29 星の鎮め玉
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「あーあ。面倒臭いなぁ。式典とかどうでもいいじゃん。っていうか国王なんて消えてしまってもいい。どうせ代わりなんていくらでもいるんだ」
誰かに聞かれていれば更に面倒なことになるようなことをつい言ってしまう。まあ今、この見捨てられた塔には僕とミラレス、そしてエリーしかいないからいいんだけどね。王都での用を終えてやっとこの花幽の塔へ帰ってこれた。エリーはいい子にしてただろうか?……なんだ?
「エリー?」
おかしい。エリーがいない。エリーの為に準備した部屋にも隣の寝室にも。おそらく塔の中には気配が無い、と思う。こんな夜更けに一体どこへ行ったんだ?おまけにミラレスの姿も見えない。
「まさか外へ?」
慌てて部屋の外へ出た。廊下の窓辺。今夜は月明かりもない。窓に切り取られた星空。暗い廊下のその窓辺に佇む人影を見つけた。
「ミラレス、お前こんな所で何をしている?エリーはどこだ?」
ミラレスは窓から外を見ている。近づき同じように窓の外を見ると遠くに人影があった。
「あれはエリーか?何故こんな時間に外へ?ミラレスお前何をしていたっ!何故エリーを外に出した!」
ミラレスはエリーを放り出して何をしてる?今朝の事を、名も知らないあの二人の使用人の事を思い出して、とっさに怒りが沸く。こいつはこんなに使えない奴だったか?
「おいっミラレスっ!……?」
叱責しようとして驚いた。あのミラレスが涙を流している。人の事は言えないけど、ミラレスはいつも無表情だ。笑った顔なんて見たことが無い。なんだ?ふいにぞくりと冷たい気配を感じてミラレスの視線の先を見た。
「エリー?!いつの間に?!くそっ!」
エリーが大量の霊に囲まれている!すぐに助けに行かなければ。外に出ないようにもっときつく言い含めておけばよかった。後悔したが今はそれも意味が無い。
「エリーが死者の国へひきずりこまれる」
僕はエリーの所へ跳んだ。だが何故か弾かれてしまう。すぐ近くへ行けない。死者達に阻まれているみたいだ。
「なんだ?一体何が起こってる?」
僕は浮遊の魔法を使い空へ上がった。しかし空からも近づけなかった。
「くっ、このっ!」
僕は魔法を発動した。前に魔法書で読んだことがある魔法を。死者の存在を否定する魔法だ。この魔法で消された者たちは転生できず、永劫の闇を彷徨うという。だが、そんなことは構わない。エリーを連れて行こうというなら、容赦する必要はない。使ったことも無い魔法だけど、そんなこともどうでもいい。内なる魔力を解放しようとした。その時だった。
周囲の小さな花達から小さな光がふわりふわりと浮かぶ。無数の光が浮かび上がり、さながら星空の中にいるようだった。
「……これは……エリーが花光玉を作っているのか?」
集まった死者達の霊がエリーを襲うような様子は見えない。まばゆい光がエリーに収束していくのが分かった。花光玉が完成したんだ。彼女の両手の上、今までに見たことが無いような美しい花光玉が生み出されていた。だが、これをどうするんだ?
しかし変化はそれでは終わらなかった。死者達の輪の中心、エリーから小さな光がまるで流れ星のように走っていく。光が迸るたびに澄んだ水が立てるような美しい音が聞こえる。鎮魂の歌のようだと思った。光が死者達の中へ入っていく。光に触れた死者たちの顔から悲しみや苦しみの表情が消えて、そして徐々にその姿が薄まり消えていった。
「浄化されている……?花光玉のあの反応はなんだ?エリーのあの力は……」
病を治す力では無かった?いや、病が?病では無かったのか?いや、体ではなく心を蝕む病だった?心が蝕まれたから体に影響が……?
「なら、衰弱病の正体はまさか……」
ふいに思考が途絶えた。
ずっと見たかったものを、ずっと向き合いたくなかったものを見た。見つけてしまった。そこにいると分かっていたけれど。見てはこなかったもの。
集まっていた死者達の霊が消え去り、花畑に静寂が戻る。星空のような光を失わない花光玉。それを抱きしめてエリーは花の中で眠っている。その人は微笑みを浮かべてエリーの傍らに座りエリーを見つめていた。
長い黒髪。黒いドレスの人。
「お師匠様……」
その人は非難するような黒い瞳を僕に向けた後、ゆっくりとその目を閉じて消えていった。
ああ、貴女は僕を許してくれないんだね。
そう、僕の罪は消えない。
都合の良い夢を見ていた僕は……
「エリー」
風に揺れる花畑に降り立った僕は眠り続けるエリーの傍に膝をついた。
「………」
「…………クロティルドお嬢様」
花幽の塔の窓辺でミラレスは静かに涙を流し、呟く。
「お戻りになられたのですね」
そして
遥かな深みの底では闇がその光を感じ取っていた。
「あああ、せっかく気持ちの良い音が流れていたのに。ごっそり消しちゃったよ。いい感じに集まって、もうすぐだったのに遠のいちゃった。邪魔だな。あれ」
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