。少しずつ開いていくドア。その先には闇が渦巻いている。私は意を決してドアをくぐった。そして
「てえーいっ!」
腕の中の悪魔を遠くへ放り投げた。
「もう帰ってこないでね!」
これで良し!……私これで死んじゃうんだね。最後にもう一度家族とミラレスに会いたかったな。クルトにも。あの子責任感じてるよね。まあ、大体八割くらいはあの子のせいかもだけど。死ぬほど叱ってから怒ってないって言ってあげたかったかな。みんな元気でね。さようなら……ってなにっ?!背中を引っ張られてる!!え?神様が私の服を引っ張ってる?
『早く戻って来ぬか!帰れなくなるぞ!』
ドアの外へ引き戻された。あれ?私の後ろで閉じていくドア。神様がゼイハアと肩で息をしてる。
「あの、私戻れないのでは?」
『確かに。もう元の体には戻れない。一度あの世界へ足を踏み入れてしまったのだから。ただ、このまま消え去るのはあまりにも哀れ。新たな命を与えよう』
生まれ変わらせてくれるってこと?
『そなたに問おう。どのような人生を歩みたい?』
私、私は、もう魔法で誰かを傷つけたくないわ。人の役に立つ魔法だけを使いたい。唯一使えなかった地属性の魔法。塔の周りに咲いていたたくさんの花々。もう戻ることはできない。私は少しだけ泣いて、そして答えた。
「そうね、私、花でも育てながらのんびり暮らしていきたいです」
神様はとてもとても嬉しそうに笑った。
『心得た。新しき生には我が守護を与えよう。そしてもう一つ伝えておかねばならぬことがある……』
クロティルドの姿は光に溶け、新たにクリアル山の麓に暮らす山の一族の末裔の若夫婦の元に生まれた。それが私、エリーだ。
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