44 闇夜
来ていただいてありがとうございます
エリー不在です(最後にちょっとだけ)
「ああ、フィルも気づいてた?」
「はい。エリーは……気が付いていないようですね。良かった。怖い思いはさせたくないですから」
カサリ、パキリと下草や落ちた小枝の上を何かが通る音がする。ウォルクとフィルフィリートは剣を抜き放った。二人の周囲を魔法道具の蜜色の灯りが照らしている。
人々が寝静まる深夜、不自然な闇がリーフリルバーン家の屋敷を、魔法道具の結界の外側から窺っていた。王都の方角からやって来るそれはわざと弱めてある結界一部分の隙間から侵入しようとしてくるのだった。フィルフィリートとウォルクはその不可視の門のような場所で、近づくモノを迎え討つべく待っていた。
「エリーって夜、寝るの早いよね」
「いつも畑仕事をしていたからでしょうね。彼女は朝は必ず夜明け前に起き出すそうですから」
「うーん、それだと結婚した後ちょっと困るよねぇ」
「ウォルク様がお困りになることはないでしょう。安心なさってください」
「言うね」
二人は闇に対峙する。
二手に分かれた穢れた闇はフィルフィリートの翡翠の風を纏った剣とウォルクの銀光の剣に討ち倒された。もう何度目かになる襲撃は未だエリーの知るところにはなってない。
「うーん、そろそろ本体を叩いておきたいところだよね」
言いながらウォルクは剣を鞘にしまう。
「シオンの調査も進んでいる頃でしょう。この禍々しい魔力の出所は一体城の何処なのか……」
フィリートはまだ、剣をしまわずに考え込んでいる。
「悪魔、どこに隠れてるんだろうね?これだけ強い魔力なのにどうして分からないんだろう」
「本当に悪魔なのでしょうか?我々の知らない魔法の可能性はありませんか?仮に悪魔だったとして、十五年前に闇の世界へ帰されたはずのものが何故今頃になって……」
「違う悪魔だったりしてね」
ウォルクはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「恐ろしいことを言わないでください。ウォルク様」
「闇の世界とやらには、悪魔や魔物がわんさかいるって話じゃないか。他の悪魔がこの世界へやって来ていてもおかしくはないと思うんだけどなぁ」
「闇の世界への扉は神によって封じられてるはずです。おいそれとこちらへは来れないというのが神殿の教えでは?」
「俺の母は確かに銀の一族の令嬢だけど、俺は神殿の教えはそれほど詳しくは無いんだよ」
フィルフィリートとウォルクは小声で会話しながら、屋敷へと戻っていった。
「さーてと、お姫様は今夜も無事だ!良かった良かった」
ウォルクはうーんと伸びをした。
「今までは一晩に二度の襲撃は無かった。これからもそうなのでしょうか?」
心配げに屋敷の外を振り返るフィルフィリートは屋敷の入り口でようやく剣を鞘にしまい入れた。
「何となくだけど、今夜は大丈夫だと思うよ。気配がもうしないから。悪魔も忙しいんじゃない?」
どこか中空を見ていたウォルクは視線をフィルフィリートへと戻す。
「……一体何に忙しいというんですか?」
「さあ?エリーにばかり力を割いていられない事情というなら……愛しい恋人との逢瀬に忙しいとか?む、エリーに全力じゃないなんて失礼じゃないか!」
「はぁ…………」
仮に悪魔が全力を注いで襲い掛かって来たら、どうなってしまうのだろう?相手は戦であっという間に敵国を蹂躙するに至ったという悍ましくも強大な力の持ち主なのだ。フィルフィリートは背筋が冷えた。
悪魔が病をまき散らしたとして、その目的はなんだ?十五年の間、どうしてなりを潜めていた?戦の後、何らかの理由で弱体化したのか?伝えられてきた事とは異なり、闇の世界へ返されることなく留まったのか?神殿の教えでは悪魔や魔物は人々の負の感情、苦しみや悲しみといった感情を食らってその力とすると言われている。病で苦しむ人々の負の感情を食らって、力を蓄えているのか…………
そこまで考えて、あることに気付いたフィルフィリートは愕然とした。
「ウォルク様、最初の襲撃の時よりもあの影の力が少し強くなっていると思いませんか?」
「……うん。それに大きくなったと思う……」
珍しくウォルクの顔にも汗が浮かぶ。
「思ってたより危険な状態になってきてるのかな」
「…………とにかく今夜はもう休みましょう」
フィルフィリートはそう言って屋敷を見上げた。その視線はある一つの部屋の窓に向けられていた。
「リルエリーちゃんのこと。愛おしくて仕方ないって感じだね」
「……その名前」
フィルフィリートは驚きとやっぱり分かっていたんだなという納得の気持ちをウォルクに対して抱いた。
「リルエリー・フルラ・アストランディア……古の大魔法使いの血の流れを受け継ぐ名前だね」
ウォルクもまたエリーの部屋のある方向を見つめた。
「それにとってもいい香りの名前だ。思ってた以上に彼女は大切な切り札だったみたいだ」
エリーはあの夢を見ることも無く、ぐっすりと眠っていた。だから今夜、屋敷の外で起こったことには気が付いていない。枕元に置いた白雪華晶のペンダントがほのかに光り、再び静かにその光が消えたことにも。
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