第一話 僕たちは仮の婚約をしました。
「異世界に転生したので、悪役令嬢に会ってみようと思いました。」の続編です。
全5話を予定しています。
気楽に読んで頂ければと思います。
僕が異世界に来て、もう1年半ほど過ぎたかな。
その間、僕の身の回りには、色々なことが起きたけど、個人的には楽しい想い出になっているし、日本にいた頃より、日常は充実している。
そうだ、今の僕の話をしよう。
僕がこの世界で、悪役令嬢と呼ばれた彼女と婚約した話を。
今、僕は彼女と結婚に向けて、話を進めている。
いろいろ・・・ハプニングはあったけど。
だから、僕のように異世界に転生した際には参考にして欲しい。
僕は、
フェリックス・ボナール
として、日本からこの世界に転生した。
この世界では、僕はボナール公爵家の次男として生きており、その後、僕はアントワーヌ・デュクルノーこと、アントワーヌ嬢と婚約をした。
アントワーヌは、転生もので言う、<悪役令嬢>の立場だと僕は考えていたのだが、実際は、彼女は悪い噂を流されただけの女の子だった。
噂を流したのは、転生ものでよくいる、どこぞの貴族の息子だった。
そいつは、婚約者がいるのに、アントワーヌに手を出そうとした。
僕はアントワーヌを悪い奴から救い、その流れで彼女と婚約することになった。
ただ、この世界と日本では、婚約の形は違っていた。
今の僕たちは、仮の婚約の形になっていた。
これは僕たちが置かれている状況が理由になっている。
要するに、家柄の問題だった。
まず、僕が公爵家出身であり、アントワーヌが男爵家出身であったからだ。
この場合、アントワーヌが公爵家の人間に嫁ぐことになると、デュクルノー家はボナール家の後ろ盾を得たことになる。
つまり、前の世界で言うとアントワーヌは
玉の輿
となる。
しかし、この世界ではもっと別の意味を持つそうだ。
その事を教えてくれたのは、この世界で僕の兄の立場にいる、ハーヴェイ兄さんだった。
日本にいた頃は、僕には兄弟はいなかったので、ハーヴェイ兄さんは僕にとって尊敬する人物だった。
ハーヴェイ兄さんは教えてくれた。
「お前は公爵家の次男だから、公爵家を継ぐ必要がない。それは前に話したな?」
「はい」
「だが、お前は公爵家出身であるのは変わりない。そうなると、このボナール家と縁を結ぼうとする貴族連中が、お前を利用しようとするかもしれない」
「それは、僕と自分たちの娘を婚姻させたいと言うことになりますよね?」
ハーヴェイ兄さんの言う意味はすぐに理解できた。
「そうだ。そうなるとお前がデュクルノー家に、婿入りするのを望まない者たちが何かしでかすかもしれんな」
「僕とアントワーヌとの婚約を邪魔するかもしれない、と言う訳ですね」
「ああ。だから、父上は貴族連中が波風立てないよう、お前とアントワーヌを仮の婚約にした。父上は、婚約をまとめるために、王家の力を借りるだろう」
「それまでは、僕は時期が来るまで、待たねばならないのですね」
ハーヴェイ兄さんは「そうだ」と言うと頷いた。
ハーヴェイ兄さんは説明をしてくれた。
父は、僕とアントワーヌの婚約を進めるために、まずは仮婚約にした。
その理由は、家柄同士の交流を図り、スムーズに婚姻を進めるためのものであり、半年後には正式に婚約の手続きを進めるそうだ。
その後、学園を卒業する頃に、僕たちが結婚することになる。
僕は思う。
日本だと、恋人同士が同棲をして、問題なければ結婚することがあるので、それに近いのかもしれないと。
ただ、この世界の貴族間の関係性は面倒くさいようで、父やハーヴェイ兄さんが気を遣うのは当然のことなのだろう。
「今後の流れだが、おそらくお前がもし、デュクルノー家に婿入りしたのなら、王家は、公爵家と男爵家では釣り合わないと考えるはずだ。その場合、王家の介入が起きるだろう」
