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51. 狂った王妃と第二王子

 ロベルト・バルトロ・ルミナリーは、神聖王コルネリオとその妃、アンジェリカの第二子として産まれた。

 コルネリオ譲りの整ってはいるがどこか気弱そうな顔立ちと、真面目ではあるが凡庸な才能は、兄であるアルベルトと比べると随分見劣りして見えた。

 王位はアルベルトが継ぐだろうから、ロベルトはとりあえず健康に育って、適当に合った官職に付けばよい。

 父王を含めた周りはそう思っていたので、母であるアンジェリカが「ロベルトは自分の手元で育てたい」と主張したときも誰も反対しなかった。

 

 乳母に養育され、幼い頃から教育を受けたアルベルトは優秀だが、アンジェリカとの関係は良くなかった。

 第二子こそは己の手で、愛情をかけて育てたいと思ったのだろう。

 それは精神の均衡を崩しがちなアンジェリカのためにも良いように思われた。

 

 そうしてロベルトは、敬虔な女神の信者であるアンジェリカに愛情を注がれて育った。

 大切に、大切に。

 穢らわしいことには触れないように。

 夜会や式典のような、煩わしいことは、全部アルベルトに任せておけばいい。

 穢れにつながるような、母から離れていく原因になるようなこととは全て距離を置いて、二人で仲良く暮らしましょうね――と。

 

 王が諌めても、アンジェリカはまるで意に介さず、ロベルトを引き離そうとすると狂ったように暴れた。

 

「貴方も、アルベルトもあの女に夢中だったくせに! 私のことなんて見向きもしないで! 私にはロベルトしかいないのよ!」


 美しい母が髪を振り乱して狂乱する姿は衝撃で、ロベルトはそれを見て以降、自分から進んで母の側に居るようになった。

 一緒にいれば、母は笑ってくれる。母を落ち着かせるのは、ロベルトにしか出来ないことなのだと。

 

 そうしてロベルトは、忘れられた王子として過ごすことになった。

 転機が訪れたのは、ロベルトが十六の時。

 一年前のことだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 母と距離を置きたくなった時、ロベルトは決まってある場所に向かった。

 城の奥深く、道順を知らなければたどり着けないような複雑な通路の先。

 

 ロベルトはその部屋の前まで来ると、取っ手の無い扉に手を押し当てた。

 音もなくゆっくりと扉が開き、ロベルトが入室すると、再び音もなく閉じる。

 夥しい数の宝物があるそこは、ルミナリアの宝物庫だった。

 

 直系の王族以外の入室を拒み、無理に部屋に入ると神罰に灼かれるというこの部屋は、アンジェリカの過剰な愛情から逃れるのに丁度良かった。

 また、アンジェリカの方も、表に出ていかれるよりは、他人と会いようが無い、宝物庫に逃げられる方が幾分かマシなようで何も言わない。

 

 しかし、同じように人気の無い、ルミネ教の神体があると言われる城の地下にロベルトが行った時には、王に息子を引き離されそうになったときか、それ以上の狂乱を見せた。

 そこには何も無く、ただ古びた魔法陣があっただけだと言うのに。

 何が逆鱗に触れるかわからない以上、下手なことはしないほうが良い。

 

 ロベルトは宝物庫の中でほっと息をついた。

 

 ――見慣れた筈の宝物庫で、それが目についたのは初めてだった。

 紅々と輝く宝石があしらわれた、金の鎖のペンダント。

 

 何故か強く心惹かれ、抗いがたい衝動のままそれに手を伸ばす。

 触れた瞬間、赤い宝石が眩い光を放ち、ロベルトは思わず目を瞑った。

 同時に、何か力が抜けていく感覚と、心の空白を埋められたような不思議な満足感を覚える。

 

 そうして、ロベルトはサラマンダーを呼び出し、乞われるがままに名前を付けた。

 それが精霊との契約の証だとは知らずに。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「母上の魔法嫌いは筋金入りだ。フィアマが母上に見つかれば、どんな手を使ってでも間違いなく処分されてしまう。……初めて出来た、僕の友達なんだ。そんなことさせるわけにはいかない。それで、こっそり城から逃げ出したんだ……。宝物庫から姿を変えるブローチを持ち出して……」


 そう言ってロベルトはブローチを取り出し、皆に見せた。

 翼と太陽があしらわれたそれは、以前ロバートがシャーロットの前で落としたもので。

 

(だから、あんなに拾われるのを嫌がったのかしら)


 顔を知られていないとはいえ、金の瞳を見られればいずれその正体が露見する。

 魔法に過剰反応していたのも、育ちを考えれば当然だった。

 偏見を払拭しようとしても、幼い頃から根付いた価値観はすぐには変えられるものではない。

 むしろ、過剰に守られた温室から出てきたばかりにしては頑張っている方なのだろう。

 

 彼はただ、初めて出来た友達を守りたいだけなのだ。

 

「……それじゃあ、聖結晶も、ロベルト様が持ち出したものなんですか? 最近よくこの街に落ちていた……」

「いえ、ちょっと心当たり無いですが……よく落ちているなんて、そんなことがあるんですか? あれは、特別厳重に管理されている筈ですよ」

「高価だからですか?」

「違います。聖力を込めた聖結晶は、浅い傷を治すことができ便利です。見た目も綺麗で希少なので、とても価値が高い。ですが、聖結晶は強い魔力を与えると、魔獣を強く惹きつける性質を持つようになるのです。魔獣の入ってこれないルミナリアから出すことは禁じられていると、本に書いてありました」


 ロベルトは饒舌に、何故かちょっと嬉しそうに語る。

 では、アルストル近辺での魔獣の発生は聖結晶が原因だったのだろうか。

 一体誰が、何の為に。

 

 知識を披露出来るのが嬉しいのか、ロベルトは得意そうに続けた。

 

「本を読む時間だけはたくさんありましたからね。結構僕、詳しいですよ。受け止めきれない程膨大な魔力を与えると、聖結晶は魔獣を寄せる。魔結晶は魔獣となる。まあ、魔結晶が砕ける程強い魔力を与えることは、実質不可能なので殆ど知られていないそうですが……」

「……魔結晶が、魔獣になる?」


 シャーロットはランドルフの言葉を思い出した。

 

『街中にあった小鳥があしらわれた石柱は見ましたか? あの小鳥とこの像は魔力のパスが繋がっているのです。赤い玉に魔力を溜めておいて使用する時に破壊すると、放出された魔力は小鳥を通じて街中を満たします』

『ああ、勿論危険はありませんよ。小鳥から放たれる魔力に破壊力はないのです。ただ、街を満たす魔力の濃度が上がるだけです』

『あの水晶は、大陸から特別に輸入したものなんです。強い魔力に反応して発光するそうで、街の魔力濃度が一定値を超えると一斉に輝きます。素敵ですよね?』


 もしかして、ランドルフは何者かに騙されていたのではないだろうか。

 嘘の情報を与えられ、街中に魔結晶を配置していたとしたら、この街は。

 

「……ランドルフさんの元へいきましょう。今ならまだ間に合うかも……」


 シャーロットは絞り出すようにそう言った。

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