49. ゾウさん大活躍
空元気ではしゃいでいたシャーロットだったが、やがて体力の限界が訪れてしまった。
休憩のために二人が入ったのは、以前エスメと訪れたカフェだった。
丁度二階のテラス席が空いていたらしく、ゆっくりとお祭り騒ぎを見下ろすことができる。
空の端では青空と夕焼けが混じり合い、時折吹き付ける風も随分冷たくなった。
まもなく夜が訪れようとしているが、祭りに浮かれる人々の熱気はいまだ冷める気配はない。
それも当然だ。『赤月祭』の本番は、その名の通り赤い月の昇る夜なのだから。
「――夜になると、街中の飾りが光るそうですよ」
ふと、ランドルフの言葉を思い出し、シャーロットは口を開いた。
「ほら、あそこにもある……小鳥の乗った石柱から魔力が放たれて、それに反応してぴかぴか光るって……ランドルフさんが言ってました」
「ああ……あれはそういう目的の魔道具だったんだね。メロディに会ったらあれはなんなのか聞こうと思ってたんだ」
普段と変わらぬ声音でノアが返答する。
「なんでメロディさんに?」
「なんでって……あれはメロディの作った魔道具だからだよ。魔力の質もそうだし、何より、ほら、デザインが彼女のセンスだろう?」
言われてみれば確かにそうかもしれない。
シャーロットは小脇にかかえているゾウの魔道具を見て思った。
(というか、今までなんとも思っていなかったけど……。ゾウとか居るんだ、この世界……)
朧げにある前世の世界の知識でこれがゾウだと分かったが、シャーロットとして産まれてからは見たことも聞いたことも無い。
おそらくこの辺りの地域には生息していないのだろう。
なんでそんな動物を知っているのか、ますますメロディへの謎が深まる。
二人の間に流れていた空気がメロディの話題で少し軽くなったところで、もっとシリアスな雰囲気を壊す人物がシャーロットの目に入った。
燃えるような赤髪の姫様だ。
祭りに合わせて目元が隠れる仮面を着けてはいるが、その場に存在するだけで人目を集めるようなオーラは間違えようもない。
「あれ、エスメ姫かな。なにしてるんだろうね……」
同じくエスメが目に留まったらしいノアが呆れたような声を出した。
ノアが呆れるのも無理はない。
この国で最も高貴な女性であると言っても良い彼女は、何故か――地面に屈み込み、なにやら手に持った籠を一生懸命籠を覗き込んでいる。
先日彼女と遭遇した時のことを思い出し、シャーロットはため息混じりに答えた。
「あー……多分、おひねりを数えているんだと思います……」
言いながらシャーロットは目眩がする思いがした。
仮にも一国の姫が、それでいいのか……。
「……」
同じようなことを思ったのか、ノアは呆れて物も言えないと言った様子だ。
ふと、エスメの背後に男が忍び寄るのが見えた。
数回会っていなければ覚えられないような平凡な風貌のその男は、アルストル騎士団の見習い、ロバートだった。
ロバートはじりじりとエスメに躙り寄っており、その顔には焦りは浮かんでいる。
硬貨を数えることに夢中になっているエスメは、背後に全く気がつく様子がない。
あの怪しいところしか無いようなロバートが、姫であるエスメに一体何をしようと言うのだろう――。
嫌な想像しか浮かばない。
シャーロットは咄嗟に立ち上がりテラスの端へと駆け寄ると、そのまま飛び降りた。
「シャル!?」
上から驚いたようなノアの声が聞こえたが、振り向かずにそのままエスメの元へと駆け出す。
(ロバートが何かする前に、止めないと!)
しかし人が多く、思うように進む事ができない。
ようやく人混みを抜け、エスメの元へとたどり着いた頃には、ロバートはエスメに手が届きそうな距離まで近づいてしまっていて、そろそろと彼女に向かって手を伸ばしていた。
(間に合わない!)
もはやエスメとロバートとの間に障害物はない。
魔法を放ちたいところだが、シャーロットのコントロール力ではロバートを狙い撃つのは不可能だ。
シャーロットは、咄嗟に持っていたゾウの魔道具をロバートへと勢いよく投げた。
シャーロットの細腕で投擲したところでロバートにゾウを当てることは難しい。
事実、ゾウはロバートの元へは届かなかった。
しかし――ロバートの眼の前まで跳んでいったゾウは空中で静止すると、その長い鼻をロバートへと伸ばし、何かを勢いよく吸い始めた。
「うわっ!?」
「え!? 何? なんなの!?」
驚いたロバートとエスメが大きな声を上げるのを聞きながら、シャーロットは何が起こっているのかわからず呆然とその光景を見ていた。
ロバートの風貌が変わっていく。平凡な顔立ちが崩れ、どこか見覚えのある端正な顔立ちが現れる。
『魔力吸引ゾウさん』とメロディは言っていた。
おそらく、あの魔道具が吸っているのはロバートが風貌を変えるために纏っていた魔力なのだろう。
ひととおり魔力を吸ったゾウが地面へと転がる頃には、以前のロバートとは似ても似つかない風貌の男がそこにいた。
振り向いたエスメがロバートを見て、軽く目を見張って尋ねる。
「あら……? 貴方、王族?」
何も言葉が出てこないのか、口を魚のようにパクパクとさせるロバートの瞳は、エスメのそれと同じく金色に煌めいていた。