そう言う憶測も、僕はなんとなく理解する。
異世界転生ものや婚約破棄ものに、よく出てくるシチュエーションかな。
貴族間の家柄は、大変だし難しい。
「その場合は、何があるのですか?」
「王家はお前に対して、ボナール公爵家より一つ低い、伯爵の地位を与えるだろう。それにより、アントワーヌは伯爵夫人になる。これで、デュクルノー家はボナール家と後ろ盾を得て、その立場も揺るぎないものになる」
つまりは、婚約を良く思わない貴族連中から、アントワーヌとデュクルノー家を守ることになる。
それに、ハーヴェイ兄さんが公爵家を継ぐ場合、弟である僕は一つ下の伯爵にすれば、相続問題なども起きないと、判断されるだろう。
僕は、貴族間の婚姻が、ここまで面倒くさいとは思わなかった。
前の世界では、家柄とかなかった。
好きな女の子と、いつかお付き合いして、結婚するだけかなと、なんとなく想像していただけだった。
でも、この世界ではそんな考えは通用しない。
僕は改めて、貴族と言うものが大変なものだと実感した。
そして、ハーヴェイ兄さんの話すように、僕とアントワーヌの婚約を快く思わない奴らが現れて、僕たちの邪魔をしてくるのは、しばらくしてのことだった。
僕の朝は早い。
僕のモーニングルーチンは、乗馬での遠出から始まる。
ハーヴェイ兄さんから薦められたもので、朝の運動みたいなものだ。
高校の部活の朝練みたいなもの、だと考えていいと思う。
その後は、剣術の基礎訓練を行う。
この世界は思っていた以上に、時間の使い方が難しい。
まず、スマフォがない。
日本にいた頃は、スマフォでメールやまとめサイトとか、色々とチェックしていた。
それがなくなるとどうなるか。
本当に、暇になる。
やることが、一気になくなった。
それに、テレビも音楽もない。
友達と夜遅くまで遊んでいたのだけど、この世界ではそんなものは存在していない。
僕はうまく時間を使うための方法を考えないといけない。
勉強や剣術だけでは、時間は過ごせない。
僕は、ハーヴェイ兄さんの言葉を思い出した。
そうだ、将来のことを考えよう。
爵位をもらっても、手に職は就けないといけない。
そのためにも、僕は交易関係の勉強を始めている。
大学の頃は、経済学部にいたけど、ミクロとかマクロとかの経済学など、まったく興味がなかった。
単位さえ取れれば、問題はないと思っていた。
だから、経済学の知識が薄いので、執事さんに教わっている。
執事さんは、交易ギルドの仕事もしていたので、その辺りは詳しいので助かっている。
でも、僕が授業をさぼっていたツケがきたことは、今、身をもって実感しているので反省中。
話を戻そう。
僕は朝の乗馬が終わると、ハーヴェイ兄さんの教え通りに、井戸に行って冷水を浴びる。
乗馬での汗を拭うだけじゃない。
冷水で、僕の体を鍛えるためだそうだ。
しかし、僕はその後の身支度の際に。鏡の前に立つのは嫌だった。
僕は今の姿にまだ慣れていない。
毎日、鏡を見るたびに、僕は鏡の前で考え込んでしまう。
日本人であった僕は、目の前にいる僕の姿が、どうも似合っていないと思ってしまう。
だって、鏡の前にいる僕は、ハリウッド映画のファンタジー映画に出そうな、イケメンなのだ。
イケメンになったのは嬉しい。
でも、イケメンにも合う、合わないがある。
僕は、合わないイケメンだと思っている。
この姿に慣れるのには、もう少しかかるだろう。
それに・・・もしかしたら、アントワーヌは僕の見た目が良かったから、婚約したのかもしれないし・・・。
考え過ぎかもしれないけど・・・。
僕とアントワーヌが交際を始めて、二ヶ月が過ぎた。
