28 風を呼ぶ
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フィルフィリート視点です
エリーが消えた。マーサが慌てた様子でエリーがどこにもいないと告げてきた。すぐに彼の仕業だとわかった。
今朝は風が随分と強い。
ノアレーン・スミスヴェストル。黒の一族の神童、神代などと呼ばれる少年。彼はエリーがこの屋敷へやって来た同じ夜にやって来たのだ。魔法で転移して。でたらめな力だ。噂では彼は全ての魔法を使いこなせるという。噂は噂。話半分しか信じていなかったが、どうやら真実であるらしかった。エリーの作ってくれた花光玉おかげで当主である祖父オーガストの体調が安定し一安心していた。書斎で当主代行の仕事をしていたその時に突然現れたのだ。
彼の事は確かに見覚えがあった。王宮で。無表情で冷たい印象があったが、その秘めた魔力量は計り知れないと感じたものだ。我々六大貴族は他人の魔力の量や性質を視ることが出来る者が多い。黒の一族は魔法の才能がある者が多く生まれる一族だ。その中でも彼はまた抜きんでた能力をもっていて、特別扱いを受けているという。王宮での印象とは全く違い、彼は随分と表情豊かに見えた。彼は生意気な顔でこう言った。
「エリーは僕の大切な幼馴染だからさ、勝手に呼びつけないでよね。まあ、エリーが望む限りはいいけど。扱いには気を付けてね。あ、それと僕もここで働かせてもらうからよろしくね」
そんな勝手な事を言い、そして勝手に居着いたのだ。もちろん翌日に追い出してやろうと思ってたが、固い表情だったエリーが喜んだのでしばらく様子を見ることにしたのだった。
「何が幼馴染だ。エリーを騙していたくせにっ」
私も同じか……。私も彼の正体を知っていたのにエリーに伝えなかったのだから。余計なことを喋るなとノアレーンに口止めされていたこともある。黒の一族と敵対することは緑の一族に何らかの不利益を被ることもあるかもしれないと危惧もした。そして最初はエリーの能力を引き出してもらえるように、安心して仕事をしてもらえるようにという打算もあった。ノアレーンと、幼馴染の「ノア」と一緒にいる時のエリーはいつもリラックスしていた。自分の望みの為に口を閉じていた。
妹の身代わりにされ、家族に追い出され、一人見知らぬ場所へ来てどんなにか不安だったことだろう。それなのにまた傷付けてしまった。呑気に遊びに出かけてる間に。私も同罪だ。全て告げて謝りたい。エリーがここで働きたいと言ってくれているから、その気持ちに胡坐をかいていた。許してくれるならここに、私の傍にいてもらいたい。彼の手から取り戻したい。居ても立っても居られずに私は立ち上がった。
ああ、今日は風がうるさいな。窓をガタガタ鳴らしている。暴風?嵐の季節でもないのに。
「だが、エリーがそれを望まなければ……?エリーの気持ちは?」
こんな強硬手段に出るくらいだ。ノアレーンはエリーを想っているのだろう。強い執着のようにも思えるが……。エリーは彼に説得されて彼の嘘を許してしまうかもしれない。そう思うと私の胸は酷くかき乱された。エリーが彼を拒絶したら?彼はノアレーンはエリーに無体を働くかもしれない。エリーの心を無視して……!
ピシリッ……強まる風に呼応して近くのガラスにひびが入った。誰かの悲鳴が遠くに聞こえる。屋敷の中にも風が吹き荒れる。
「おい、フィルどこへ行くつもりだ?」
屋敷の玄関へ向かう途中、廊下でシオンに呼び止められた。うっすらと紫色の光に包まれてる。
「決まっている。北だ。スミスヴェストルの屋敷へ行く。エリーがあの男にどんな目に合わされてるか分からない!」
屋敷の木々が折れてしまいそうなほど揺れしなっている。窓ガラスに赤や黄色の何かが叩きつけられてる。
「落ち着け、フィル!なんて顔をしてるんだ。いつもあんなに穏やかなのに……。そうか。そんなに大切なのか……カーラは本当に望みが無いようだな」
シオンは私の腕を掴んでため息をついた。
「エリーの為に植えた花がみんな散ってしまうぞ……。帰ってきたらがっかりするだろうな」
そう言って窓の外に視線をやるシオン。叩きつけられていたのは風で散った花びらか。ああ、この風は私のせいだったのか……。
「何を驚いている?まさか自覚なしか?緑の一族の翡翠の風ともあろう者が困ったものだな。早く風をおさめてやれ。おそらくみんな家から出られなくて困っているぞ」
シオンは苦笑いだ。
「あ…………」
魔力の暴走……。怒りの感情が抑えきれずに。私は自分を恥じた。これでは子どもの癇癪だ。私は目を閉じ深く息を吐きだした。
いつの間にか外は静かな夏の日が戻っていた。
私の魔力の暴走の人的被害は無かった。心底ホッとした。早朝だったこと、風が徐々に強くなっていったこと、この辺りは元々風が強く吹く季節があり、それに慣れていたため強風の中を出歩く者がいなかったことがその理由だった。屋敷の周囲に風が吹き荒れたことで、屋敷の窓ガラスと花壇等に被害が出てしまった。私は本当に久しぶりに祖父とエドにこっぴどく叱られることになった。
多少冷静になったとはいえ、エリーのことが心配なことに変わりは無かった。私はスミスヴェストルへ来訪するために書面をしたためていた。面倒ではあったが、家同士のもめごとにする訳にはいかなかった。さっきまでの自分はそんなことまで失念していた。
「少々困ったことになった」
シオンが私の書斎に入って来た。彼は王都の貴族学校の夏休みの間この屋敷に滞在する予定になっている。彼は紫の一族の少年で、私よりも二歳年下にもかかわらずその筆頭のウィステリアワイズ家の当主も務めている。長期間家を離れて大丈夫なのかと思ったが、魔法道具で時々ここから指示を出していて家が回っているらしい。
「どうかしたのか?シオン」
「どうやら、予測より早かった。花光玉に目を付けられたようだ」
「神殿か」
「いや、金の一族だ。あの脳筋一族がしゃしゃり出て来るとは思わなかった。もう少し時間が稼げると思っていたのだがな」
「金の一族が?一体どういうことだ?」
「王弟の目に留まったらしい」
はあ、と腕組みをするシオン。眉間のしわが今回の事態がシオンの想定外だったことを示していた。
「王弟だと?」
金の一族。現国王のレオナルド陛下の弟。リュミエール王国の国王は六大貴族の中から持ち回りで選ばれることになっている。だから王の弟といっても王位継承権を持つわけでは無い。しかし権力を持たない訳では無いのだ。確か、王宮には住むことなく、政関わることもなく王都の屋敷と金の一族の領地を自由に行き来していると聞いている。かなり変わった人物であるとも。そんな人物が何故?
「フィル様、今、金の一族より使者が来ています。フィルフィリート様にお会いしたいとのことです」
その日の夕方、エドが私に告げた。早くエリーを迎えにいきたいのに……。私は唇をかみしめた。
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