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Tailor-made destiny  作者: ボラ塚鬼丸
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01.タイムマシンにお願い

『みそギ!』という作品のスピンオフです。

どちらを先に読んでも楽しめるよう書いておりますが、一部ネタバレを含みますので、本作を先に読む場合は予めご了承ください。

 西荻窪の駅を降りて線路沿いを進み、大型スーパーを右手に眺めながら路地を進むと、商店街の外れに出る。


 一枚の地図を手にした青年が、確証を得られず自信のない顔で、『KeyWest』と書かれた看板が取りつけられている古びた建物の前に佇んでいた。


「……ホントにココでイイのかな?」


 自信なさげにボソリと呟き、間口の狭い入口の扉に手を掛け、中に入ろうかと躊躇っていると背後に人の気配を感じる。


「あんさぁ……あーしソコ入りたいんだけど邪魔! どいてもらってもイイ? っつーか、今日の出演なら入り時間あと二時間後ぐらいだからね?」


 青年が振り返ると、ギターケースを背負ったド派手な出で立ちの女の子が立っていた。


 ベースになっている髪色は、収穫期を迎えた稲穂のような黄金色で、ところどころにショッキングピンクやエメラルドグリーンのハイライトが施され、水着かと見紛うほど短くカットオフされたデニムパンツから伸びた細い足に、青年は目を奪われていた。


「あ、いや……あの、出演じゃなくて、別の『仕事』で呼ばれたんです……けど」


 視線は少女の生足に釘付けにされたまま、青年は上の空で返事を返す。


「へぇ~……んじゃアンタが今回の新人? っつーか『仕事』とか簡単に口にすんなし! あーしじゃなかったらどうすんだっての!!」


 その言動に対して女の子は頭ごなしに説教をしつつ、飛び上がって青年の脳天にチョップを喰らわせると、先の尖ったサングラスが着地の衝撃でズレて、ケバケバしい目元を覗かせながら、青年の顔を値踏みするように凝視していた。


「こんな可愛い顔したナヨナヨしてるヤツがねぇ……ま、イイや。もう一人も来てると思うから、とりあえず下で話そっか?」


 青年は「はい」と短く返事をして、肩から背負っている楽器のケースをぶつけないよう間口の低い扉を慎重に開くと、ぽっかりと口を開いた地下へと続く薄暗い階段を、一歩ずつ降り始めた。


 足元も見えないほどの闇に加えて急こう配の階段なので、両手で触れた壁を伝うように降りてゆき、手探りで最下層の扉を確認した。


 重々しい扉を引き開けると共に、酒とタバコのニオイが漂い、暗い階段から光に目が慣れると、無観客のライブハウスに全裸の男が佇んでいた。


「いやん! ちょ、ちょっと何勝手に入って来てんの! ノックぐらいしてってばよ!!」


 男は慌てて自らのセンターマイクを隠し、一段高くなったステージに丸めて置かれた衣服を小走りで取りに行く。


「そら集合時間なんだから入ってくるの当たり前でしょ? ……っつーか、なんで素っ裸なん?」


「いや、フロアに誰も居なかったら……脱ぐでしょ? 普通!」


 デリケートゾーンを隠しながら、器用に着衣を増やしてゆく男が逆ギレで女の子に答えた。


「んん……失礼! それで? 君が今日の仕事のメンバーかな?」


 男は咳払いをして、何事も無かったかのように振る舞い、取って付けたような威厳をもって青年に話し掛ける。


「あ、ハイ! 姉に紹介されて来ました。水野……」


「いや、イイから! 本名とか名乗らなくてイイから!! ……って、内容聞いてない? コレ極秘任務だから、あんまりお互いの素性バラさないで欲しいんだよね?」


 素性どころか、直前まで全裸ですべてを曝け出していた人間の言うコトかと、青年は思った。


「で! 今回のミッションだけど、君達の名前はコードネームで呼ぶコトにするからね? まず、初仕事の君は……ブルー!!」


 色で呼び合う制度を取り入れようとしているこの男は、昨晩『レザボアドッグス』を観たばかりである。


「ブルー……ですか? ひょっとして俺の名前から取ってます? 俺、名前がアオっていうん……」


「だから! 素性は明かすなってばよ!!」


 ブルーと呼ばれる青年は、男が喰い気味で大声を出すと首をすぼめた。


「っつーか、本題入ってもらってもイイっすか? 胡桃沢(くるみざわ)さん」


「だから本名やめろってば! 今回の俺の名前は……胡桃沢だから……胡桃、桃、そう! ピンクだ!! いや、ダメだ!! ピンクはプッシーみたいだ……パープルはどうだ?」


