36 種火
来ていただいてありがとうございます!
「ごめんね。やっぱり、エリーを返すわけにはいかないな」
いつの間にか近づいて来ていたウォルク様が私の手を引いた。
「え?」
ウォルク様は私の腰に手を回して抱き寄せ、フィル様から引き離した。私の手には白い花の花光玉がある。ウォルク様は私の手首を掴んで花光玉と視線を合わせた。
「なっ!」
フィル様はウォルク様を睨みつけた。
「どういうおつもりですか?」
そこに慌てたようにセイラ様が口を挟んだ。
「え?ウォルク?何を言ってるのよ?迎えを呼んだのは貴方でしょう?」
「理由はこれだよ。さっきのを見ただろう、セイラ?これはね凄いことだよ?」
ウォルク様は白い花光玉から目を離さない。
「さっきの。そうね。確かにすごかったわね。雑貨店で売られてるものとは比べものにならない。エリーちゃんは切り札になれそうだわ。襲われたのも分かる……。でもそれはそれとして」
セイラ様はそこで一旦、言葉を切るとつかつかと近づいて来た。セイラ様がウォルク様の腕をねじり上げるのと。フィル様が私の腕を引くのが同時だった。
「みだりに女の子の体に触れるんじゃないのっ!!」
「痛いよっセイラっ!姉上っ!!」
セイラ様ってウォルク様のお姉さんだったんだ……。私は呆気にとられながらそんなことを思ってた。
せっかく遠い所をいらっしゃられたのだからと、執事の人とセイラ様の勧めで私達はキングストーン家の応接室に通されてお茶と軽食を出された。私はウォルク様とセイラ様の対面、フィル様とシオン様に挟まれる形でソファに座った。険悪な雰囲気にすっごくいづらいんですが……。主にその雰囲気を作り出しているのはフィル様とシオン様。ウォルク様は飄々としてらっしゃる。セイラ様は頭が痛そう。本当に何なんだろ、これ……。
「それじゃあ、エリーちゃん、良かったらエリーちゃんから事情説明をしてもらってもいいかしら?」
セイラ様から促されて、私は隣のフィル様を見上げた。フィル様が頷いたので、シオン様の方も窺い見た。シオン様も同じように頷いてる。私は大きく息を吸って吐き出してから話し始めた。
「あの晩眠ってから、次に目が覚めたら、私は花の塔、花幽の塔という所にいました」
「あんな北の果てに……!」
「しかもあそこはかなり危険な場所だと聞いているが……」
フィル様とシオン様は酷く驚いていた。ウォルク様とセイラ様は私がどこから来てどこへ行こうとしていたのかを説明していたので驚いてはいなかった。
「私をそこへ運んだのはノア、ノアレーン・スミスヴェストル様です」
「!」
「あの神童か……なるほどね……その距離を跳べるのか。流石だなぁ」
セイラ様はノアの名前が出たことに驚いていたけど、ウォルク様はあまり驚いていなかった。
私はそこであったことを順を追って話した。嫌がらせにあったことは内緒にして。星空の花光玉をテーブルに置いて、死者達に会ったこと、それからノアがしばらく帰ってこれないと言っていたこと、その隙をついてミラレスさんに協力してもらって馬車で王都へ辿り着いたこと、リーフリルバーン家への馬車を手配してもらってミラレスさんと別れたことを。
「帰ってこようと頑張ったんだね」
フィル様が労うように肩に触れた。
私は真っ黒になってしまった花光玉をポケットから出して同じようにテーブルの上へ置いた。フィル様とシオン様が顔を見合わせている。どうしたんだろう?不思議に思いながらも私は話を続けた。馬車の中で得体のしれない黒い影のようなものに遭遇したこと、一度は捕まってしまったけど、持ってた二つの花光玉が守ってくれたこと、そしてウォルク様に助けてもらったことなどを続けて話した。
「それで、今このお屋敷でお世話になっています。ウォルク様には助けていただいて本当に感謝しています」
私は改めてお礼を言って頭を下げた。
「私からも御礼を申し上げます。王弟殿下、王妹殿下、私共のエリーをお助け下さって真に感謝いたします」
フィル様が立ち上がって頭を下げたので。私も立ち上がって頭を下げた、けど……今フィル様何て言った?
