40. 森の中での遭遇
オーガの目撃情報があったという場所は、街から一時間ほど歩いたところにある森の中だった。
昼過ぎだというのに薄暗く足元が悪い森の中を、ランドルフは苦もなく歩いて行く。
シャーロットはその後ろを置いていかれないようについていくだけで精一杯だった。
ぴしぴしと小枝が折れる音が一定間隔で響く。
シャーロットは肩で息をしているが、ランドルフはまるで疲れた様子も見せない。
流石に騎士団長ともなれば鍛え方が違うのだろう。
ふいにランドルフが振り返った。
「多分、ここから近いところに居ます。ほら、あそこを見てください」
そう言って指差す先には、無惨に食い散らかされた熊のような生き物の死骸がある。
熊ではなく鳥の頭部がついているので、恐らくただの熊ではない。魔物のアウルベアだろう。
「まだ殺されて時間が立っていないようです。気をつけましょう」
「はい……。わかりました……」
息を整えながらなんとか返事をする。
それを見たランドルフは不思議そうな表情を浮かべた。
「おや、身体強化の魔法は使われていないんですか?」
「身体強化、ですか……?」
「ええ、魔導師の方は大体使われていますよね? 私も少し魔力がありますので、長距離を移動する際や戦闘する際は使用しているのですが」
考えたこともなかった。
言われてみれば確かに色々思い当たることはある。
例えば、アルストルを訪れる道中で起こったワイバーンとの戦闘においてのメロディの投擲。
魔法を使わずに空中を飛ぶ標的にものを投げて当てるのは、メロディの細腕だと難しいだろう。
エスメとカフェに行った際にも、彼女は銅貨が一杯に詰まったカゴを持ち上げていたが、冷静に考えてみるとあれは相当な重さがある筈だ。
彼女も魔法を使用していたのだろう。
そして、ヴィクターの言葉を思い出す。
『とにかく、その魔力の使い方をもっと考えることです。そうですね、外じゃなくて中に向けてみたらどうですか?』
「あー、そういう意味だったのね……」
もっとわかりやすくはっきり言ってほしかった。無駄に遠回りした気がする。
まあいい。答えはわかった。
シャーロットはいつものように魔力を放出するのではなく、内側に循環させることを意識する。
わかってみれば簡単だ。体がほんのり温かくなるのを感じた。
(なんだか体が軽い気がするわ)
試しに跳んでみると、眼の前のランドルフを飛び越せるくらい跳び上がることが出来た。
ランドルフがポカンとこちらを見つめている。
「できました!」
シャーロットは得意げに宣言した。
「……それは良かった。でも、あまり派手な行動は辞めてくださいね? オーガに見つかってしまいます。できれば不意打ちで仕留めたいので」
ランドルフはそう言って苦笑する。
シャーロットは反省して小声で謝罪した。
その時だった。
「う、うわぁぁあ!」
少し離れたところで悲鳴が上がる。
ランドルフとシャーロットは同時に駆け出した。
◆◆◆
話は半日ほど遡る。
まだ日が完全に高くなる前、アルストルの港に、大型の小綺麗な船が一隻入港した。ルミナリアからの船だ。
国交が回復してからは人も物も活発に行き来しており、港町であるアルストルはルミナリアからの玄関口として機能していた。
大勢の人間が下船して中に混じり、青みがかかった黒髪のルミナリアの神官――ラウルは嘆息した。
抱えている雑務を片付けたり人に任せたりしているうちに随分日にちが経ってしまった。
ようやくルミナリアを出立できたのが昨日だ。
アンジェリカ妃には顔を合わせる度に嫌味を言われるし、聖女ラヴィニアは相変わらず責務を果たしてくれないし、半ば逃げ出すような形でウィンザーホワイトに入国することになってしまった。
こうしている間にも仕事は溜まっていく一方だ。
気が進まないが、はやめに第二王子を見つけ出してルミナリアに帰らねばならない。
現在、ルミナリアからウィンザーホワイトに入国するにはアルストルを経由するしか方法はない。
恐らく第二王子もここを通っているはずで、なんらかの手がかりはあるだろう。
