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第59話 新しい恋は前途多難、だけど


 新たな曲が始まってレオナルド様の肩に左手を添えて右手を組むと、フレデリック様とは違う硬い感触に違和感を覚える。


 魔導工学科に所属しているとは言えレオナルド様は色神と神器――黄金の馬と黄の大剣を受け継ぐ魔法騎士の家系。ただ魔導工学だけに打ち込む訳にはいかないのだろう。放課後に屋外訓練場でリチャード卿と手合わせしている姿を何回も見かけた。


 服越し、手袋越しとは言え実際に触れた質感の違いは騎士と魔道士の違いなのだと思えば、その違和感はすぐに消えていく。


「……マリアライト卿と、踊ったんですか?」


 私だけに聞こえるような声で呟かれた言葉は少し陰りを帯びていた。


「あ、はい……その、彼との最後は良い想い出で終わらせたくて……」


 レオナルド様が来ると思っていなかったから、かなり大胆な行動をとってしまった。踊った事は後悔はしてないけれど、内心ちょっとヒヤヒヤしている。


「ああ、すみません……責めている訳ではないんです。踊って来ると良いと言ったのは私ですし……それに、貴方の目がもう彼を追ってないのは貴方を見ていれば分かります。それでも、貴方が彼と踊ったと思うと胸が苦しい……自分の幼さを痛感します」


 少し苦しそうな表情で語るレオナルド様に、心が大きく弾む。


「あの、レオナルド様、私……」

「それ以上言わないで下さい。どうかその先は……ダンスが終わった後、私の口から言わせて下さい」


 数節前に女性をエスコートをした事がないと言っていた割にはレオナルド様もダンスが上手だ。滑らかに踊れる。


 ダンスが終わるとレオナルド様はジャケットから懐中時計で時間を確認し、私の手を取ってバルコニーの方へと移動する。


「もうじき光の花が上がりだす予定なので、見られるなら一番良い場所を取っておきたい」


 テュッテがここからなら花火がよく見える場所を言っていたバルコニーに向かってレオナルド様も真っすぐ歩いていく。

 レオナルド様も皇城の事は大体把握しているようだ。途中でフレデリック様と会わないか心配したけれど杞憂に終わった。


 誰もいない小さなバルコニーに出ると、夜空に青白く輝く星が淡くこちらを照らしてくる。


「光の花が上がる前に……マリー嬢に、これを……公爵家の身でありながらまだまだ未熟でこの程度の物しか用意できないのが申し訳ないのですが……貴方のような人が装飾品を何も身に着けてないのはもったいないと思ったので……」


 彼の手の平に乗っているのは、キラキラと煌く黄色の石をあしらった可愛らしいイヤリング。微かに魔力を感じるそれは魔晶石に自身の魔力を込めた物だと分かる。


 婚約リボンのように婚約を意味していなくても、自分の魔力を込めた装飾品を渡す――それは『貴方を愛している、どうか私の色に染まって欲しい。』という、求愛に他ならない。


「これが、貴方に対する今の私の素直な気持ちです……ですが……」


 レオナルド様がそのイヤリングをギュッと握る。


「マリー嬢……私がこれから歩む道はかなり厳しい道になります。公爵家の後を継ぐ者としてあまりに魔力の器が小さい私はこれから表舞台に立った時、影で馬鹿にされる事も多いでしょう。私自身は慣れているし耐える覚悟もできています。ですが、私の隣にいる人間も揶揄られるかもしれない……私は貴方をそういう目に合わせたくない。それに……異世界人ツヴェルフの事もある。私は我がリビアングラス家の色神を次代に引き継がせる為に必ず異世界人ツヴェルフと契り、子を成さなくてはならない」


 レオナルド卿はそこで一言息を付いて、少し苦しそうに声を紡ぎ出す。


「私は異世界人ツヴェルフと子を蔑ろにするつもりはありません。父上と同じ様に、男女の愛はなくとも家の希望を紡いでくれた人間に敬意を払い丁重に接したい。その姿がいつか貴方を苦しめてしまうかも知れない」


――それは、フレデリック様と婚約した時も言われた言葉。侯爵家の人間にとっては家を確実に次代に引き継がせる為に、公爵家と民に至っては皇国の平和を維持する為に異世界人ツヴェルフは必要不可欠な存在。


 だから異世界人ツヴェルフとの結婚は政略結婚のような物だ。致し方ない事情で結婚し子を成すのは何も異世界人ツヴェルフに限った事じゃない。そしてその行為でこの皇国の平和が保たれていると思えば、私には何一つ反対する理由がない。


 むしろ子どもを産んだ後に異世界人ツヴェルフを冷たく突き放すような人じゃなくて良かったと思う。どんな理由があろうと自分の子を産んでくれた人に対して敬意を払えないような人間は嫌だ。


