13 特別な力
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「もう、突然なんですもの、シオン様ったら!急いで来いってどうなさったの、一体?」
ウィステリアワイズ家の応接室で私達を待っていた人は開口一番そう言った。
フィル様と私は昨晩、このお屋敷に泊めてもらうことになった。リーフリルバーン家も王都に小さな滞在用の屋敷を持っている。フィル様はそこに戻るつもりだったのだけど友人のシオン様に是非にと言われてた。何故か私も……。夕食後もお二人で夜遅くまでお話してたって使用人の方から聞いた。ウィステリアワイズ家の使用人の方々は全く動揺して無いみたい。突然家に誰か泊まることになったら、うちだったら大騒ぎだよ!貴族のお家ってすごいんだね。
「今日の午後、会ってもらいたい人がいる。昨日言っていた地属性魔法の使い手だ」
翌朝、朝食の席でシオン様に言われた。つまり午後まではこのお屋敷にいるってことだよね。正直もうリーフリルバーン家のお屋敷に帰りたかった。このお屋敷が嫌って訳じゃないんだけど、とにかく落ち着かないんだ。だって眠るとき以外いつも誰かがついて来るんだもん。
ウィステリアワイズ家のお仕着せは深い紫紺の簡素なデザインのドレスに白いエプロン。髪と胸元には紫色の宝石の付いた飾りを付けてる。そんな姿のメイドさん達がいつも最低二人は部屋にいて世話を焼いてくれる。着替えとか髪を梳かしてくれたりとかお茶入れてくれたりとか……。助かるんだけど慣れてなくて疲れてしまう。リーフリルバーン家の人達と違っておしゃべりしてくれないし。
「昨夜も花光玉を作ってたのか?エリー」
「はい、フィル様。一応材料は持って来ていたので、できる分は」
使用人さん達監視(?)の中でだったからちょっと緊張したけど、持って来た材料は全て使い切ってしまった。王都のリーフリルバーン家のお屋敷にはまだ材料があるから、できれば帰らせてくれないかなーなんて思ったんだけど。
「材料なら午前中には届く。遠慮せずに使ってくれ」
「え?」
「さすが仕事がお早いですね」
「当然だ」
フィル様とシオン様は随分仲良くなったみたい。……でもやっぱり私もまだここにいないとダメなんだね……。
私は材料が置いてあるという部屋へ行ってそこで昼食まで作業を続けた。集中したいのでと言ってメイドさん達には部屋から出てもらった。これで落ち着いて作業できるって安心してたんだけど、ドアの外に気配がする。廊下に二人メイドさんが立ってたのでこっそりため息をついた。こっちの方が気になっちゃうよ……。結局部屋の中に入ってもらった。私、貴族のご令嬢じゃないのに。ただの雇われ人なのに。申し訳ない気持ちになった。
そうしてシオン様の言葉通り、午後にお客様が到着された。ウィステリアワイズ家の応接室に案内されて紹介されたのは、上品なドレスに身を包んだとても美しい女の子だった。いかにも貴族のご令嬢様って感じ。灰色の髪、薄緑色の瞳。真っ白な肌。同い年くらいかな?もしかしたら年下かも?黒の一族グレイスフェザー家のご令嬢様なんだって。……あれ?この方とはどこかで会ったような気がする?でもそんなはずないよね?だってリーフリルバーン家に来るまでは貴族の人なんて見たことも無かったし……。それにしても可愛い女の子だなぁ。お名前はカーラ様って言うんだって。
「あら?エリーさん?あなたって……似てるわね」
「ああ、君も思った?」
カーラ様とシオン様が頷きあってる。なんだろ?
