1. まだ愛を知らない
初投稿です。宜しくおねがいします。
(私の人生、ここまでかあ……)
シャーロットは暮れゆく空をぼんやり見上げていた。
魔法大国ウィンザーホワイトの王都、ノイン。
その中の、誰も訪れないような裏路地にある焼却炉。
そこにシャーロットは打ち捨てられていた。
全身ゴミ塗れだが、そんなことよりも全身が痛むし、意識が朦朧としていて気にしている余裕はない。完全に日が落ちたとき、自動焼却装置が起動し、シャーロットの命は終わるだろう。
別にそれで良かった。生きてて良いことなど一つもなかった。聖女さまのオモチャとして生きるのはもう疲れた。
物心ついた時から孤児だったシャーロットは、ある時奴隷として捕まり、見目が良かったため競売に掛けられた。
結果引き取ったのが、聖女ラヴィニアだった。
ルミナリア神聖国、ルミネ教の象徴である聖女様。
いつの時代にも必ず一人存在する聖女様は代々、透き通るような銀色の髪で、絶大な聖力を有し、無垢なる祈りで人々の傷を癒やすのだという。
当代の聖女ラヴィニアもそれらを兼ね備えており、ルミナリア国内からの人気は高い。
やさしく民思いの聖女さま。それが民衆が信じているラヴィニア像。
しかし実際のところ、性格は悪辣そのものだった。
民衆の前に出る際にのみ被る聖女さまの仮面は、人目がなくなった瞬間に投げ捨てられる。
機嫌が悪いと周りに当り散らし、気に入らない人間はきまぐれに処刑した。
つい先日も聖人として名高かった神官が処刑されたばかりだ。
表向きは、神官が大罪を犯したためとされていた。
ラヴィニアの悪行は教会の上層部内で完全に隠蔽される。
象徴となる聖女の求心力が下がれば、教会としても打撃を受けるからだ。
ラヴィニアの侍女だったシャーロットも苛烈な虐待を受けたが、殺されることはなかった。不幸にも。
「殺しちゃったら勿体ないわ、あなたはわたしのお気に入りだもの」
死にかける度にそう言ってシャーロットの傷を癒やした。
ありがとうございます、聖女さま。シャーロットはそう答える。
そう言わないと、ますますひどい責め苦を受けることになるから。
実際、今回シャーロットを処分しようとしているのはラヴィニアではなく、護衛として帯同してきた神聖騎士たちだった。
はるばるやってきた聖女さまの歓迎会が開かれている間、束の間の安息を得ていたシャーロットを、神聖騎士たちは無理やり連れ去ろうとしたのである。
必死になって抵抗したシャーロットは、魔法で一人の神聖騎士に重症を負わせてしまった。
教会内では、魔力は聖力と対極の位置にある悪しきものだと考えられていた。その為、魔力持ちであったシャーロットは迫害の対象になっていたし、手の甲に刻まれた奴隷紋によって魔力が抑えられていた。
よって、シャーロットは魔法を使うことができないはずだった。
火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか。
理由は不明だが、とにかく、シャーロットは己の魔法により身を守ることができた。
一度だけ。
その後、結局激高した騎士たちに酷い折檻を受けた。
結果がこれだ。
そして今際の際に思い出したことがある。
(これ、前世でプレイした乙女ゲームの世界だ……)
死ぬ間際に異世界転生だったことを思い出すなんて。
しかもどうやら自分はヒロインだったらしい。
(シャーロットは……聖女で……魔王を封印する筈なんだけどな……)
なんでこんなことになっているのだろう。
まあいいか。来世はもっと平和に暮らせますように。
意識ももう限界だ。
「これは……」
誰もいないはずの焼却炉で声がした。
ふわっと抱き上げられる。
力を振り絞って薄目を開けると、私を覗き込む赤い瞳が見えた。
「ま、これも何かの縁か」
まだ終われないのか。
「とりあえず今は、おやすみ」
優しい声。
意識を手放しながら、涙が頬を伝うのを感じた。
これが始まりだった。