「……貴方からダンスパーティーの誘いを受けた時、マリアライト卿ではなく私を見てくれている事を知って凄く嬉しかった。しかし同時に苦しくなった。こんな私でいいのだろうかと、思い悩んだ……ですが貴方が他の男の元へ行く事の方が何倍も苦しいと先程気づきました。このまま黙って想い出にするよりもせめて思いの丈を全て打ち明けて断られた方が断然良い」


 再びレオナルド様の手が開かれ、彼の魔力と想いが込められたイヤリングを差し出される。


「マリー嬢……様々な問題を抱えている私ですが、出来ることなら貴方と共に歩んでいきたい。私は極力貴方が辛くない道を選ぶつもりです……どうか、貴方の素直な気持ちを聞かせて頂けますか?」


 確かに――公爵令息という立場でありながら、その魔力の小ささから馬鹿にされ冷たく当たられるレオナルド様が私に遠慮しているのは伝わってきた。

 レオナルド様自身が態度を改めた事で周囲の態度も少しずつ変わってきているけれど、レオナルド様の言うとおりそれで全てが上手くいく訳でもないだろう。


 辛くない訳でも、思う所がない訳でもない。これから先、自分の子を産んでくれた人に対して情が移ってしまうのではないかという不安もある。異世界人ツヴェルフがレオナルド様を愛してしまう可能性だってある。


 だけどそれはあくまでも『可能性』だ。その可能性を恐れて拒めるほど私の中にあるレオナルド様への想いは弱くない。


 そして自分の置かれた立場を正直に吐露した上で、私を大切にしたいと願うこの人はこれから先どんな未来になってもけして私を蔑ろにする事は絶対にないだろう。それに――


「レオナルド様……私、ちょっと位辛くたって大丈夫です。私は一人じゃない事を知ってます。ちゃんと助けてくれる人がいる事を知ってますから。だから、私はちょっと位辛くてもレオナルド様が無理しない道を一緒に歩きたい」


 自らの安否など気にせずにすぐに無茶してしまうこの人を私はどうしても放っておけない。


「……ありがとう、マリー」


 イヤリングを手渡されてレオナルド様の前で身につけると優しく抱きしめられた。ペスコリモーネの香りを微かに感じる。


 私が婚約破棄されてからずっと、ううん、それまでもずっと私を見守ってくれた人。この人に想われている事を知れた私は本当に――幸せ者だと思う。


 怖くて距離をおいてるだけじゃ絶対に気づけなかった。近づけたのは、気づけたのは――皆のお陰。


 そこまで考えるとまた涙がこみ上げてきそうになってどうしようと思った時、


「マリー……こんな状況でこんな事を言うのは酷く無粋だと思うのですが……そのドレスは少々、刺激的すぎるかと……その、貴方の顔を見たいのにどうしても視界に……」

「すみません……! 親からのドレスなので無下にもできなくて……!」


 ああ、やっぱり言われると思った――慌ててショールで肩と胸の辺りを覆う。


「そうですか……それは確かに着ない訳にはいきませんね。少し風もありますしその薄いショールだけでは寒いでしょう。光の花を見てる間はこれもどうぞ」


 結局ジャケットも手渡された。こうなると分かっていたけど実際本当にそうなって、つい吹き出してしまう。


「……レオナルド様に見つかったら、絶対こうなるなって思ってました」

「す、すみません……あ!今、光の花が……!」


 顔を赤く染めて小さく謝るレオナルド様が慌てて夜空を指差す。その先を見上げた瞬間、綺麗で大きな光の花が打ち上がった。


 黄色と桃色、続いて暗い黄色に薄い橙色。そこからポンポンと色んな色の光の花が夜空に打ち上がっていく。


 ペアで打ち上げてくれたのは、彼らなりのサプライズなのだろうか? ネイとカヴォス卿のペアはともかく、私とレオナルド様も絶対くっつくだろうと思われてるなんて、私達はお互い相当分かりやすかったみたいだ。


 光の花が打ち上がり始めて、下のテラスの方からも感動の声が聞こえてくる。

 

「……彼らのお陰で私はマリー嬢のドレスも見られてダンスも踊る事が出来た。彼らの家には後日礼状と御礼の品を送らなければ……マリー、彼らに何が喜ばれるか一緒に考えてくれませんか?」


 レオナルド様の笑顔に小さく頷くと、そっと顎に手が添えられる。


 静かに目を閉じると唇が触れる。触れるだけに留めるような優しい口づけはすぐに離れた。


 目を開ければレオナルド様はまた空を見上げていた。そっと寄り添って夜空を彩る光の花を見上げる。


 卒業生達や先生達の魔力の色が込められた光の花はどの色も夜空を華やかに飾っていく。


 その光の花に対する賑やかな声は、最後の1つが打ち上がるまで消えなかった。




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「選ばれなかった侯爵令嬢~」のヒロインはウィスタリアです。不穏な夫婦について詳しく知りたい方はタグをご確認頂いた上でお読み頂いた上で是非。

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