45 出頭命令
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「出頭命令ですか?私に?」
聞きなれない言葉に思わずフィル様に聞き返してしまった。ある日の午後、フィル様の書斎に呼ばれて行ってみるとフィル様が神殿から来たという通知を机の上に広げていた。銀の複雑な模様の縁取りがある綺麗な紙。どうせ捨ててしまうものなのにお金がかかってるなぁって思った。
「ああ、どうもカレン達が王都でやりすぎたらしい」
「カレンが?」
意味が分からなかった。カレン、何したんだろう?母さんと一緒に王都にいるんだよね?
「正確にはカレンを雇った陽の一族の店が、ということなんだが……」
フィル様が言いづらそうに切り出した。
カレンは今、王都の陽の一族の屋敷にいて花光玉を作っているらしい。カレンを連れて行ったのは陽の一族のシュ・ロート家だった。カレンは前に王都へ行きたいとか、私と立場を入れ替えろとか言っていたけれど、諦めてなかったんだね。シュ・ロート家のお屋敷で贅沢な暮らしをさせてもらってるみたい。これは王都にいるシオン様が調べて下さったことだった。
「シュ・ロート家は病に絶大な効果があると言って、貴族にまで高額な値段で花光玉を売りつけたらしい……」
「そんなことを……」
やっちゃったのか……。それで神殿も無視できなくなっちゃったんだね。
「まあ、誰が何で商売しようと一応は自由だよね」
ウォルク様が口を挟んだ。ウォルク様は私と一緒にフィル様の書斎へ来ていた。
何故だか前よりもウォルク様が一緒にいる時間が長い気がする。フィル様も時間があるときは私の作業部屋に来てくれる。勿論、効果の高い花光玉を作るための研究の為もあるんだけど、それにしても頻繁に顔を出してくれる。前に一度だけなんだか気になって深夜にドアの外を見たら、廊下でフィル様が座り込んで寝ていて驚いたことがあったんだ。フィル様は寝ぼけてしまったって言ってたけど……。あの黒い闇の事で心配をかけてるのかな。もしかして何か起こってるの?
「シュ・ロート家は陽の一族の中でも新しく名を連ねた家だね。儲け第一主義で結構危ない品物も取引してるって噂があるよ」
ウォルク様は近くの本棚に背をもたれて腕を組んでる。
「花光玉の噂を聞きつけて目を付けたのか……流石商売人という事ですね」
フィル様は冷静だった。シオン様と相談して、あくまでも装飾品として緑の一族の土地のお土産物として花光玉を売っていた。効果が知れ渡れば今回のようなことも起こると想定はしていたのだ。
「それでうちが花光玉を卸してる雑貨店にも神殿の調査が入ったらしい」
雑貨店の店主さんも陽の一族の方なんだ。陽の一族のトウ・ロゼオ家の方。陽の一族はリュミエール王国の六大貴族の一つなんだけど、大きな領地を持たずに王都の屋敷や店を拠点として国内や他国との商売を主に行ってる貴族だ。地理的に領地が港に近い紫の一族とは近しい関係を築いてる。紫の一族はものづくりや発明が得意な一族でもあるから技術や作品を買い取って売ってもらっている。筆頭はサンセレス家で合ってるよね。うん。
「陽の一族はいわゆる商売人の集まりだからね。商売で成り上がった者が貴族の位を得ることが出来る。だから一族と言っても一枚岩じゃないんだ。色々な考え方の人間がいる。儲けられればなんでもいいっていうやつもいるんだよ」
「妹が、カレンと母がすみません……」
「エリーのせいじゃないでしょ。人は自分に都合の良い話の方に飛びつくもんさ」
「そうだ。私の責任だ。十分な対価を払っていたつもりだったが、見誤っていたようだ」
「うーん、フィルのせいでもないと俺は思うなあ。人の行動は縛れないよね」
「まあ、過ぎたことを言っててもしょうがないよね。つまり、神殿がお怒りなんだよね。自分達の権威が傷つけられたってね。自分達の悪行を棚に上げてさ」
ウォルク様が吐き捨てた。ウォルク様は城下を歩き回っているから、悪魔憑きの病で苦しむ人が十分な治療を受けられていないのを見ることも多かったみたいだ。神殿に抗議もしたんだけど、善処しますが人手が足りないって言われるだけだったみたい。
「異母兄にも進言したんだけどね……」
駄目だったのかな。ウォルク様はため息をついた。
「うちはあくまでも特産品を売っているだけだと言い張るよ。エリーの事は絶対に守る。しかし、カレンの事は保証できないかもしれない。手は尽くすつもりだか……」
フィル様が申し訳なさそうにそう言ってくれた。カレンの事で私を責めることもできるのにこうして気遣ってくれて、本当に優しい人だ。
「分かりました。えっと、じゃあ、神殿、王都にある大神殿へ行くんですか?」
「いや、城だ」
「お城ですか?」
あれ?神殿からの命令じゃなかった?
