56. 仄暗い地下の戦い
ノアが地下牢に降り立ったときには、もう用は無い、とばかりにその扉は開け放たれていた。
中にはシャーロットの姿は無く、目印にしていた気配の主のみが横たわっていた。
「メロディ!」
やはり心配なのだろう、カイが焦ったように駆け寄る。
意識は無いが、目立った外傷も無いし、呼吸も魔力も安定していた。
ひとまず確認を終えたカイが、ほっと息をつく。
「……上は混乱しています。下手に連れ帰るより、結界を張ってここに寝かせておく方が安全でしょう。シャルちゃんを回収したらまとめて連れて行きましょう」
ノアは頷くと、意識を集中させ自身の状態を確認した。
地下に降り、魔力を活性化させる赤い月の光が届かなくなったことと、地上の狂乱から距離を置いたことで、幾分か魔力のコントロールがきくようになった。
あまり無理は出来ないし本調子ではないが、とりあえずしばらく動けそうだ。
また、うっすらとだがシャーロットの魔力の位置も感じられる。
膨大な魔力を持っている彼女にしては、随分と気配が薄い。
――おそらく、魔力を封じられているのだ。
ノアは呼吸を整えると、シャーロットの元を目指して飛び立った。
◆◆◆
「シャル!」
そこは地下牢からほど近い、水路と水路の間の細い道。
腕を拘束されたシャーロットが、ランドルフに先導され歩いているのが見えた。
シャーロットの表情は暗く、その濁った瞳はノアと出会ったばかりの頃を思い出させる。
ノアは何か考える前に、ランドルフに向かって圧縮された魔力の弾を放っていた。
それは、省エネルギーながら高威力で、当たれば間違いなく相手の命を刈り取れる、現状のノアの最善の攻撃。
弾丸は正確にランドルフへと飛んだが、常人離れした反応速度でランドルフは剣を抜くと、その弾丸を叩き落した。
「……迎えが来てしまったようですね」
続けざまに異様に長い爪で斬り掛かったカイの攻撃を防ぎながら、ランドルフは小さく呟いた。
隙を見てノアはシャーロットの元へ降りようとするが、あえなく防がれる。
「……こいつを片付けないと連れて帰れないってことか。シャル! 少し離れてて!」
もう少しシャーロットを安全なところへ連れていきたかったが、やむを得ない。
突如として起こった騒ぎに、離れた場所で待機していた神聖騎士達が何事かと騒ぎながら駆け寄ってくる。
その間にも、ランドルフは同時に襲いかかるノアとカイの攻撃を捌き続けていた。
「なになに、なんですかこいつ! ちょっと強すぎますよ! 人間の癖にノア様と俺を同時に相手に出来るって、なんかおかしいですって!」
カイが苛立ち混じりに叫んだ。
少し調子が戻り、大気に余計なものが無い地下で交戦した今、ノアにはランドルフの強さの理由が感じ取れた。
そうであると断定するにはかなり歪だが、それでも間違えようのない、覇者のオーラ。
「……この気配、邪竜か?」
それは、少し前に北の村で発生した腐竜と同一の気配。
十年以上前に討伐された邪悪なる竜。
おそらく、全ては、繋がっているのだ。
「御名答! ルミナリアに保管されていた邪竜の心臓を飲み干したのです。 よくお分かりで」
生き物の一部を取り込めば、その力の欠片を得ることが出来る。
しかし、それは魔法薬等にして人の身に合う形に加工すれば、の話だ。
竜の、それも心臓を、未加工で取り込むのは明らかに自殺行為だ。
一時的に力を得られるかもしれないが、いずれその身に余る力に体が耐えきれず、崩壊してしまうだろう。
「――この身が果てようとも! 私は私の目的を果たすのです!」
ランドルフは凄惨に笑った。
さすがに邪竜の力を宿した相手を、万全でないノアとカイでは短時間で押し切ることは出来ない。
とはいえランドルフは防戦一方だ。時間をかければ討ち果たすことは出来るだろう。
しかし、そんな悠長に戦っている暇は無かった。
「おい、一体何が起こってるんだ!」
「まあいい。私たちの目的はその娘だ、連れて行くぞ!」
神聖騎士たちが、シャーロットの元へと辿り着こうとしていた。
シャーロットは絶望に顔を歪めた。
――しかし、次の瞬間、シャーロットの顔から全ての表情が抜け落ちた。
虚ろで、どこか遠くを見つめているような、しかし何故か神々しさを感じさせる眼差し。
突如として様子が変わったシャーロットに、騎士たちは一瞬怯んだ。
「な、なんだ……?」
そして、シャーロットはゆっくり目を瞑ると――その身を水路へと踊らせた。
「シャル!」
ノアは咄嗟に飛び出し、水中に飛び込んだ。
思ったより流れが早く、深い。
少し前方にシャーロットが流されているのを確認すると、魔力で推進し、その身を抱き寄せた。
同時に、激しい痛みがノアを襲う。
(くそ、ここで限界か……)
ノアは最後の力を振り絞り、自分とシャーロットが水中で呼吸できるよう魔法をかけると、意識を手放した。
濁流に揉まれ、二人はより下へ、下へと流されていった。




