プロローグ 黒闇の記憶
来ていただいてありがとうございます!
よろしくお願いします。
目を覚ますと私は拘束されていた。
薄暗い部屋。四隅に魔法の明かりが灯されてる。
「動けない、なにこれ?」
「ああ、目を覚ましましたか?お師匠様!」
声の方へ視線を向ければ、数か月前に無理やり弟子入りしてきた少年が大きな本を持って立っている。灰色の髪に灰色の瞳のあどけない印象の男の子だ。
「クルト?貴方一体何を?それにここは何処なの?」
「ここは王城の一室です。これからちょっとした実験をしようと思って午後のお茶に一服盛らせてもらいました!」
あっけらかんとかなり酷いことを口にするクルト。
「じ、実験って私を実験台にするつもりなの?!」
何かの台の上に寝かされ太いベルトのようなもので固定されていて全然動けない。胸の上に拳大の光る赤い石が置いてある。私はどうにか顔を弟子の方へ向けた。
「あ、大丈夫ですよ。僕の計算ではお師匠様が死ぬことはないですから。安心してください!」
全く悪意のない表情で笑っているクルトに恐怖を感じる。それって死ぬ確率があるってことよね?
「一体何の実験をするつもりなの?」
私は質問を変えた。
「呪いを移す実験です。ほら、うちの国のお姫様が悪魔に呪われて眠り続けてるでしょう?その呪いをお師匠様に移してお姫様をお助けするんですよ」
クルトは人差し指を立てて得意げに説明する。
「は?何それ?どうして私を?」
身代わりにするの?意味不明だった。クルトが指さす方に顔を向けると少し離れた隣の寝台に美しい女の子が上等な寝巻を着せられて眠っていた。遠くからお見掛けしたことがある。王女様だ。顔色が真っ白で生気が無いみたい。胸の上には黒い石がのってる。
「私が依頼したんだ」
クルトの後ろの暗がりから進み出てきたのはくすんだ金色の髪、同じ色の瞳、背が高い騎士の姿をした男性。かつて私の婚約者だった青年、レオナルド。レオナルドは私との婚約を解消して今呪いで眠り続けてるお姫様を選んだ。
「姫君はこの国を守る為に封印されていた悪魔と契約し、敵を退けた。その結果悪魔に憑りつかれて眠りについてしまわれた。もう時間が無い。私はどうしても姫君をお救いしたいんだ。君は出来ないと言ったが、クルトは可能だと言ってくれた」
レオナルドは私の顔を直視しない。当たり前だよね、かつての婚約者を自分の為に命の危険にさらしてるんだもの。人ってこんなに酷い事が出来るのね。
「クルトがそう言ったからってなんで私が身代わりにされなくちゃならないの?」
私はレオナルドを睨みつけた。
「他の人だとちょっと命の危険がありそうなんです。でもお師匠様なら大丈夫ですから!呪いなんて跳ね返せます!」
駄目だこの子。クルトは天才だけど自信過剰なところがあるのよ。説得は無理だ。私はレオナルドの方に必死で話しかけた。
「クルトは確かに才能のある子だけどまだほんの十歳なのよ?そんな子の言うことを真に受けないで!とにかく拘束を解いて!」
「…………すまない」
レオナルドは全く私を見ない。その視線は王女様をずっと見つめてる。謝る時くらいは私を見たら?婚約解消の時もそうだったわね。
「すみません。お師匠様。もう術は発動してしまっています。でも大丈夫ですから」
「なんですって?!」
そういえば少しづつ体が重くなっていってる気がする。隣に寝かされた綺麗な女の子。この国の姫君の体からあの黒い石を通って何か黒いものが私の上の赤い石を通して移って来る。
「姫君はこの国に必要な方なんだ」
私は要らない人間ってこと?こんなの酷い。言いたいけれどもう声が出ない。何で?何で?婚約を勝手に解消されて、お姫様を選ばれて、押しかけだったけど、それなりに仲良くなった年下の弟子に実験台にされるの?私の婚約者を奪ったお姫様の身代わりに呪いをかけられるの?こんなの嫌だ!こんな人生なんて嫌だ!まだ二十歳にもなってないのに……。ああ、もう目も見えなくなってきた。体に流れ込んでくる黒くて暗くて冷たい何か。クルトは大丈夫だって言ったけど、分かる。これ絶対にダメなやつだ……。
「え?あれ?」
クルトの戸惑ったような声が聞こえる。あれ?じゃないわ……絶望で涙が零れた。寒い。足先から冷たくなっていく。怖い。消えていく感覚。
「どうした?失敗したのか?」
焦ったようなレオナルドの声。心配は王女様の事ね。
「いえ、呪いは移りました。お姫様、顔色良いでしょう?でも……、おかしいなお師匠様が……」
「大丈夫なんじゃなかったのか?」
「お師匠様っ?!っそんな!しっかりして下さいっ!気を強く持って!貴女なら大丈夫なはずですっ!」
涙声で駆け寄って来るクルト。肩を掴まれたみたい。
無理だって何度も説明したのに……。お姫様は多分……。そこまで思って私の意識は闇に沈んだ。永遠に。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「変な夢……」
あー私、死んじゃったよ……。そう思いながらむくりと起き上がった。もう夜が明けてる。早く畑に行かなくちゃ。花の中には朝にしか咲かないものも多い。花が元気に咲いている時に摘まないと効果がうすくなってしまうから。作業用の服に着替えてドレッサーの前に座る。鏡には肩までの真っ直ぐな茶色の髪、若草色の瞳の平凡な顔立ちの私が映ってる。そういえば夢の中の私は黒髪で灰色の目をしてた気がする……。あれ?どうして分かるんだろう?ま、いいか、ただの夢だし。髪を梳かして一つに束ねて立ち上がる。
「さぁっ!今日も頑張るぞー!待っててね私のお花ちゃん達!」
私はパァンと頬を叩いて気合を入れた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
元婚約者ヴィンセント→レオナルドに変更しました。申し訳ありません。よろしくお願いします。