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42 黒闇の記憶Ⅲ

来ていただいてありがとうございます!




「はじめまして!お師匠様!」

灰色の髪、灰色の瞳の九歳の男の子。クルトは私が十六歳の時にやって来た。黒の一族の家の子で魔法の才能があるけれどクルトの家はそんなに魔法について詳しい家ではなく、彼の才能を育てて欲しいとのことだった。

「どうして私の所へ?」

「お師匠様は僕の見立てでは歴代の黒の一族の中では一番の才能を持ってます!僕の才能を生かすにはお師匠様の元に弟子入りするのが最適解です!!」

えへんとこまっしゃくれた少年は胸を張った。どうやらクルトたっての希望だったようだ。


私は困惑した。

「スミスヴェストル家は確かに黒の一族の中では最も力の強い魔法使いを輩出する家だわ。でも、私は弟子なんて……」

「確かに!クロティルドお嬢様は花の塔やお屋敷に引きこもって研究ばかりなさっている方ですが、間違いなく当代一の魔力保有者であるとこのミラレスは自負しておりますわ!」

「ミラレス……そういうのは贔屓目とか欲目とかいうのではなくて?それに引きこもってるって、それ、褒めてるの?」

「もちろんですわ!お嬢様はご自分のお力をアピールする機会に恵まれないまま、正当な評価を得られないままここまで来てしまいました。このミラレスはそれが口惜しゅうございます!」

「その通りです!ミラレスさん!お師匠様は凄い人だと僕も思います!僕がつけばお師匠様を大魔法使い、神代にもしてあげられます!」

ガシッと手を握り合う二人を見て、私は力が抜けてため息をついてしまう。



天才魔法使い揃いのスミスヴェストル家の中では、私はみそっかすだった。それを気にしてずっと引っ込み思案の引きこもりだった。でも、家族はそれを咎めることはなく私の好きなようにさせてくれた。まあ、五人も優秀な兄がいるからどうせお嫁に行く末娘はそこまでの期待をされていなかっただけなんだけどね。そんな私の狭い世界は十五歳の時にレオナルド様と婚約したことで激変した。


レオナルド様は金の一族のキングストーン家の方で、明るくて話し上手で優しい方だった。キングストーン家は他の金の一族の家同様に武力を磨く家だったけれど、魔力の強さでその武力を強化したいと我が家に縁談を申し込んできたのだった。そんな事情だったのに、レオナルド様は私にとても優しくしてくれた。私が彼に夢中になるのに時間はかからなかったわ。



「クロティルドお嬢様はレオナルド様とのご婚約がお決まりになって、随分と明るくおなりになりました。外の世界へ目がお向きになってきたのですからこの際、父君、母君、お兄君様方を見返すべく行動なさる時なのです!!」

ミラレスは黒の一族の家の女の人で通いでこの屋敷で働いてくれてる。結婚して息子さんが二人生まれたんだけど、その二人に手がかからなくなってきたから、以前働いていたこの屋敷へ戻って来たそう。私が五歳くらいの時から、ずっと私のそばにいてくれてるのだ。

「わぁ、ミラレスってば力入ってるわねぇ。私は別にそんなことしなくてもいいと思うの。だってレオナルド様も私の思うように生きればいいって仰って下さったし。私は屋敷や塔で魔法の研究をしながらレオナルド様と一緒に静かで穏やかに暮らしていければ十分よ。ああ、ミラレスの淹れてくれたお茶は美味しいわねぇ」

「お嬢様は欲が無さすぎますわ」

お茶のお替りを注ぎながらプンプン怒ってるミラレス。穏やかに過ぎていく日々。お忙しいレオナルド様と時々お会いできるのが楽しみで、弟子になったクルトに困らせられながらも楽しく魔法の研究を続けて。こんな日がずっと続くと思ってたの。




でもね、楽しい時間は長くは続かなかった。クルトがやって来た年に突然隣国が開戦を宣言してリュミエール王国へ攻めて来たの。





急に隣国が攻めて来て、花の塔では研究ができなくなってしまった。黒の一族の魔法の研究機関だった花の塔は戦の前線基地として召し上げられてしまったのだ。資料は持ち帰って来たけれど、研究仲間と話すことが出来なくなってしまって残念だったわ。私がぼやいていると、クルトが笑った。


