17 カレン
来ていただいてありがとうございます!
「エリーさん、今大丈夫ですか?」
エドさんが作業中の私のところへやって来た。いつも通りに部屋の中で花光玉を作ってる。この前みたいに外で花光玉を作ろうとしていたんだけど、同じ花壇では作ることが出来なかった。シオン様の推測では一度花の力を借りると、もう借りれないか、次に借りられるようになるまで時間がかかるのではないかってことだった。これも今後、検証と実験をすることになった。だからとりあえず今まで通りの作り方で花光玉を作ることになったんだ。
「はい。大丈夫です。ちょうど今一休みしようかなって思ってたので」
「良かった。お客様がお見えなんですが……」
「お客様ですか?」
カーラ様かな?カーラ様はシオン様のお友達で、グレイスフェザー家の、黒の一族のご令嬢だ。リーフリルバーン家に遊びに来ることになってる。でも、そうならエドさんがちょっと困ってるように見えるのはどうしてなんだろ?私はとにかく応接室へ急いだ。
「あ!神官様?お久しぶりです。え?カレン?どうしてここに?」
応接室に入ると私の家の一番近くにある神殿の神官様がカレンと一緒に座っていた。神官様は銀の一族の方でお山の神官様、とかアルジェ様とか呼ばれてみんなに慕われてる優しい方だ。私達農家の子ども達に勉強を教えたり、孤児を神殿で面倒みてくれている。
「カレンさんがお姉さんを心配していたので、一緒に連れてきたんですよ。私もちょうど王都へ行かないといけなかったのでついでに」
神官様はにこにこと銀の長い髪を揺らしてる。雪のクリアル山を思わせる真っ白な丈の長い服に銀糸の刺繍。神秘的な雰囲気の美しい男の人なんだけど、最初に会った時は女の人だと思った。そのくらい綺麗な人。
一通り挨拶を済ませると、お茶とお菓子がたくさん運ばれてきた。あ、これはシオン様用だ。私が少し笑ってると、焦れたようにカレンが話し始めた。
「私もここで働きたいの!」
「カレンっ、ちゃんと敬語を使いなさい。皆さん身分の高い方々なのよ」
私は小声で隣に座るカレンを窘めた。
「うちではエリー以外を雇う予定は無い。君には自宅で今まで通り依頼品の花光玉を作ってもらいたいのだが」
フィル様はカレンの無作法を気にしてないみたい。
「……っ。本当は私がここへ来るはずだった、んです。だからエリーの代わりに私をここに置いて、ください」
カレンはたどたどしく丁寧な言葉を使う。ああ、ハラハラする……。
「何故能力の劣るものを使わねばならない?」
シオン様はソファに頬杖をついて呆れたように呟いた。
「そんなことな、ありません!エリーより私の方が力が強いんです!うちでは私の花光玉の方が売れてたし、私の方が美人だわ!エリーよりずっといいでしょう?みんなそう言って、ます」
カレンはフィル様に食い下がった。
「性格も傲慢ときてる。使い物にならないな」
シオン様はため息。
「代わりか……。エド」
フィル様がエドさんに目配せをするとエドさんは部屋から出て行った。再び戻って来たエドさんは花光玉を二つ箱に入れて持ってる。私が作ったのとカレンから送られてきたもの。
「これがエリーの作った花光玉?そんな……」
二つを見比べて唖然とするカレン。
「カレンだってこのくらいは作れてたでしょう?最近調子悪いの?」
「……いつも通りにやってるわ!でも、最近はあんまりちゃんとできなくて。そうよ、今ちょっと調子が悪いだけなんです!」
カレンは唇をかみしめて俯いた。
「残念だがもう少し質の良いものを作れるようでなければ話にならないな。これではすぐに効果が無くなってしまうぞ」
「効果が無くなるんですか?フィル様」
「ああ、力の弱い花光玉はしばらく経つと黒く変色して、効果が無くなってしまうんだ。エリーの花光玉はもう二、三ヶ月程もっているが、他の者が作ったものは一月ももたない」
「そうだったんですね」
花光玉に効果の期限があるんだ。フィル様はその研究もしてたんだ。あ、他の実験ってこれの事かな?
