37 試合
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「じゃあ、うちの訓練場を使いましょうっ」
セイラ様がポンと手を打った。なんだかとっても嬉しそう……。どうして?
「金の一族は基本好戦的なんだよな……」
シオン様がポツリと呟いた。そ、そうなんだ……。
お屋敷の敷地内に広い何もない場所がある。むき出しの地面。高い塀で囲まれただけの場所。片隅にある小さな建物の中には偽物の剣、模造剣や木や胸当て、すね当てなどの道具が置いてある。ウォルク様はその小屋から模造剣を二本持って出てきた。
「あ、フィル様強い……?」
模造剣を打ち合う音が訓練場に響く。金の一族は強いって聞いてる。だからウォルク様が強いんだろうっていうのは分かる。
「自慢じゃないけどウォルクは強いわよ~。私達は鍛えるのが大好きだからね。ああ、フィルフィリート様ったら強いわねぇ。私も後で手合わせ願おうかしら」
うっとりしてるセイラ様。良く分からない感覚……。
「あ、フィル様、何だか楽しそう?」
「フィルは金の一族の血も受け継いでいるから、体を動かすのは得意なんだろう」
シオン様の説明に思い出した。
「そういえばフィル様のお母様が金の一族でしたね」
先の戦で亡くなられたって。もしかしてあの塔の花畑の中にいたのかな……。私は胸が痛くなった。
「なかなかやるね、フィルフィリート!こんなのはどうかな?」
ウォルク様が剣に指を這わせた。切れないように加工してある刃の部分が金色の光を帯びた。
「剣が金色になった?」
あ、なんだか懐かしい感じ……。私は不思議な感覚に囚われた。
「ウォルクの魔法よ。剣を強化したの」
うん、それ知ってる……。え?知らないよ?見たことないもの。ないはずなのに……?
「重くなった……?」
フィル様が戸惑ったような顔をしてる。フィル様の剣がウォルク様の打ち込みに耐えられなくなってるみたい。それまで互角に打ち合っていたフィル様が押され始めた。
「フィル様……」
思わず一歩前に出そうになる私をセイラ様が止めた。
「あまり前に出ちゃ駄目よ。防御魔法が届かなくなるわ」
セイラ様が二人の勝負が始まる前に何かしてたのは防御魔法だったんだ。
「そちらがそうくるなら……」
フィル様は一瞬目を閉じた。そして次に目を開けた時にはその場から姿が消えていた。私にはそう見えた。
「え?何が起こったの?」
消えたと思ったフィル様の姿はウォルク様の後ろにあり、今にも剣を振り抜こうとしてる。え?いつの間に?フィル様の全身が淡く緑の光に包まれてるように見える。
後ろを取ったフィル様の勝ちだって思ったけど、フィル様の動きにウォルク様は即座に反応して受け止めた。
「風魔法で速度を上げたのか、いいね、でも、それじゃ俺には勝てないよ……ってあれ?」
フィル様の剣から翡翠色の風が巻き起こり、ウォルク様がふっとばざれた。舞い上がる土埃。……え?訓練場の端まで飛んで行っちゃったよ?あ、でも華麗に体勢を整えて着地した!凄い……!フィル様は剣にも魔法をかけてたの?これが魔法を使った戦いなんだ。魔法はもっと楽しいことに使えるのに。二人とも楽しそうだけど。ん?今、なんか私おかしなこと考えた?
「あらら、これは勝負ありね」
苦笑するセイラ様。
「ウォルクったら気を抜きすぎよ。後で稽古をつけてあげなきゃね」
指を鳴らすセイラ様。
「それは勘弁してよ、姉上。……ああ、やられたなぁ」
そう言いながら立ち上がるウォルク様は嬉しそう。対してフィル様は憮然としてる。フィル様が勝ったんだよね?勝ったのにどうして?
「手加減をなさっておられましたね。どういうおつもりなのですか?」
フィル様は剣を担いで戻って来たウォルク様に問いかけた。
「ウォルク様、手加減してたんですか?」
「フィルもだけどな。手加減してなきゃこの訓練場はボロボロになってるよ」
シオン様が両手を広げて苦笑いしてる。
「フィル様って凄いんですね……」
人が戦うのなんて見たことも無かった。今見てても何が起こっているのやらだった。でも、戦うウォルク様を見てて懐かしいと感じるおかしな自分がいた。なんだろう、この感覚って……。
「フィルは元々剣を習っていて、結構強かったんだそうだ。跡継ぎである父親が失踪して領地の仕事をするために今は時間があまりとれていない。それに彼には魔法の才能もある。緑の一族は地属性や風属性、水属性の魔法の才能を持つ者が多い。その力は一族としては黒の一族には及ばないが、秀でた才能を持つ者が生まれないという意味ではないよ。そう思ってない者は多いんだが……。フィルは魔法はその辺の黒の一族の者達よりずっと強いんだ」
「そ、そうだったんですか」
シオン様の説明に驚くばかりだった。いつも穏やかで書類とにらめっこしてるフィル様しか知らなかった。
「シオン、余計なことを言わなくていい」
少し疲れた様子でフィル様が戻って来た。王都へ来てすぐにこんなことになって、そりゃ疲れちゃうよね。
「フィル様、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、エリー。怖くは無かった?」
心配で声をかけると、逆にフィル様は私を気遣ってくれた。やっぱり優しい人だな、フィル様。
「はい。フィル様凄かったです。かっこ良かったです」
「……そう。…………シオン、何をニヤついてるんだ?」
「いやあ、フィルの顔赤いなぁって思ってさ」
シオン様を睨むフィル様の顔は赤い。私のせいで大変な思いをさせてしまって、改めて申し訳なく思った。
「どう?ウォルク」
「うん。いいんじゃない?合格だよ!」
姉弟で笑い合う二人。
「どうやら試されていたようだな」
シオン様の言葉。本気の勝負じゃ無かったの?どういうこと?
「悪魔が王都に潜んでいる。王都を悩ませる病も、エリーを襲ったのも悪魔の仕業だと考えている」
ウォルク様の放った突然の言葉に、私は驚いて声が出なかった。
そしてそれとは反対にやっぱりと思う自分もいたんだ。
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