「いいじゃないですか、お師匠様、僕がいますよ!研究のお手伝いは僕が!」

すっかり私の弟子として屋敷に馴染んだクルトは我が家の書庫から分厚い本を何冊も持って部屋へ戻ってきた。小さい体でそんなにたくさん持ったら危ないわって最初は慌てたけど、魔法を使って筋力を強化して本の重さを減らしているらしいの。まだ十歳になったばかりなのに、様々な魔法を使いこなしていて末恐ろしい子だわ。


「それにしてもお師匠様の研究は不思議なものが多いんですね。魔力を利用した自動花吹雪の研究、クリアル山の万年雪を夏場に呼び出して快適に過ごすための魔法の研究、食用肉の保存期間を延ばす魔法又は熟成を進める魔法の研究……ですかぁ」

クルトは自分の机に本をドサッと置いて私の机の上の紙を持ち上げた。ふむふむと魔法の構築式を解読している。



「私は魔法をみんなが楽しく過ごせるように使いたいのよ。花吹雪が雨や雪のように振ってきたら、結婚式とかが盛り上がると思わない?夏場は暑くてドレスだと辛いじゃない?いっそ山の中で生活できたらいいと思うのだけれど……駄目かしら?それにしてもクルトの研究はおっかないのが多いのね?悪魔を使役して戦わせる魔法、魔物を呼び出しとじこめて魔力を永遠に搾取する魔法、呪い返しを跳ね返す魔法……これって……」

私はクルトが書いた魔法の構築式を見て眉をしかめた。


「何言ってるんですかお師匠様!今どういう状況が分かっていますか?我が国は戦の真っ最中で、戦況は芳しくないんですよ」

クルトは力説する。そうよね、今は戦時下だから戦に役立つ研究をすべきなのよね……。

「分かってるわ……。レオナルド様も戦場に駆り出されてるのだもの」

心配だわ。レオナルド様はお強いって聞いてるけど、本当に大丈夫なのかしら。

「そうでしょう?少しでも戦の役に立つ方法があるなら、それを使わない手はないですよ」

「でも、できるなら、私は魔法で人を傷つけたくないわ」












「お、お嬢様、レオナルド様がっ!!」


ある日ミラレスが持って来たのはレオナルド様が戦場で傷を負ったという知らせだった。幸い怪我は軽く、レオナルド様はすぐに戦場に戻っていったけれど、私は自分も戦場に出ようと決意した。私も戦える力を持っているのだから、と。引っ込み思案だった私を外へ連れ出してくれたレオナルド様の事を守りたかったのだ。


「なにもお嬢様が戦場に出ることはないでしょう?お嬢様はまだ若い、幼いとも言えます!しかも女性なのですよ?」

「お師匠様……僕はお師匠様に戦ってほしいなんて思いません」

ミラレスもクルトも涙ながらに反対してきたけど、その時にはもう国の状況は最悪で、いつ王都へ攻め込まれるか分からない状態だった。だからむしろ私の参戦は歓迎され、家族からも止められることは無かった。


私は十七歳の時戦場に出た。そこは地獄のようだった。


レオナルド様を守りたいと願って戦場に出た私は、結局ただの一度もレオナルド様の隣で戦うことは無かった。いつも隣にいたのは美しい銀のお姫様だった。皮肉なことにその時から私への周囲の評価はぐんと上がっていった。それとは正反対に私の心は深い暗闇に沈んでいった。そんな私の心の支えになったのはミラレスの励ましと、小さなクルトの存在だった。特にクルトは私に酷く懐いてくれていたから私もクルトが大好きになった。度々クルトは自分も戦いに出るとまで言ってくれた。この子を戦に巻き込むようなことがあってはならないと思った。





それなのに……


クルト

どうしてあなたまで

いいえ、きっと何かの間違いよね?












ここまでお読みいただいてありがとうございます!



クロティルドの元婚約者、現国王の名前ヴィンセント→レオナルドに変更しました。申し訳ありません。よろしくお願いします。

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