20. 姫様の横暴
翌朝、まだ日が高くなる前。
シャーロットはぼんやりとこの日一日なにをしようか考えていた。
特に仕事を何か任されているという訳ではないのでシャーロットは結構暇である。
いつもは工房に足を運んだり、ふらふらと周囲を散策したりするのだが、今日はあまり気が進まなかった。
(あのお姫様ともあんまり顔を合わせたくないし……)
部屋に引きこもっている方が遭遇確率も下がる。
図書館から本を借りてきて一日読書に費やすのも良いかもしれない。
神殿で働いていた関係で、孤児出身にも関わらずシャーロットは字が問題なく読めた。
一般的に使われている常用文字に加え、儀式等で用いられるためゆっくりとではあるが古代文字も読むことができる。
研究施設としての面も持ち合わせている魔導塔の図書館には面白そうな本がいっぱいあるに違いない。
良い思い付きだ。さっそく行こう。
そう思いシャーロットが腰を上げた瞬間のことだった。
「シャーロット! 買い物に行くわよ!」
勢いよくシャーロットの部屋に突入し、叫んだエスメを見てシャーロットは思わず声が漏れた。
「正気?」
昨日まであんなに疎んでいた相手を何故外出に誘うのか。
昨日の今日で改心したとは到底思えないし、というか敵意が隠しきれていない。
エスメの眼は爛々と輝いていた。完全に獲物を狩る捕食者の眼をしている。
シャーロットは己の心に素直に返事をした。
「嫌ですけど……」
「そんなみすぼらしい恰好してるからって遠慮してるのね! いいのよ気にしなくて。どうせ私の隣にいるとすべて霞んでしまうもの」
魔導塔に滞在し始めてから、シャーロットは魔導士たちが着ているようなローブを譲り受けた。
ルミナリアの巫女服のままだと目立つというのもあるが、着やすくて楽に動けるのでシャーロットは結構気に入っていた。
濃紺のそれは確かに華美ではないが、みすぼらしいと言われるようなものでもないだろう。
シャーロットはぐいと腕を捕まれた。そのまま強引に部屋から出される。
「いやあぁ……」
抵抗むなしく引き摺られていく。
気が付けば後ろからエスメの侍女たちが付いてきている。逃亡防止だろう。
ノアかカイと会ったらきっと助けてもらえる。遭遇することを願おう。
一縷の望みをかけたシャーロットだったが、結局エスメが所有する馬車まで誰にも見つからずに連行されてしまったのだった。
◆◆◆
「まあ別に高貴な人間が馬の骨を囲うこともよくあることだと思うのよ。私の叔父様も顔だけの女を愛人にしてたし」
「そうですか」
(ウィンザーホワイトの町並みをちゃんと眺めるのって初めてだわ)
ノインはウィンザーホワイトの首都だけあって、活気のある良い街らしい。
その中でも例外的に、魔導塔の周りはほぼ人気がない。
ノインの外れに位置しているというのもあるが、人々が魔導師たちを恐れて近寄らないというのが一番の原因だろう。
ルミナリアの様な迫害はないが、魔力を持つものは持たないものに恐れられるのが普通だ。
そんなことを考えながら、がたごと揺れる馬車の中で、シャーロットはエスメの話を完全に聞き流していた。
幸い、一方的な会話はカイで慣れている。シャーロットは自分が生返事のプロだという自負があった。
「魔力が少ないのも、まあ仕方ないわ。そもそも金の眼の一族でもない限り、強い魔力や聖力なんてないのが当たり前だものね」
「そうでしょうか」
大分ノインの中心部に近づいているようで、窓から外を眺めているだけでも活気が感じられた。
ここは恐らく平民達の住む下町のエリアだろう。もう少し王城側に近づいていくと街の雰囲気が変わり、貴族たちが主に利用する高級店が立ち並ぶ。
「でもね、私は納得いかないの」
突然、馬車が方向を変え、王城とは違う方向に進み始める。
様々な雲行きが怪しくなってきた。
シャーロットは焦り始めた。
「ねえ、ノア様に貰った腕輪見せて頂戴」
嫌な予感がする。
段々窓から見える町並みの治安が悪くなってきた。貧民街だろうか。
昼間だというのに娼婦が客引きをしており、ガラの悪い男が鼻の下を伸ばしている。
「嫌です……」
「いいから見せなさい!」
強引に奪われてしまった。
シャーロットは言いようのない不安感に襲われる。
「結構良いものじゃないこれ。デザインはシンプルだけど使っている素材は一級品。流石はノア様ね」
エスメがまじまじと腕輪を眺め、値踏みする。
いつもはくるくると表情豊かなエスメが、無表情でシャーロットに視線を向けた。
「だから、まあこれは八つ当たりなのよね」
スラムの途中で馬車が止まる。
豪華な馬車は貧民街ではかなり目立つらしく、人間たちが皆足を止めてこちらを見ている。
外から扉が開けられた。御者の男がシャーロットの腕を掴み、無理やり下ろす。
「えっ、あの」
「魔導塔からそこまで離れてないから、頑張って戻ってきなさい。ちょっとは怖い目にあえばいいのよ。あ、勿論戻ってこなくても構わないわよ」
そういってにっこり笑うと、エスメは扉を締めた。
御者が馬を走らせる。
「え、えー……」
走り去っていく馬車を、シャーロットは為す術もなく見つめることしかできなかった。
こうしてシャーロットはスラムのど真ん中に置き去りにされたのだった。