「わ、私のも、ですか?」
カレンが恐る恐るたずねる。
「エリーのもの以外は同じくらいの期限だ」
「そ、そんな……何かの間違いです!私の方がエリーより凄いのに!……そうだわ!ここの花とさざれ石が特別なんじゃないですか?高級なものを使ってるのね!エリーはズルイわ!」
カレンが私を睨みつける。私の事を自分より格下だと思ってるカレンには受け入れられないのかもしれない。私もカレンの花光玉の質が落ちてしまったことが信じられない。
「ならば、君に同じ条件で作ってもらおう」
フィル様はそう言ったので、エドさんが材料を持って来た。
「これがエリーさんが使用しているものです」
「さざれ石はお山で掘り出されて神殿で私が祈祷したものですよ。全部同じです」
エドさんの説明にそれまで成り行きを見守っていた神官様が付け加えた。
結果は変わらなかった。二つ続けて作ったけど、以前のような綺麗な花光玉は作れなかった。それどころか以前よりも少し濁ったようなくすんだ花光玉ができてしまっていた。
「一体どうしたの?カレン。あなたはもっとできる子なのに」
「……エリーが花を育ててたからだよ」
今まで一言も話さなかったノアが呟いた。
「ノア?」
「そうですねぇ。エリーさんが育てた植物は元気いっぱいでしたからねぇ。おすそ分けでいただく野菜は美味しかったので、お家の畑はやめてしまわれたのは残念ですねぇ」
神官様がのんびりと続けた。
「え?畑をやめた?どういうことなの?カレン!」
「え、いいじゃない。エリーがお金送ってくれるし、材料を仕入れて花光玉を売ればいいんだから。父さんも母さんもそう言ってるわ。それに私、畑仕事なんてやりたくないもの」
「そんな……私だって永久にお金を送れるわけじゃ無いのよ?」
フィル様にずっと働いてもらいたいって言ってもらえたけど、それでもこの先どうなるのかは分からないのに……。
「っ、パーソンさん達は?」
「大丈夫ですよ。彼らには神殿で働いてもらっていますから」
にっこり笑う神官様の言葉に私はホッとした。良かった。ちゃんと次の働き口があって。
「それで?エリーが花を育てていたからとは?」
フィル様がノアにたずねた。けど、答えたのは嬉しそうに冷たい香茶を飲んでいた神官様だった。
「あの土地は元々痩せているのですよ。耕作地には向かないのです。でも、エリーさんが心を込めて農作物を育てていたから収穫量が上がったのです。エリーさんはご自身の魔力を土に込めていたんですよ」
「そう、花自体に力が宿っていただけだ。それにカレンの魔力が上乗せされていた」
「エリーさんは花育てること、土地に力を与えることに力を取られていた形になりますねぇ」
「なるほど、リーフリルバーン家の土地は豊かだから、エリーが魔力を花光玉に全振りできるのだな」
シオン様がお菓子を食べながらうんうんと頷いてる。そうなんだ……。全然知らなかった……。って危うく納得しかけるけど、それ本当なの?信じられない……。
「今年からあの土地全体の収穫量は減るでしょうねぇ。残念です」
「元々、エリーの魔力でもってたようなものだったし。エリーの魔力の方がカレンよりずっとずっと上だったよ」
「それは一目瞭然だな」
ノアの指摘にシオン様がまた頷く。
「……そんな……」
カレンは青い顔をしてまた俯いてしまった。
ショックを受けて疲れたような顔をしてるカレン。見れば汗でお化粧が流れてしまっていた。
「休んだ方がいいわ。申し訳ありませんが、少し失礼します」
そう言ってカレンを私の部屋へ連れて行って、お化粧を落とした。あ、お化粧をしてない方が綺麗だわ、カレンは。よく見たら、見たことない服を着てる。ゴテゴテしすぎててカレンには似合ってない。カレンは華やかな美人だから、シンプルなデザインの方が映えると思うんだけどな。
「これ、エリーの?」
並べてある化粧品を見て顔をしかめるカレン。
「うん。メイドさんがくれたの。ほとんど使ってないけど。お化粧って苦手で……。好きに使っていいよ。でもカレンはお化粧なんてしなくても十分綺麗なんだから無理にしなくても……」
「やっぱりズルイ!私と交代してよ!もしかして王都へも行ったの?!」
カレンはいきなり怒鳴りだした。
「うん。でもそれは仕事で」
「ズルイ!ズルイ!ズルイ!なんでエリーだけいい目に合ってるの?!」
「そんなこと言われても……。本当に仕事で行っただけで、遊びに行った訳じゃないし。大体カレンが嫌がったから……」
「そうよ!本当は私がここへ来るはずだったのに!お妾さんじゃないなんて!そんなの聞いてない!!」
そう言ってドレッサーから化粧品を落として泣き始めた。
癇癪を起してる……。どうしよう。こうなるともう手がつけられないわ。昔から自分の望みが通るまで泣き続けてたカレン。父さんも母さんも結局カレンの言う通りにしてしまってきた。でも、ここは家じゃないし、甘やかしてくれる両親はいない。そしてカレンは基本私の言うことは全く聞き入れない。悲しいけどカレンはずっと私を見下してきたから。八方ふさがりだった。
騒ぎを聞きつけてフィル様が開けてあったドアから部屋へ入って来た。
「いい加減にしろ!これを見るんだ」
フィル様には珍しく大きな声でカレンを叱りつけた。そして私が前日に作った虹色の花光玉を見せた。カレンの視線が吸い寄せられるように花光玉に向かう。え?カレンの癇癪がおさまった?
「わ、きれい……なにこれ。花光玉なんですか?」
「これはエリーが作ったものだ」
「え?!」
「エリーは毎日毎日必死に花光玉を作り続けてた。病気の人を助けるために。これがその成果だ。君にこれが作れるか?君にエリーの代わりが務まるとでも?君を雇うことは出来ない。交代なんてもってのほかだ」
「…………」
「このまま騒ぎ続けるつもりなら、君の家への依頼をやめさせてもらうことにする」
「…………」
冷静になってまずいことをしてると自覚してくれたのか、カレンは大人しくなった。私に対してはごねたけど何とか家へ帰ることを了承してくれた。私の貯金から馬車代を出して家へ送り返した。フィル様は屋敷の馬車でって言ってくれたけど、お断りさせてもらった。これ以上迷惑を掛けたくなかったから。
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