第57話 ダンスパーティー
厳かな卒業式を終えて一旦寮に戻る。寮生は皆ここからドレスや礼服に着替えて、各自用意した馬車に乗って皇城に向かう。
寮では学院が卒業生達へのお祝いとして無償で用意してくれた美容師や化粧師、着付けを手伝ってくれる人達が慌ただしく各部屋を回っている。
テュッテのように馴染みの人間を呼んだ令嬢も数名いるみたいだけど、私とネイは学院の好意にしっかり甘える事にした。
元々高等部の女子は少なくて更に寮住まいの最高学年となると自分達含めて20人位しかいない。それでも皆綺麗に着飾ってきらびやかなドレスを着て廊下に出れば寮の中が一気に華やかになり、先輩達に最後のお礼を言う後輩達で賑やかになる。
男子寮も今頃同様の光景が広がっているんだろうな。
そんな中、既にドレスを着終えた私とテュッテはネイの部屋の前で彼女が出てくるのを待っていた。しばらくして髪を綺麗に整え、黄色と薄い橙色を基調にしたスラッとしたドレスを身に纏ったネイが現れる。
「ど、どうかな……? 変じゃない?」
「全然変じゃない! ネイによく似合ってて素敵だわ……!」
硬い表情で、少し赤面した状態で聞いてくるネイが可愛い。
やはり体型や顔の作りで合う色やドレスのパターンは大分変わるのだなとつくづく思う。私がネイのドレスを着てもここまでしっくり来ないだろう。
「ありがとう……マリーもそのドレス可愛いわね。上半身はどんな感じなの?」
下から上に視線を移動させたネイがそう言うのは当然の流れだった。
フワリとしたフリルスカートの上――肩から腰の辺りにかけて薄紅色の艷やかなショールで上半身を隠している状態だったから。
「……こんな感じなんだけど、どうかな?」
ショールを開いてみせると、ネイは一瞬目を見開いた。
ほぼ肩丸出しのオフショルダーのドレスとコルセットの関係で見事な谷間が出来ているのが物凄く恥ずかしく、着てからずっとショールで隠していた。
「……隠したい気持ちも分かるけど、そのドレス……そんな恥ずかしがりながら見せられるより『えっ、何かこのドレスに問題でも?』みたいな態度で着てた方がずっとマシな気がするわ」
「そうよ~隠すからよりあざとく見えちゃうのよ~。やましい事がないんだから堂々としてればいいのよ~」
「そ、そう……? 私が気にし過ぎなのかな……?」
確かにこの寮内で見てる限りでも私と同じ様にオフショルダーのドレスは2、3人見かけた。意識しすぎる方が返って目立つかも知れない――と2人の言葉を参考にショールを緩やかにする。
「それじゃあマリー、そろそろ出ましょうか~。もう心配いらないって言われてはいるけど、マリーのそんな可愛い姿見たら何しでかされるか分かったもんじゃないわ~」
「そうね、せっかくの卒業パーティーまで台無しにされたらたまったもんじゃないでしょ。私の事は気にしないでいいから先に行くといいわ」
ネイはカヴォス卿待ちだ。喜ぶ彼の姿が見れないのは少し残念だけど、それを見て良いのはネイだけのような気もするし、テュッテが言うような懸念がある。
せっかく大人しくしていてくれてるものを下手に刺激したくはない。
まだまだ賑やかな寮から出てスピネル家の馬車にお邪魔させてもらう。ガタン、と揺れた後、馬車は静かに動き出した。
「もう卒業なのね~早いものだわ~」
流れる景色を見ながらテュッテがのんびりと呟く。
「テュッテ、今まで本当にありがとう。この1年はテュッテがいなかったら私どうなってたか分からないわ」
「そうかしら~? 私がいなくてもマリーはちゃんと自分の力で立ち上がれたわよ~。でも、そのマリーのお手伝いができて本当に良かったわ~」
どこまでも優しいテュッテの言葉にじんわりこみ上げてくるものがありつつ、ここで涙を零せばせっかく施してもらったメイクが崩れてしまうのでグッと堪える。