 胡桃沢は、スティーヴ・ブシェミ気取りで一人で盛り上がっている。


「色とかどうでも良くね? あーしアンザ。ぃよろしくぅ~♪ んで、アオくんっつったっけ? さっき姉から紹介されたって言ってたけど……もしかしてお姉さんてribbon(リボン)AID(エイド)って企画やってる人?」


「え? あ、ハイ! 姉のコトご存じなんですか?」


 アンザは、アオが人気のイベントであるribbon AIDの企画者の弟であるコトを知ると、目を輝かせながら興奮気味に距離を詰める。


「やっぱり!! 顔がソックリだと思ったら、おキクさんの弟かー! じゃあキミが企画の生みの親ってコトね? 今度さ、お姉さんにあーしのバンド紹介しといてくんない? あのイベントずっと出たかったんだよね♪」


「そうだったんですか! 正直、姉がやってるイベントって行ったコト無いんですけど……ボクがいま生きてるのって姉のお陰なんですよ。あとで姉に伝えておきますね?」


 ribbon AIDは勢いのある若手のバンドを集めた全国展開の企画で、その収益を社会貢献事業に寄付するだけでなく、出演者・来場者問わず骨髄バンクにドナー登録してもらうというイベントである。


 企画の主旨は、骨髄性白血病を患った弟を助けたいというイベンターの想いから始まったので、アンザの言っている『生みの親』という表現はあながち間違っていないのである。


「ちょっと……勝手に営業やめてくれない? 今回のリーダー俺だから!! んじゃ今回の仕事内容話すよ!」


 一人蚊帳の外にされていた胡桃沢が、本題に入ろうと一同の視線を集める。


「えー、今回の仕事ですが、例によって西暦は明かせませんが、ざっくり1960年代後半の……アメリカはカリフォルニアでーす!」


「ウッソ! マジ? あーし海外初めてなんだけど!!」


 含みを持たせた胡桃沢の発表も、浮かれたアンザの反応も、アオには理解が出来ていない様子である。


「あれ? アオくんテンション低くね? タダで海外行けるんだよ?」


「あ、いや、スミマセン。実は姉から詳しい話を聞いてなくてですね。行った先で演奏すればイイって言われただけなんで……会場って、このライブハウスじゃないんですか?」


 困った表情でアンザに問い掛けるアオを見て、その倍ぐらい困った表情を見せる胡桃沢。


「マジか……コレ、もう細かい説明するより現地行っちゃった方が早いかもね?」


 胡桃沢は、そう言ってステージに飛び乗ると、舞台袖の暗幕を開いて機材置き場へ向かう。


 中には、しばらく使われていなさそうなキーボードやアンプ、割れたシンバルなどが乱雑に置かれており、胡桃沢はそんなモノお構いなく奥へと進んで機材をどかすと、突き当りの壁を力いっぱい押した。


 ゴゴゴという音とともに、1メートル四方の正方形で壁が向こう側へと倒れて通路が伸びる。胡桃沢は手招きしてアオを呼び寄せると、屈んでその入り口を潜り抜けた。


 お世辞にも綺麗とは言い難いライブハウスの奥に、何かの研究機関にも似た無機質な廊下が続いており、アオは不思議そうに周囲を見渡しながら無言で先を行く胡桃沢を追い掛ける。


「あ、そうそう。楽器って持って来てるよね?」


 大きなハンドルが付いた扉の前で、胡桃沢が立ち止まってアオに問い掛ける。


「え、ええ。言われた通りベース持って来ましたけど……」


 アオは確認のため、背負ったベースのソフトケースを下ろそうとするが、胡桃沢がそれを制した。


「イイ、イイ! そのまま持ってればイイから。んじゃあ、この部屋でちょっと待っててくれる? 俺、自分の機材持ってきちゃうから」


 銀行の金庫にでもあるような重々しいハンドルを回して扉を開くと、奇怪な生物でも培養していそうな物々しい大型のカプセルと、リクライニングチェアで仰向けになり、VRのヘッドセットを装着している白衣を纏った中年の男が一人。