「私のお母様と似てるわ。髪色や瞳の色、それにどことなく雰囲気が」
綺麗な女の子にじっと見つめられてドキドキしちゃった。
「そ、そうなんですか?」
「カーラも彼女の母上も地属性魔法が得意なんだ。カーラにも花光玉を作れるかもしれない。エリーの魔法を見せてあげて欲しいんだ」
シオン様にそう言われたので、私はひとつ作って見せた。
「わあ、綺麗ねぇ。私もやってみたいわ」
カーラさんに道具を貸すと、楽しそうに魔力を込め始めた。銀のボウルの中身が光を放つ。けど。
「え?」
「あれ?」
「できないわ……」
形を成さない。さざれ石も花びら達もそのままの状態で残っていた。シオン様とフィル様は不思議顔。カーラ様はとても残念そうだった。何故か私が申し訳ない気持ちになってしまった。
「どうしてかしら……?」
「カーラの魔力は十分だと思う。何か要素が足りないのかもしれないな」
シオン様は考え込んでる。ちょうどそこへ来客が告げられた。
「おかしいな、今日はカーラ以外を呼んではいないんだが……。ちょっと失礼する」
シオン様は少しだけ困ったような顔の執事さんと一緒に応接室を出て行った。珍しいって思った。このお屋敷の使用人さん達は殆ど表情を崩さない。お面を被ってるみたいに。メイドさんが一度だけ驚いだ顔を見せたのは私がお部屋で初めて花光玉を作った時。それ以外はいつも冷静な感じで、無駄な会話は無かった。居づらかったのはそのせいもあるんだよね。
しばらくして、今度はフィル様が呼ばれて応接室を出て行った。なんでフィル様まで?不思議に思ってるとカーラ様が私に話しかけてきた。
「ねえねえ!貴女ってフィルフィリート様の恋人なの?」
「……っ?!」
危うく飲みかけのお茶をふいちゃうとこだったよ。いきなり何を言い出すの?この方。
「ち、違いますっ!私はただの雇われ人です!フィル様はご病気のご当主様の為に私を雇ってくださっただけですっ」
「ふーん、フィル様、ねえ」
カーラ様はそう言って楽しそうに笑ってる。表情がくるくる変わる可愛い女の子だなぁ。目がキラキラしたり、いたずらっぽい表情をしたり、「何だか懐かしいわ」え?今の何?誰の気持ち?不思議な感覚……。夢でも見てるみたい。あ、夢……。
「やあ、エリー久しぶりだね」
ノックと共にドアが開かれて、入って来たのはなんとノアだった!私の頭の中からはさっき思い出しかけたことが吹っ飛んでしまった。久しぶりだっけ?二日ぐらいじゃない?会わなかったのって。
「ノア?どうしてノアがここに?お客様ってノアのことなの?」
「うん。エリーが帰ってこないから、ここまで来ちゃった」
その後から、何だか疲れたような顔のフィル様とシオン様が入ってこられた。
「リーフリルバーン家の庭師のノアと申します。初めまして」
カーラ様に向かって自己紹介をするノア。
「…………よろしくね」
カーラ様の顔はちょっとひきつってる?
「…………」
シオン様は半眼で口を引き結んでる。
「…………まあ、そういう事なので」
フィル様は頭が痛そう?
「?」
何とも言えない空気感の中、ノアだけが私の隣に座ってニコニコしてた。貴族の人って雇い人に寛容な人が多いのかな?
「まあ、単純に魔力量が足りないのとクラレル山の神様のご加護が足りないのと魔力の系統が少しずれてるせいなんですけどね」
カーラ様が花光玉を作れなかったことを聞いたノアがそう説明し始めた。
「…………」
カーラ様は無言だ。なんだかちょっと悔しそうに見える。
「確かに単純な地属性魔法ではないとは思っていたが、思ったよりも奇跡的な力の産物だったようだな」
再び考え込むシオン様。
「どおりで中々人材が見つからない訳だ……。だったらはじめに教えてくれても良かったのでは?」
フィル様が咎めるようにノアに言った。
「いえ、お分かりになっていらっしゃると思ったので」
その言葉にフィル様だけじゃなくてシオン様もムッとしたようだった。ノアってば、貴族の方々にそんな意地悪そうな顔で……。大丈夫かなぁ。ハラハラする。
「ノ、ノア、山の神様のご加護って?それにどうしてそんなに魔法に詳しいの?」
「たくさん勉強したから」
「そっかぁ。すごいんだね、ノアって」
「うん。ありがとうエリー」
「……とにかく人材をもう一度探し直すことにします」
とフィル様。
「そうだな、私も他に作る方法がないか文献を当たってみよう」
そう言ったシオン様に向かって
「私も母様に何かご存じないか聞いてみますわ」
カーラ様も答えた。
物産市のこともあるし、また話し合うことをシオン様と約束してフィル様とノアと私はウィステリアワイズ家のお屋敷を辞したのだった。
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