小話 『乙女の手編み』
なろう1000PV記念。主要人物誰も出てきません。
『隠れ里の乙女達の手編み』という触れ込みの、大変技巧を凝らした文様を持つ、毛糸で編まれた服が流行ったのは割と最近のことだ。
色こそ羊毛そのままの地味な色合いが多かったが、細々とした編み込みや、それでいてあまり重くもならないという実用としての釣り合いの取れた、暖かい羽織り物や中着は大変人気になった。
特に、数少ない真っ白な毛糸で編まれたものは、それはもう遠方の小国からも引き合いがくる始末。
最初にその品を持ち込んだ商人などは、すっかり左団扇で暮らすようになったものである。
ところが、この品がぱたりと出回らなくなった。
その頃には最初にそれを扱っていた商人は、もう商売を畳んで田舎に悠々と引っ越したあとであり、販路を引き継いだ商人があくせくと里から荷物を運んでいたのだが、ある日、品を買い付けにいったきり、帰ってこなかったというのだ。
そうなるともう大変だ。既存の品にはどんどん高値が付く。
田舎にすっこんでいた元商人のもとにも、なんとか新しい品を手に入れる伝手はないものか、と客が押し寄せる。
「いやいや、儂はもう商売は引退しました故な。
そもそも、彼の品は里の場所を明かさぬという約束で買い付けて参ったもの故、後を継いだもの以外に教えることはまかりなりませぬ」
頑固でも有名であった商人は、いつまでも首を縦に振らなかったのだが。
ある日、ひょっこりと行方が知れなかった後継の商人が戻ってきて、この元商人の元に駆けこんできたのだ。
「旦那さまあ、たいへんです、里が、あの里がどこにもございません!」
この後継の商人というのは、元商人が子供の頃から目をかけ育てていた子飼いの男であったのだが、元商人は流石ににわかには信じられぬ、と、数年ぶりに自らその地を訪ねることを決め、その日のうちにひっそりと旅立った。
だが、後継の男のいうことは本当で、覚えた通りの道を辿った先には、里のあった痕跡すら碌に残っていないではないか。
ないものは致し方ない。ふたりの商人は、事実どおり、里があとかたもなく消えてしまって、もう品物は新たには手に入らない、と公表してしまった。
一時混乱はしたものの、その頃、クタラなど、一部の街で大変な混乱があったこともあって、『隠れ里の乙女の手編み』は、『幻の里の乙女の手編み』と名を変え、更に珍重されるようになったという。
さて、その手編みの品を運よく目にした一人の老人がいたのだが。
(はて、この編みよう、昔……オルクスの奴が手慰みに編んでいたものとよく似ておるが)
いやいやまさかね、と思った老人は、結局そのことを誰にも話すことはなかった。
編み物は織物ほど大道具にならないので里の人間はだいたい編めるけど、暇そうに技巧を凝らしてるのはだいたいおっさんとかお爺ちゃん勢である。というオチ。判りにくい。