22 黒の一族
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もうね、気にしないことにしたんだ。うん。フィル様の行動にはきっと深い意味は無いんだ。きっと親愛の情とかをストレートに表現する方なのよ!気にしちゃ駄目!だってカーラ様のことは断ったけど、きっと他の方と婚約話があるんだろうし……。本日二十個目の花光玉を作り終え、私は叫んだ。
「そうよ!きっとそういうものなんだわ!」
「何がだ?」
「え?シオン様?皆さんと街へ行かれたんじゃ?」
そう、今日はカーラ様の希望でリーフリルバーン家のお屋敷の近くにある街へお出かけなのだ。お付きの人達と一緒に。小高い丘の上に建っているリーフリルバーン家。少し離れた川の近くに緑の一族の領地の中で一番大きな街がある。王都ほどじゃないけど賑やかなんだって。
私?私も誘われたけど、行かないよ。仕事があるもの。それにどんな顔していいのかわからない。今度は皆さんが見てる前でだったから。もう、どうしていいのかわからないよ。恥ずかしすぎて腹が立ってきちゃった。
シオン様はお菓子をのせたお皿と本を持参して私の部屋へやって来ていた。
「あまり興味も無いし、一緒に行っても邪魔なだけだろう。カーラにとってはな。彼女は焦りすぎだと思うんだが。何を言っても聞かないからな」
シオン様はため息をついた。
「シオン様はカーラ様と仲がいいんですね」
「王都の貴族学校で同じクラス、隣の席なんだ。魔法の授業でチームを組んだこともあるな」
「そうなんですか」
貴族の学校かぁ、どんな所なんだろう?想像もつかない。二十一個め。
シオン様はしばらく私の作業を見ていたけれど、やがてぽつりと話し始めた。
「なあエリー。やっぱりウィステリアワイズへ来ないか?」
「え?」
「湖でエリーを見て、改めて欲しいと思ったんだ」
言い回しに一瞬ドキっとしたけど、私の能力のことだってすぐに分かった。シオン様紛らわしい……。
「でも、私はフィルフィリート様に雇われていますから……」
それに家族はあんなだけど、やっぱりこの土地を離れるのは抵抗がある。
「花光玉を作るならウィステリアワイズでもできるだろう?」
「……王都は遊びに行くのなら楽しいのかもしれません。でも、住むとなるとちょっと息苦しいです。私は田舎者なんですね、きっと」
二十二個め。王都は何だか押しつぶされそうな気がするんだ。
「エリーはフィルのことが好きなのか?」
「……ええっ?!何を仰っているんですか?私はただの農家の娘ですよ?」
厳密に言うと今は農家の娘じゃないかもだけどね。うちの親は何してるんだろう?でもいつかこの仕事が終わったら、家に帰って畑をやり直したいなって思ってる。私は、そう、なんとなくだけど、ここへ来るまではそのうちノアにお嫁にもらってもらって一緒に花や野菜を作って暮らしてくんじゃないかなって思ってたんだ。あ、もちろんノアが良ければだけどね。二十三個め。
「答えになってないな。まあ、いい。じゃあ、ノア君のことが?」
「ノアは、ノアは家族みたいなものなんです」
「幼馴染で家族、か。しかし彼は……。フィルよりも厄介だな」
「そうですよシオン様。エリーは僕の家族ですよ。僕のものなんです。余計なちょっかいを出さないでもらえますか?」
「ノア!帰って来たの?」
「ただいま、エリー。僕がいない間寂しかった?」
前髪をかき上げたノアが開けてあった仕事部屋の入り口に立っていた。二十四個め。
「もう!ノアったら、急に姿が見えなくなって、心配したのよ?一言ぐらい言っていってよね!」
私は立ち上がってノアに詰め寄った。
「ごめん、ごめん!ちょっと急用だったんだ」
「ノアだって雇われ人だから、用事を言いつかることもあるのは分かってるけど……」
「ごめん。でもそんなに心配してくれるんだね。嬉しいよ」
「ノアはほっとくとご飯も食べないから……」
「大丈夫だよ。最近はちゃんと食べてるよ。……ねえ、これは?」
ノアの視線は私の作業台の上の箱の中に向いた。
「これはエリーが天うつしの湖で作ったものだ。なんとさざれ石無しで、直接大地の力を取り出したんだ!どうだ、美しいだろう?」
シオン様が私の代わりに説明してくれた。何故かフィル様はこの青い花光玉と前に作った虹色の花光玉は王都へ送らずに私に返してくれたのだった。
「これをエリーが……」
ノアは一つを手に取るとじっと見つめた。黒い瞳がうっすらと灰色に光ったように見える。
「前よりすごい……。やっぱり君は……」
ノアは嬉しそうな、でも悲しそうな何とも言えない顔で私を見た。
「ノア?」
「まあ、ノアレーン様!どうして貴方までここにいらっしゃるのですか?」
突然知らない声がかかった。ノアの肩がビクッと震えた。ノアレーン?様?ノアは声の方へ振り返らない。
「どなたかとお間違えでは?」
「まあ、何を仰っておいでなの?つい最近お話させていただいたばかりではありませんか!ご当主様、お父君とご一緒にスミスヴェストルのお屋敷で!」
部屋の入り口には綺麗な女の人が立っていた。栗色の髪に緑の目の可愛らしい感じの貴婦人。どことなく懐かしい。今日はエドさんはご当主様と一緒に王都へ行っている。来客の予定は無いって言っていた気がするから、多分急なお客様なんだろうな……。私は意識の上の方でぼんやりそんなことを思った。それで慣れない執事代行の人がひとまず応接室に案内しようとしてこの部屋の前を通ったのよね、きっと。ドアが開いてたし、声がするから当然こっちを見るわけで……。うん自然だよね。だけど。
ノアレーン様、ご当主、父君、そしてスミスヴェストル……黒の一族の筆頭の家の名前。覚えてた……!
「……どうしてここに……グレイスフェザー夫人……」
ノアはゆっくりと振り返る。
「ノアレーン様こそ。今王都の警備でお忙しいはずでは?」
「王都の警備?」
私のつぶやきに優しそうな貴婦人、グレイスフェザー夫人?が教えてくれた。多分カーラ様のお母様ね。
「式典を妨害しようとしてる悪者がいるのよ!酷いでしょ?だから金の一族と黒の一族が王都の警備を厳重にしていてね。ノアレーン様は黒の一族の中では際立って魔力が強いから」
「ノアは、ノアは黒の一族……?貴族なの?」
ノアは私に背を向けたまま答えない。
「ノア君、いや、ノアレーン・スミスヴェストル様、こうなってしまってはきちんと説明すべきじゃないかな」
シオン様の言葉には責めるような色がある。
「…………ごめん。エリー」
ノアの声は聞き取るのがやっとだった。
ああ、知らなかったのは私だけだったんだね。
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