「ああ。エリーの同行を断れない理由はこれなんだ。王命でもあるんだよ」
ドクンと胸が鳴った。国王様……。レオナルド、様にお会いするんだ……。なんだか怖い。
「なんだってこんな時だけ……。動くならもっと早くに別の事で動けよ……」
ウォルク様、相当怒ってるみたい……。いつもは笑ってることが多いのに今は厳しい顔をしてる。フィル様とウォルク様と私は再び王都へ向かうことになったのだった。落ち着かないなぁ……。
その夜、私はまた目が覚めてしまった。何となく、いるんじゃないかなって思って廊下を見てみた。
「やっぱり……」
魔法道具のぼんやりとした灯が等間隔に並ぶ廊下に窓の外を見てる金の髪の人。私の部屋の前からは少し離れた位置の窓のそば。
「フィル様……」
私は小声で呼びかけた。
「……エリー、起きていたのか?」
フィル様は驚いていた。そうなんだよね。私、割と夜はぐっすりであまり起きることは無いんだ。
「フィル様は今夜は寝ぼけてるわけじゃないですよね?」
「あ、ああ、いやその……」
「お散歩ですか?」
「…………」
「……ありがとうございます。守ってくださってるんですよね。ウォルク様も」
「エリー。神殿の出方によっては私達は病の件からは手を引く」
「それは、もう花光玉を作らなくなるってことですか?」
「病の対処は神殿と王国に任せればいい」
フィル様は頷いて答えた。
「でも、大丈夫でしょうか……」
フィル様が近づいて来る。あ、そういえばフィル様と二人だけでお話しするのって久しぶりな気がする。なんだかちょっと嬉しいかも。
「あの闇のこともある。これ以上エリーを危険な目に合わせたくない」
やっぱりフィル様は優しいな。でも私は花光玉を作らないのならこのお屋敷にいることは出来ないんだ。父さんが畑を再開してるし、私は家に戻ることになるんだろうな。そう思うと寂しくなった。
「エリーのことは私がずっと守るから安心して。……それと、私はいいけどその姿で他の男の前に出ないようにね」
「あっ!」
私、寝巻姿だった!!今頃気が付いた……!
「し、失礼しましたっ」
私は慌てて頭を下げた。みっともない恰好を見られてしまった!しかも二回め!!あああっ!
ふいに肩に温かい感触。フィル様の手が肩にかかってる。顔を上げるとフィル様が至近距離に。綺麗な緑の瞳。
「フィル様……?」
「絶対に駄目だよ」
おでこにも温かな感触。あ、キスされた。そして頬と頬が触れ合う……。
「……っ!」
「おやすみ、エリー。良い夢を」
「っ!!」
耳元で囁かれて、そのまま耳に口付けられた。
私が部屋へ入ると後ろでドアが閉まる。そのままそこで力が抜けて座り込んでしまった。
「久しぶりの、スキンシップ過多だ……」
そしてそろそろ、私にも分かってきていた。これは親愛というには度を越えているってこと。
「家族にはしないよね……」
私は熱いままの耳を押さえた。顔も熱い。体も……。
「どうしよう……。今夜は眠れそうにないや……」
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