「何なんすか? ココ」


「何って……タイムマシン的なアレだけど?」


 アオが周囲を見渡して呟くと、後から到着したアンザが『知っていて当然』という感じで説明をする。



「はい? 何か俺のコト、騙そうとしてたりします? そんなコトしたって誰も得しないと思うんですけど……」


 アオの端正な顔立ちが不安で歪み、目を泳がせながらオロオロとしている。


「俺らは騙してなんかいないんだけど……君のお姉さんは何の説明もしてくれなかったのか?」


 大き目の荷物を両肩から下げた胡桃沢が、部屋に戻るなり不安がっているアオに同情の目を向けた。


「はい……っていうか、タイムマシン的な何かってどういう……」


「ま、時間も無いから追い追い説明するわ……ハイ! 五十嵐さん!! 仕事の時間だよ?」


 胡桃沢が、リクライニングチェアで寝転がっている中年男性の肩を揺さぶって叩き起こす。


「うわぁ!! ビックリした! いまFA〇ZAのVR観てたのに……もうそんな時間か」


 五十嵐と呼ばれる中年男性は、ヘッドセットを外しながらゆっくりと立ち上がった。


「五十嵐所長、お疲れさんです! 早速なんすけど、今回のミッションに移りたいんですが?」


「あ、あぁ……胡桃沢くん。そうね。ハイハイ。設定完了してるから、いつでも転送可能だよ」


 VR空間から現実に引き戻された五十嵐は、面倒臭そうに大型のカプセルを指差す。


「では! アオ……じゃなかった、ブルーよ!! そのカプセルに入りたまえ」


「えっと……入るって、コレにですか?」


 恐る恐るカプセルのハッチを開けて、電話ボックスのような室内を見渡す。


「そう! この機械は、何を隠そう『次元転移装置』なのだよ。しかも時間だけじゃなく空間も転移出来るから、今回の指令である1960年代のキャリフォーニャに一発で飛べるっていうシロモノだ!!」


「いや、ゴメンなさい。ちょっと理解が追い付かないっていうか……何が行われようとしてるのかわかんないんですけど?」


 古びたライブハウスに呼び出されて、隠し通路の先にある研究室のような場所で次元転移のカプセルに入れと言われても、普通の青年には理解できるハズがない。


「まぁまぁ、騙されたと思って入ってみなさいってば!! ほら、アンザくんも手伝って!」


 胡桃沢は、アンザとともにグイグイとアオの身体をカプセルに押し込み、肩から下げた大きな袋から白い毛で覆われた何かをそっと足元に放り込んだ。


「オイオイ! ちょっと待ちたまえ胡桃沢くん! 他の生物との転送はご法度だぞ!!」


「アンザくん、急いで!!」


 五十嵐の静止を振り切り二人掛かりでアオを力一杯押し入れているが、アンザの様子が明らかにおかしい。


「あ……あぁん! ら、らめぇ!!!」


『ドルっ! ドルドルドルっ!!』


 アンザのデニムパンツの裾から、数珠のような物体が生まれ落ちた。


「キャー! 蛇!!」


 驚いた胡桃沢が、その数珠のような物体を蛇と見間違え、カプセル内に蹴り入れると同時に扉が閉まり、物々しい機械音が鳴り響いて転送が開始される。


 カプセルの正面に設置されている大きな丸い窓は、驚愕の表情で足元に目をやるアオを貼り付けるや否や、瞬時にその姿を消し去った。


「あ、あぁ……あーしのア〇ルパールデラックスが……」


 どうやらアンザは、アオを押し込もうと力んだ拍子に、プラグインされていた玩具が飛び出してしまったようである。


「え? アナ〇パールって……そんなモン常に突っ込んでんの? 怖っ!!」


「そんなモンって! アレ高かったんだからね!! もし壊れてたら弁償してよ?」


 アンザの性癖にドン引きしている胡桃沢を他所に、彼女は怒り心頭の様子である。


「いや、胡桃沢くん……そんなコトより、転送装置に何を入れたんだね? 事と次第によっては懲罰モンだぞ!! はぁ……コレ間違いなく始末書だぞ?」


「あー、いや、まぁ知的好奇心っていうか……上層部には、バレないように何とかしますんで♪」


 組織の規約違反で業務上の過失に繋がるのではと、焦る五十嵐の心配などお構いなしに、胡桃沢は平然と自分の準備に取り掛かっている。


「あーしの〇ナルパールちゃん、無事ならイイんだけど……ってか、さっき胡桃沢さんは何入れたんすか?」


「ん? それは現地行ってのお楽しみってコトで……ちなみに、80年代に流行った『ザ・フライ』って映画知ってる?」


 期待に胸を躍らせながら不敵な笑みを浮かべた胡桃沢の質問に、カプセル内へと移動したアンザは首を横に振った。


「んじゃ向こうで確認しよう! では、行ってきますね! 後はヨロシク~」


 胡桃沢はアンザを転送させると、項垂れる五十嵐を残して自分もカプセルに入って転送を開始した。

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