25 塔
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気持ちのいいお布団の感触……。あれ?いつもよりふかふかだ……。寝返りをうった私は窓の外に広がる空を見て違和感を感じた。リーフリルバーン家のお屋敷は二階建て。窓からは背の高い木々が見えているはずなのに。クリアル山も見えない。むくりと起き上がって更に違和感。あれ?なにこれ?やたらふわふわした寝巻を着てる。真っ白な寝巻。ドレスみたい。ええと、いつの間にこんなの着たんだっけ?マイヤさんかマーサさんが着せてくれた?
「…………?」
私は窓に近づいて外を見た。
「え……」
見渡す限りの花畑だった。どこまでも続く空と花畑。しかも私は高い塔の上の階にいるみたい。
「ここ、どこなの?!」
私の叫びは空しく見知らぬ部屋の中に響き渡った。
「落ち着いて思い出してみよう。うん」
きのうは朝からいつも通りに花光玉を作ってて、そしたらシオン様にまた誘われて、それでノアが帰って来て……ここで私の胸がズキンと痛んだ。ノアは、貴族でノアレーン・スミスヴェストル様って名前だった。
「…………」
『いつも通りでいいんだっ』
傷付いたようなノアの顔が頭に浮かぶ。私は頭を振った。ううん、ノアが隠し事してたから、嘘ついてたからじゃない!そうだよね!私、悪くない。悪くないけど……。ベッドの上で膝を抱えた私は後悔していた。
「もっとちゃんと話を聞けば良かったかな?聞いたら教えてくれたかな?」
仲良しだとか家族みたいに思ってたのは私だけだった?
「もう、前みたいには戻れないね……」
だって、私はもう知ってしまったから。私は少しだけ泣いた。
それからぼんやりとまた考え始めた。
「部屋に帰って、花光玉を作ろうとしてて、でも集中できなくて、ご飯も食べたくなくて……。そしたらフィル様が部屋に……」
そこまで思い出して、私の顔に熱が上った。私、あのまま……。フィル様に抱きしめられたまま寝ちゃったんだ……!いやあああっと枕を被ってベッドに突っ伏した。ひとしきり恥ずかしがり終わると、ちょっと冷静になった。
「フィル様、優しい方だなぁ。ご当主様も悪い噂は聞かないし。私みたいな庶民にも厚待遇だし。緑の一族が治めてる土地の民で良かったなあ。他の所は話でしか聞かないけど酷い領主様もいるみたいだし……」
で、最初に戻る。目が覚めたらここにいる。何で?ここどこ?
「リーフリルバーン家のお屋敷、じゃないわよね。どうみても」
艶々な石材で造られた曲線の美しい家具。リーフリルバーンのお屋敷は木製の家具が多かったから、この部屋は豪華だけど少し冷たい感じがする。見慣れないせいもあるかもしれないけど。とりあえす部屋の外へ出てみようと思ってたらドアが開いた。
「お目覚めですか?お嬢様」
入って来たのは三人の女の人達。一人は六十代くらいかな。後の二人は私より少し年上かな?年長の人を中心に左右に並んでる。三人とも黒いロングドレスに白いエプロンをつけている。え?お嬢様って私?
「おはようございます。わたくしはミラレスでございます。こちらは」
「セリアです」
「ダイアナです」
黒髪の老婦人と灰色の髪の二人がそれぞれ名乗った。二人は双子?姉妹かな?似てる。
「お食事をお持ちいたしました。まずはお着換えをお手伝いさせていただきます」
そう言ってミラレスさんたちは私の世話をし始めた。
「あまり食が進まないようですね……。なにか果物などをお持ちいたします」
「いえ、わたしはもう十分なので……」
言い終わる前にラミレスさんはそう言って部屋を出て行った。私の話なんて聞く気が無いみたい。食欲なんてわかなかった。ここがどこかたずねても
「それはお答えできません」
何を訪ねてもほとんど
「それはお答えできません」
って名前以外教えてもらえなかった。三人ともどこか無機質で、敵意すら持たれているような気がする。落ち着かないよ。……ちょっと怖い。でも、ご飯を残すのは勿体ない。困った……。なんか昨夜と似たようなことになったな。でも少しずつでも食べないと。
扉が閉まると部屋には私とセリアさんとダイアナさんが残された。
「似合ってないわね。そのドレス」
青い瞳のセリアさんが私を指差す。今着てるドレスは割とシンプルなデザインの深い青い色のドレスだ。そこまで装飾も無くて着心地が良いものだった。
「…………」
私はいきなりの言葉に咄嗟に反応できなかった。むき出しの敵意。カレンの癇癪なんて可愛いものだったのかも。
「貴女にはそんな上等なドレスは相応しくないわ」
「そうね、魔法も一属性しか使えないみたいだし。随分とレベル低そう」
もう一人の水色の瞳のダイアナさんも馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
「どうしてこんな小娘が特別扱いなのよ」
蔑むような二人の瞳。
『わたしはみそっかすなの』
カーラ様の言葉を思い出す。ああ、そうかここは……
私が考えこんでいたら、パシャリと頭からコップの水がかけられた。
「え?」
「無視しないでくれる?」
二人はそう言いながら食べ物の残ってるお皿を投げつけ始めた。私にじゃなくて壁に。飛び散る食べ物、割れるお皿。
「な、何してるんですか?やめてくださいっ!!」
「嫌だ、地属性の山猿が怒鳴ったわ。怖ーい」
セリアが意地悪く言いながら私を羽交い絞めにする。山猿って何?私の事?
「私達は何もしてないわよ?これはお前が暴れたのよ。頭のおかしい山猿がね」
ダイアナが私の顎を掴んで瞳を合わせた。水色の瞳が光ったように見えて頭の中が何かでぎゅっと縛られたような感覚がした。気が付くと私の手はテーブルの上に残ってた皿を掴み持ち上げようとしていた。なにこれ?体が勝手に動く?駄目!食べ物を粗末にするなんて……!あ、声も出ない?本当になんなの?これ?
「何やってるの?ほら、さっさと暴れちゃいなさい。あの方もきっと愛想をつかすわね」
「そうよ。さっさと言う事を聞きなさいな」
ドアが開くのを確認したダイアナは皿を持った私の手を掴んで自分に皿の中身をぶちまけて
「きゃあああっ、エリー様やめてくださいませっ!」
まるで自分が被害者のような声を上げた。
「何事ですか」
ドアから入って来たのはミラレスさんと、ノアレーン様だった。あ、やっぱりここは黒の一族のお屋敷(?)だったんだ。セリアとダイアナはノアレーン様に駆け寄って言った。
「黒の若様っ、エリー様が急に暴れられてっ」
「こんなもの食べられないと仰ってお皿を投げつけてこられたんです」
二人ともさっきまでの意地悪くどす黒い声とは打って変わって甘えるような高い声でいかに私が酷いかをノアレーン様に訴えている。
「…………エリーが?」
私は湧きあがる二つの衝動と戦っていた。一つは残った皿を投げつけて、何なら椅子も投げつけたいという衝動。破壊衝動?でもそれよりももっと大きな衝動が勝った。パチンと何かが弾けるような音がする。
「あんた達っ!食べ物を粗末にするんじゃないわよっ!育てた人、作ってくれた人に謝りなさいっ!!」
気が付くとそんな風に二人に怒鳴りつけていた。あ、声出たわ。
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