ラウルは通りすがりの人間にアルストルのルミネ教会の位置を聞いて向かった。
ウィンザーホワイトの各地にもルミネ教会はある。
まずはルミネ教会を訪ねて王子の特徴を伝え、捜索依頼をするのが良いだろう。
(とはいえ、王子を捜しているのがバレたらまずい。王子も、王族の象徴である眼の色は隠しているだろうから、それ以外の容姿を伝えて上手くぼかす必要があるな)
ふと、怪しげな露店が目に入った。
大きく「なんでも占います!」と書いた看板が掲げられている。
ウィンザーホワイトは魔法大国だ。こういう店を活用するのも良いかもしれない。
ラウルは魔法というものを見たことが殆どないというのもあり、魔法や魔力持ちへの偏見があまり強い方ではなかった。
そうでなければ、いくら王妃からの依頼とはいえウィンザーホワイトを単身訪れたりはしなかっただろう。
ラウルは露店の店主らしき小汚い老婆に話しかけた。
「あの、すみません。どんな占いでもやっていただけるのでしょうか」
顔をあげた老婆はラウルを訝しげにじろじろと眺めた後、やがて何か得心したように欠けた歯を見せにかっと笑った。
「なんでもやってるよ。運勢も見れるし、運命の人についても教えてやれるし、失せ物探しも任せときな。あんたは、そうさね――探しものだね?」
「そ、そうです! やはりウィンザーホワイトの占い師ともなるとすぐに当てれるんですね……!」
「ふんふん。あんたの運命は――向こうだよ」
そういって老婆はラウルの後ろを指さした。
「あっちの方に森がある。そこを探してみな」
「ありがとうございます!」
「じゃ、出すもん出しな」
「え? ……ああ、お代ですね。いくらでしょう?」
「金貨一枚だよ」
法外な価格設定だった。金貨が一枚あれば、一般の家庭がひと月は暮らせる。
それくらい価値のあるものなのだろう、と判断したラウルは素直に渡した。
少しでも世間を知った人間なら、老婆のふわっとした物言いや、ラウルの身なりを見て態度を変えたことから、「もしかして騙されているのでは?」と疑問を持ったことだろう。
しかしラウルは神殿育ちで、更には教皇の息子という立場から何不自由なく育てられた世間知らずだった。
(ルミネ教会に行った後、あの占い師に言われた森にも行ってみよう)
ラウルはお礼を行って露店を後にした。
背後から、「毎度あり~」と上機嫌そうな老婆の声が聞こえた。
◆◆◆
そして森に入り、ウロウロと王子を探すこと数時間。
ラウルはオーガと出会ってしまったのだった。
「う、うわぁぁあ!」
オーガと対面したラウルは咄嗟に悲鳴をあげる。
ルミナリアはこれまで魔物が発生することは殆どなかった。
ラウルがまともに魔物と対面するのはこれが初めてだった。
(とりあえず、攻撃しなくては!)
ラウルは手に持っていた木の杖でぼこぼことオーガを殴ったが、勿論そんな攻撃は通用しない。
オーガは「何をしているんだこの人間は」と言わんばかりの不思議そうな表情でラウルを見つめる。
やがて流石に鬱陶しくなったのか、ラウルを引き裂こうとオーガがその巨大な腕を振りかぶった。
(まずい!)
ラウルが思わず身をすくめたその時、オーガの居る正面ではなく、真横から衝撃がラウルを襲い、そのまま吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。
痛みで困惑したラウルが起き上がると、同じ様に吹き飛ばされたらしいオーガが眼の前で昏倒している。
一体なにが起こったのだ。
「大丈夫ですか!?」
この場に似つかわしくない、鈴を転がしたような少女の声。
そちらを振り向くと、衝撃が襲った方向からぱたぱたと声の主らしき少女が走ってきている。
透き通るような銀色の髪。神がその手で形作ったとしか思えない完璧な造形。吸い込まれるような瑠璃色の瞳。
ラウルは小声で呟いた。
「天使様……?」
瞬間、シャーロットよりも早くオーガの元にたどり着いたランドルフが一太刀でオーガの首を刎ね、大きく血飛沫が舞った。
ラウルが運命に出会った合図は、随分汚い花火だった。