学園生活は可もなく不可もなく、うまく過ごしていると思う。
学園内では、僕たちが仮婚約したことは、みんな知っていた。
でも、アントワーヌは前に悪い噂が流れたため、学園のみんなと交流できずにいた。
そこで僕とアントワーヌは、放課後以外は、なるべくクラスメイトと過ごすことにしている。
これは、アントワーヌがクラスメイトや他の生徒たちと、交流して仲良くなるのが目的だった。
アントワーヌにその考えを伝えると。彼女は素直に僕の意見を受け入れてくれた。
アントワーヌは僕と婚約してから変わった。
彼女は明るくなっただけでない。
「私、友達を作りたいです」
自分の考えを素直に話せるようになったんだ。
すると、クラスメイトのレジス・クードリや、公爵家のジュリア・アルビロが僕たちをフォローしてくれた。
特に、ジュリアはアントワーヌが気に入ったようで、放課後に彼女のサロンに招待してくれた。
もちろん、ジュリアは僕とも交友関係になった。
僕も時々だけど、ジュリアのサロンに参加する。
ジュリアは、僕によくこんな話をする。
「ちゃんと、あの子のご両親に、こまめに会いなさいよ」
ジュリアは、婚約を経験していた。
彼女としては、相手の親御さんと会うことは、とても大切なことだと言う。
その親御さんを見れば、アントワーヌは本当にどんな女の子か、見ることができると。
僕は、ジュリアのアドバイスを守っている。
アントワーヌのご両親は、裏表のない人たちだった。
アントワーヌの父君は、交易ギルドのマスターとして、日頃は海外にいるのだが、娘であるアントワーヌをとても大切にしているようだった。
アントワーヌの母君も、家庭を第一優先にしているようで、アントワーヌと一緒に買い物へ行ったり、料理をしたりと、楽しく過ごしていた。
「娘を宜しくお願いします」
ご両親からは、屋敷を訪れるたびに頭を下げられるのだけど、僕はそのたびに「もちろんです」と応えるようにしている。
「でも、私の場合は、見た目に騙されたかしら」
ジュリアが婚約破棄になったのは、誰がどう見ても、僕のせいだ。
僕が、アントワーヌを守った。
その代わり、ジュリアは婚約破棄となった。
でも、彼女は婚約破棄を気にしていないようだった。
「あなたのおかげで、アルビロ家は守られたしね」
ジュリアとしては、僕に気を遣ってくれるのはありがたいけど、なかなか割り切ることはできない。
だからこそ、彼女に新しい出会いが来るのを願っている。
サロンでは、僕は、ジュリアにいろいろと質問した。
この世界の女性たちは、何が好きなのか、どんな場所が好きなのか、など尋ねる。
ジュリアは笑いながら、サロンにいる女生徒たちと共に応えてくれた。
その中で気になったのは、化粧品の話だった。
この世界でも、もちろん化粧品は女性にとって大切なものだった。
この世界では、化粧品の使用時に肌荒れが多いそうだ。
「きっと、素材の問題だと思うわ」
「そうなると・・・肌荒れしない素材を見つけて、化粧品を作れば良いかも」
「そうね。もし、そんな化粧品が出来れば、その人は大金持ちになるわね」
ジュリアは、貴族令嬢らしく、扇子を口元に隠しながら笑う。
うん、ここはやっぱし異世界転生の世界だと、実感した。
ジュリアは、貴族の令嬢で、優雅な女の子だと思う。
これが人気のある、異世界転生ものだったら、彼女が主人公のスピンオフとかあるかもしれない。
僕はジュリアの話を聞いた後、化粧品が交易に使えると思った。
日本でも、テレビやネットで、色々な化粧品のCMが流れていた。
世界中には多くの女性がいるし、みんな、自分をキレイに見せたい。
需要があるのは当然だ。
僕は、化粧品を作ることを決めた。
放課後は、僕とアントワーヌは徒歩で帰宅する。
