30 想いの花畑
来ていただいてありがとうございます!
ああ、私はここからの眺めがとても好きなのよ。貴女もそうなの?
「お目覚めですか?お嬢様」
「はい?」
お嬢様って誰ですか?周りを見回すけど当然のように誰もいない。ミラレスさんが私を覗き込んでる。え?あ、そうかここはリーフリルバーンのお屋敷じゃなかったわ……。
「えっと、そう!幽霊はっ……、そっかみんないなくなったんだっけ」
私はベッドサイドのテーブルを見た。そこには昨夜作った花光玉が置いてあった。ここって塔の私の部屋?
「あれ?私ってどうやってここに戻って来たんだろう?」
あの後どうなったっけ?ぼんやりする頭で考えるけど、思い出せない。
「ノアレーン様が運んでくださいましたよ」
部屋のカーテンを開きながらミラレスさんが説明してくれた。あ、朝日がまぶしい。
「ノアが……。帰って来てるんですね。あの、ノアと話したいんですけど」
早くリーフリルバーンのお屋敷に帰らせてもらいたいんだよね。
「……それが、ノアレーン様はお嬢様をお部屋へお運びした後すぐにまたお出かけになりました」
「え?もういないんですか?」
そんな……どうしよう……。
「はい。申し訳ございません」
「え?いいえ!ミラレスさんのせいじゃないので謝らないでください!」
私がそう言うとミラレスさんはふっと微笑んだ。え?笑った?
不思議なことが起こったなぁ……。まさか幽霊あんな風に消えちゃうなんて。私はゆうべ作った花光玉を眺めまわした。花光玉って他にも何か効果があるのかな?シオン様は何も言ってなかったけど。
「昨夜はありがとうございました」
着替えと朝食が済むと、お茶を淹れてくれたミラレスさんがそんな風に言って頭を下げた。
「え?何のことですか?」
どうしてお礼を言われてるの?ミラレスさんは私の顔を見た後、私が持っている花光玉に視線を落とした。
「わたくしの家族、そしてわたくしの大切な方が先の戦の時に亡くなりました」
「……!」
「わたくしは戦が始まる前はこちらである方のお世話をさせていただいておりました。ノアレーン様からお聞きと思いますが、ここは魔法の研究を行う施設でした。開戦後は前線基地となりましたが……」
ミラレスさんは窓辺に移動して外を眺めた。今日もとてもいい天気だ。心なしか少し涼しい風が入って来てる。ここはリュミエール王国の北の果てだからリーフリルバーンのお屋敷よりも季節の進みが早いのかもしれない。
「それは酷い戦でございました。敵も味方もたくさんの命が失われました」
私、それ、少しだけ知ってるかもしれない。夢で見たあの人の記憶。私も立ち上がってミラレスさんの隣に立った。今は綺麗な花畑。無数の花が風に揺れている。ここが昔、戦場だったんだ。
「お嬢様が彷徨う死者達の魂を浄化して下さったこと、感謝に堪えません」
「浄化、ですか?」
そうなの?私は花光玉に気持ちを静める効果があるかもしれないと思ったから夢中だっただけなのに。
「そんな……。私は、ただ怖くて……。そうしたら声が聞こえて来て……。襲われるんじゃないかって必死で……だから、お礼を言われるようなことはしてないと思うんです。自分が助かりたかっただけなんです」
「貴女はあの時、その、花光玉?を作る時に何を願われましたか?」
「……少しでも悲しい気持ちが無くなればって思いました」
「それが現れたのですよ。貴女はとても優しくてとても大きな力をお持ちです。そしてそれを正しくお使いになられています。そんなにご自分を卑下する必要はございませんよ」
ラミレスさんの表情はたくさん動くことは無かったけど、とても優しい目で花光玉と私を見つめていた。
ざざっと一段強い風が吹いて、前に見た海の波のように花畑が揺れた。
「もっと生きていたかったことでしょう。愛する人と再会したかったことでしょう。やりたいこともあったでしょう。無念だったことでしょう。わたくしにできるのは花を手向けることだけでした」
「じゃあ、もしかしてこの花達を植えたのは……」
「種を蒔いただけです。最初は全く芽がでなかったのです。蒔いた種がようやく芽吹き、花が咲き、種をこぼして、少しずつ花畑が広がっていきました。わたくしの得意な魔法は水魔法ですので、水をやることだけはできました。地属性の魔法が使えたらもっと早かったかもしれませんね。十五年もかかってしまいました」
「この花畑を作ったのはミラレスさんだったんですね!凄いです!」
この土地はたくさんの血を吸っている。でも土に汚れたような感じは無い。元気いっぱいって程じゃないけど。きっとミラレスさんが植えてくれた花が頑張ったから。
「なら、それなら私が花光玉を作れたのはミラレスさんのおかげです!亡くなった人達の心を救えたのならそれはミラレスさんの力だと思います!」
「ありがとうございます……。お嬢様」
「あ、エリーって呼んでください。私はただの農家の娘なんです。貴族じゃないので、お嬢様なんて呼ばばないでください」
ミラレスさんに隠したままにしたくないから、私は正直にお話した。多分ミラレスさんも貴族だと思うんだよね。身分の高い貴族のお屋敷にお仕えする貴族の人がいるって、教えてもらったことがあるんだ。エドさんがそうなんだって。ミラレスさんも凄く上品な感じがするし。私に「お嬢様」なんて言わないで欲しい。
「……今はそうなのですか」
今は?どういう意味だろう?良く分からないけど、ミラレスさんは私の出自を聞いても態度を変えることは無かった。いいのかな?
「あ、今はちょっと理由があってリーフリルバーン家のお屋敷で働かせて頂いているんです。仕事があるのでできれば早めに帰りたいんですけど……。ノアがいないんじゃ無理ですね……」
どうしてノアは私をこんな所へ連れてきたんだろう。連れてきただけで放っておくのはどうして?ノアの気持ちが分からない。
「……お幸せですか?」
ミラレスさんの表情は変わらない。けど、言葉に温かいものを感じる。
「幸せ……。っはい!毎日美味しいご飯も食べられてますし、仕事もさせてもらえてますし。けっこうお給料もいいんです!お屋敷に仕事部屋の他に自分の部屋まで用意してもらえて、勉強もさせてもらえて、ご当主様もフィル様もエドさんもマーサさんもみんなも優しくて。あ、マイヤさんはちょっと厳しいんですけど……」
「帰りたいのですね。リーフリルバーン家のお屋敷へ」
ミラレスさんはハンカチを取り出して、私の目に当ててくれた。あ、泣いちゃってたんだ……。うん、帰りたい。
「……っ、帰りたいです」
両手で顔を押えて俯いた。フィル様の優しい笑顔が浮かんで、涙が止まらなかった。
「承知いたしました」
ミラレスさんは深々と頭を下げた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!