そうしてるうちに馬車の窓の向こうは民家や商店街を抜けて、大きな塀に変わっていく。この塀の向こうには皇城がある。
帰省する度に通りかかる皇城はとても大きく、見かける度に中はどうなっているのだろうと興味が湧いた。そんな皇城に初めて足を踏み入れる。
寮生の中では早めに出たつもりだけど既に到着している生徒もいるのだろう。馬車を止める駐車場には既にいくつもの馬車が止まっていた。
馬車を降りて階段を上がり大きな門を抜けると、遠目からでも十分存在感のあった皇城の大きさと装飾に圧倒されて自然と顎が上がる。赤く染まりかけた空が綺麗だった。
「ダンスを踊る為の中央ホールとバルコニー、休憩を取る為の第二サロンとテラスが開放されてるみたいね~」
私は緊張でドキドキしているのにテュッテは勝手知ったる我が家と言わんばかりにサクサクと歩いていく。
大理石の床が広がる中央ホールもシックなグレーのカーペットが継ぎ目なく敷かれた第二サロンもとても広い。ホール中央の階段を上がって振り返るとホール全体を見渡せるような細いギャラリーになっていて、いくつものガラスの扉が見えた。
ギャラリーを一周してみるとガラスのドアはそれぞれ独立したバルコニーに繋がっているようだ。
「レオナルド様が光の花を打ち上げるのは屋外訓練場って言ってたわよね~、それなら第二サロンのテラスかこっち側のバルコニーね」
「テュッテ、皇城に詳しいのね」
「あら~言った事なかったかしら~? お母様がここでメイド長として働いてるからその縁で何度か入った事があるのよ~。
その後、テュッテから色々皇城について教えてもらったり、サロンに運ばれていく料理にうっとりしたりしている内にどんどん卒業生達が集まってくる。
その中にはきっちり正装に身を包んだリチャード卿の姿もあった。
「リチャード卿、その服とても似合ってます」
「ありがとうございます。マリー嬢も……よく似合っています」
その言葉の含みが気になりつつ、そこを追求すると絶対リチャード卿が困るだろうから言えない。
「この一年、マリー嬢と一緒に過ごす事が出来て楽しかったです。僕は卒業後、近衛騎士として皇都に残るつもりでいますが、マリー嬢はどうされるおつもりですか?」
「私は一度領地に戻って……後の事はそれから決めようと思います」
きっと一年前だったら親が指定した相手に嫁ぐしかなかっただろう。でも今は違う。魔道具の作り方も学んで自立する術も自信もある今、私の道はけして1つじゃない。
お父様には泣かれて、お母様には勘当されちゃうかも知れないけど。
そのまま談笑を続けているうちに時間になり、理事長の挨拶を皮切りに華やかなパーティーが始まる。
談笑の中で気になる軽食をつまみつつ、目的の人を探すとサロンの隅で当人が壁に寄りかかっているのを見つけた。
あまり乗り気ではなかったのだろう。それでも、あんな所で所在なさげに立っていなくてもいいのに。
「フレデリック様、後期が始まってからずっとあんな感じみたいなのよね~。合同課題実習の呪具の暴発の噂で励ます人もいたみたいだけど、それでもずっとあんな感じだから、もう話しかける人もいなくなったみたい~」
周りを見ると声をかけたそうにチラチラ視線を配っている令嬢は何人かいるようだけれど――フレデリック様の陰りのある表情は近寄りがたい雰囲気を醸し出しているように見える。
ずっと暗い顔をしていたら、人も遠ざかっていってしまう。だけど暗い顔から気を取り直せばすぐに他の令嬢に話す機会を奪われてしまう。
話すなら、今しかない。
「テュッテ、ごめん……私、ちゃんと終わらせてくるわ」
「いってらっしゃい、マリー。全部、良い形で終わらせられたらいいわね~」
テュッテに一旦別れを告げた後、私の足は淀みなく彼の元へと歩き出した。