貴族だからと言って、僕たちは送り迎え用の馬車は使用しない。
学園の周りは、治安が良いし、騎士団の騎士たちが周辺を警備してくれているので、安心だった。
僕たちが通う学園の制服は、アニメや漫画のような制服だけど、男女共にズボンになっていた。
きっと、動きやすさを重視しているのかな、と思う。
アントワーヌの屋敷までに商店街があるので、僕は本屋などのショップに立ち寄りながら、彼女と交流している。
時々、アントワーヌは手芸品を作るために、一人で雑貨店に入ることがあった。
「待ってて下さい。すぐに買ってきますので」
アントワーヌがお店に入ると、僕は店の前で彼女が戻るのを待つ。
待っている間はスマートフォンがないので、ネットを見ることはできないけど、今では、スマートフォンがなくても大丈夫になった。
ジュリアからは
「雑貨店に入ってはダメよ。女の子が雑貨店に入るってことは、その子は好きな異性に手作りのものを、プレゼントしたいの。それ以上、言わなくても分かるわね?」
と聞いているので、僕は彼女の言う通り、雑貨店に入らない。
ジュリアの話を聞いて、僕はまた一つ、勉強した。
前の世界も今の世界も、女の子の気持ちを知るのは、女の子に聞いた方がいいんだ。
僕は、待っている間、前の世界の歌を歌っていた。
前の世界にいた頃、母さんが歌っていた。
確か、有名な女性歌手の曲だったかな。
子供の頃から、食事を作る時とか、車を運転する時とか、母さんはいつも歌っていた。
歌詞は覚えていない。
でも、心の中には母さんの想い出として残っている。
母さんは子守歌のように、僕が寝れない時に歌ってくれていた。
もしかすると、僕が亡くなった後、葬儀の時に歌ってくれているのかな。
懐かしさに浸っていたら、いつの間にか、アントワーヌが側にいた。
「あ、お帰り」
僕たちは、歩き出した。
「フェリックス様」
「うん?」
「さっき口ずさんでいたものですが、素敵な音楽ですね。どこの国のものですか?」
アントワーヌが、僕がさっき歌っていた曲の事を聞いてきた。
僕はさすがに、日本にいた頃の歌だと言えないので、東の国のだと教えた。
「東の国には、そのような音楽があるのですね」
「そうだね。僕もその音楽を聞いて、素晴らしいと思って覚えたんだ」
「フェリックス様は、ロマンティストですね」
「そうかな・・・なんか、恥ずかしいな」
照れる僕に、アントワーヌが腕を組んできた。
「フェリックス様は、自分の癖を知らないのですね」
「癖ですか?」
「はい。でも、それは私だけの秘密にしておきますね」
僕たちの日常は、変わることのないと思っていた。
でも、ハーヴェイ兄さんが話したことが、ついに現実になってしまった。
アントワーヌに、悪い噂が流れ始めたんだ。
〇主な登場人物です。
僕=フェリックス・ボナール
・・・異世界に転生してきた大学生。今は公爵家の次男として生まれ変わる。
異世界での生活に慣れるために奮闘中。
成り行きで、<悪役令嬢>の立場にいたアントワーヌと婚約する。
アントワーヌ・デュクルノー
・・・男爵家の令嬢で、僕=フェリックスと婚約中。
<悪役令嬢>の立場にいたが、フェリックスに救われる。
フェリックスを愛している。
ハーヴェイ・ボナール
・・・ボナール家の跡取り。現在は騎士団に所属。
異世界における、僕=フェリックスの兄。
フェリックスを溺愛している。
レジス・クードリ
・・・僕=フェリックスのクラスメイトで親友。
学園内の情報通。
ジュリア・アルビロ
・・・公爵家の令嬢。僕=フェリックスやアントワーヌの友人。
アントワーヌのことが気に入っており、主催するサロンに参加させている。
フェルディア
・・・僕=フェリックスの剣術の師匠で家庭教師。
前職は騎士で、ハーヴェイと友人。