35 金の一族の使者が来た日
来ていただいてありがとうございます!
エリーがさらわれた日の夕方の話です
フィルフィリート視点
ヴィンセント→レオナルドに変更しています。すみません。
エリーが行方不明になった日の夕方、金の一族からの使者が二人やって来たとエドから告げられた。
早くエリーを迎えに行きたい。黒の一族、スミスヴェストル家へ書簡を送った後、すぐに返事が来るわけでもないのは重々承知していた。しかし私は苛立っていた。そんな中で告げられた金の一族からの使者の訪問。
「まずは書簡で伺いを立てるのが当たり前だろうっ」
私は更に腹立たしい思いにさせられた。
「落ち着いて下さい、フィル様。当主様ご不在の今、対応できるのは貴方だけなのですよ?今朝のような失態を犯すおつもりですか?」
「……っ」
エドの厳しい言葉に言い返すことができない。エリーがノアレーンにさらわれて、動転した私は魔力を暴走させ、危うく被害を出してしまう所だったのだ。
「エリーは勝手にどこかへ行ってしまうような子じゃない」
「ええ、分かっていますよ。ノアレーン様の姿も消えています。まあ、あの方は時々いなくなることもありましたしね……。今回は間違いなくエリーさんを連れて行ったのでしょう。あの方はそういうことが出来る方です」
エドは厳しいまなざしを少し優しいものへ変えた。
「ご心配は分かります。ですが、貴方はあの方とは違う。きちんとご自分の責任を果たさねばなりません」
「分かっているさ」
夏の間は農地や水路の管理や、虫害、農作物の病気の発生など、問題が起こることが多い。もちろん人を使って対処するのが普通だが、祖父はそれを良しとせず自らも動くことを好んでいる。祖父が領民や一族から慕われるのはこれが一番の理由なのだろう。そんな祖父を尊敬している。いなくなった父の分まで祖父を補佐しなくてはならないんだ。私は焦燥を無理矢理抑え込んだ。
「エド、私は金の一族の使者が来られたと聞いたんだが……」
「ええ、フィル様。間違いなく使者だと仰いましたよ」
エドも頭が痛そうだ。
「だが、どう見ても……」
「はい。そうですね……」
応接室に入るなり、私とエドはそんな会話を小声で交わした。
金の一族はリュミエール王国の北東に領地を持つ。国の北側は一様に他国と接しており、建国時から断続的に他国の脅威と戦い続けている土地でもある。そんな理由もあってか金の一族は武術に長けた者達が多い。私は簡単な情報を頭の中で思い返した。
「この度は突然の訪問をお許しください。私はセイラ・シシリーと申します。こちらは我が弟ウォルク・キングストーン」
金の一族からの使者は二人。私は彼らと対面して顔が引きつるのを感じた。使者と名乗った二人のうち、片方の女性は騎士の服を身に付け剣を携えた、短い金色の髪の女性だった。彼女は胸に手を当てて頭を下げた。短い髪も騎士の服装も女性がしているのは王都では見かけることがあったが、この屋敷にそういった女性がいるのは不思議な感覚だった。肖像画でしか覚えのない母もまたこの人の様だったのだろうか、と。彼女は確か十八歳でキングストーン家から嫁いでシシリー家に入っている。現在は二十四歳だったか。
そしてもう一人の男性。ウォルク・キングストーン。二十二歳だったと思う。彼もまた騎士の略装に身を包んでいる。白い髪に金の光沢という不思議な髪色の青年だ。この二人はリュミエール王国現国王レオナルドの異母妹弟。金の一族だが、銀の一族出身の母を持つ。剣の腕がたち、聖魔法も使えるというが、際立っているのがその直感能力だといわれる。レオナルドは先の戦で多大な功績を上げ、戦を勝利へ導いたシルヴィア王女を悪魔の呪いから救い出した英雄。金の一族の筆頭アウルレオニス家の出身ではない初の国王。セイラとウォルクはその年の離れた妹と弟。姉弟だ。国王となった者の家族は王宮へ移り住み、王国の重要な役職へ就くことが多い中、ウォルクはその例に添わず自由に行動していると聞く。
「私はリーフリルバーン家のフィルフィリートと申します。当主である祖父は現在不在ですので私が対応させていただきます」
私は彼女達にに椅子を勧め、当主の書斎で向かい合って座った。非常識だ。全く持って非常識だと思う。何が使者だ。
「今回はどのようなご用件でいらしたのですか、両殿下?」
軽く嫌味をこめて訊いてやった。
「ごめん。使者を立てるより使者になった方が手っ取り早いと思ってね。ちょっと急いでるんだ。これを作った人に会いたい」
ウォルク・キングストーンは花光玉を持ちながらそう言った。セイラは彼を小突き、もっと丁寧な言葉で話しなさいと、小声で窘めていた。セイラはウォルクのお目付け役か。シオンの情報は正しかった。花光玉が、いやエリーが彼に目を付けられてしまったのだ。
「城下の雑貨屋でこれを見つけたんだ。この花光玉はここから出荷されているんだろう?この一番凄いのを作ってるのはここに住んでる女の子なんだよね。一度話を聞きたいんだ」
随分と下調べをされたようだ。そして直球だなと思ったが、腹の探り合いをするのは苦手だったので、かえって助かった。
「残念ですが、彼女は今ここにはいません」
彼らがどんな目的を持っているのかは分からない。今、エリーがここにいないことは吉と出るのだろうか?私は内心の焦りを隠して務めて冷静に話した。
「あら?里帰りでもなさっているのですか?ここから東側のクリアル山の麓の農村のご出身ですよね?そちらに出向けばお会いできるのかしら?」
セイラが答える。本当に良く調べているな。正直驚いた。こういった手合いには下手に隠し事をしない方がいいだろうと私は判断した。下手に領内を動かれては厄介だ。
「彼女は、エリーは現在行方不明です。我々も行方を追っているところです。恐らく緑の一族の領内にはいないでしょう」
正直に話してはみたものの、信用されるはずもない。しかし何とかさっさとお引き取り頂いてエリーの捜索に専念したかった。
「……なるほど。それなら仕方が無いな……」
「え?」
「まあ、そんな……それで急いてらっしゃるのですね」
セイラは気づかわし気な表情を見せた。
「行き違いか……確かに、そうだな……」
ウォルクはふう、とため息をついた。
「今日は出直そう」
信じたのか?私は内心驚愕した。いや、嘘は言っていないが……。これだけで信じてもらえるとは思ってなかった。もっと食い下がられるかと思っていた。
そして本当に二人の姉弟はすぐさま王都へ帰って行ったのだった。
「ご心配でしょうけれど、どうぞお気を落とさずに」
「俺達も探してみるから。見つかったら連絡をくれると嬉しいな」
そんな言葉を残して。
まるで突風のようだったな。
「ずいぶんとあっさり引き下がりましたね……」
彼らを見送った後、エドがかなり驚いた様子で言った。
「ああ、まるでエリーがここにいないと本当に分かったみたいだった」
城に居着かないウォルク・キングストーンと、同じく王都にあまり長く滞在することのない私はほぼ接点がない。今までも姿を見かけたことくらいはあったが、初めて対面し会話した王の弟は噂通りではあった。
「なるほど、確かに姉弟そろってかなり変わった人物のようだ……」
だがしかし、それほど不快な印象は持たなかったのだ。この時は。
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