甘い涙
海に塩気がなかったらどんなに良かっただろう。
甘かったら良いのに。
少女は言った。
だったら、もっとスムーズに
と言いかけて少女は口をつぐんだ。
波折りが美しく輝く午後。
潮風が僕らを包む。
ねぇ、きっと、世界中の涙が集まっているんだよ。
悲劇の叫びが沈んでいるんだよ。
僕は思わずそう言った。
少女は不服そうだった。
悲しみの色は深い青なのね。
もっと混沌とした色かと思った。
僕は知っている。
本当の海の色を。
少女は泳げないくせに
腕を大きく回して
不格好なクロールの動作を繰り返した。
海は狭いよ。
僕は言った。
陸も狭いよ。
彼女は言った。
溺れちゃうよ。
そして、僕は笑いながら言った。
海が怖い?
少女はいつの間にか動きを止めて
こちらを真っ直ぐ見つめていた。
少女が海に溶けてしまったら
僕はきっと見つけられない。
少女は泣き出した。
日が暮れるまで泣いていた。
この海を満たせるくらい泣いていた。
少女は海に溺れていた。
僕も自分のヒレが上手く動かない。
でも、心地好いと思った。
きっと涙は甘い。