「王弟殿下?」
私の呟きを耳にしたシオン様が
「国王陛下のお名前は知っているだろう?」
「はい。レオナルド・キングストーン国王陛下……」
同じ苗字だ。ちゃんと勉強したのに……私って……ん?なんか胸の奥が痛いような……?気のせいかな?
「ふふふ、王弟殿下があんな城下町にいるとは思わないわよぇ」
セイラ様が笑ってる。貴女も王妹殿下なんだよね?私はチラッとセイラ様の方を見た。
「あ、私はいいのよ?だってもうとうに嫁いでキングストーン家を離れているもの」
そうだよね。セイラ様はシシリーって名乗ってた。
「王弟って言ったって俺は単に王の異母弟ってだけだし、関係ない」
ウォルク様は面倒そうに吐き捨てた。そんな身分の高い方々だったなんて……、本当にどうしてあんな所にいらしたんだろう?
「とにかく、お座りになってお茶を召し上がって」
その言葉にフィル様と私はもう一度座り直し、シオン様はお茶のカップを持ち上げた。
「俺は城下を歩き回ってることも多くてね。雑貨店で偶然、花光玉を見つけたんだ。最初はただの装飾品だと思ってたけど、子ども達からあの病気に効果があるって聞いてね。いろんな人に話を聞いて回ったんだよね。それで確信したんだ。これはいけるってね」
ウォルク様はそういって私を見て笑った。
あの病。衰弱病、悪魔憑きの病。神官様が王都ではその被害が深刻化しているって言ってたっけ。
「神殿はね、高額な治療費をとったり、治療する人を選んだりとやりたい放題なんだ。それは高位の神官に顕著だったんだけど最近は患者が増えてその傾向が下位の神官にも出始めてる。まるで自分達が偉いと思い込む神官が増えてきた」
「そんな……」
治療をしてもらえない人が出てくるってこと?フィル様もシオン様も黙って話を聞いてる。
「そこで、君だ、エリー」
ウォルク様が私を指さした。
「っていうか君がいるってことは、花光玉を広めるのは君の案だったんだね、シオン・ウィステリアワイズ君。やっぱり、紫の一族は優秀な頭脳派だね」
あ、シオン様少し顔が嬉しそう……。頬がぴくぴくしてる。
「それで、先程のご発言はどんな意図がおありだったのですか?我々はご連絡をいただいてエリーを迎えに出向いたのですが」
フィル様が話を遮ってウォルク様に訊ねた。フィル様はいつも優しい顔をしてるけど、今はとても怖い顔をしてる。
「エリーが襲われたのは偶然じゃ無かった。エリーだから狙われたんだと思う。だから、エリーを危険な場所に置いておくことはできない」
「エリーが狙われた……しかしそれならこちらでも対策はとれます。我が領地や屋敷が危険だと仰るのですか?危険というなら王都の方がずっとそうだと思われますが」
ここでシオン様が何か言いたげにフィル様をみたけど、フィル様は気が付かない。私はピリピリとした雰囲気になにも言えない。
「場所が問題なんじゃないよ。エリーを襲ったのは人間じゃない。問題なのはそばにいる人間の力の方。…………俺より弱い人間にエリーを任せる訳にはいかないかな」
「っ!……私では力不足だと?」
フィル様が剣呑な表情になる。ウォルク様は不敵な笑みを浮かべてフィル様を見ている。
「それは分からない。けど少なくとも俺やノアレーンより強くないとエリーは任せられないかなぁ」
軽い口調だけど、ウォルク様はフィル様を挑発してるみたい。
「という訳で、勝負をしようか、フィルフィリート・リーフリルバーン。『翡翠の風』と呼ばれる君の実力を見せてもらいたい」
勝負って、なんでそうなるの?
「お断りしたら?」
「王の弟の権限を存分に使わせてもらうよ。エリーは返さない。これはエリーを、ひいては国民を守る為でもある」
「承知いたしました」
フィル様もなんで受けちゃうの?
「フィ……」
立ち上がったフィル様とウォルク様を見て、止めなきゃって思った。けど、シオン様に腕を掴まれて止められた。
「シオン様……」
振り返ると、シオン様は静かに首を振った。口出し無用ってこと?私が原因なのに?
私って自分の行き先も自分で決められないの?なんかちょっと腹が立って来ちゃった。全部あの黒い奴のせいだよね?私が自分であれを追っ払えてたら……。悔しい……。
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