第56話 夜空に輝く卒業記念
翌日、レオナルド卿が木箱を担いで登院してきた。
教室の教壇に置かれた木箱の中をクラスメイト達と覗きこむと、何かが詰まっているらしき茶色の布袋が所狭しと入っている。
「皆に協力して欲しい事がある。卒業パーティーで空に光の花を打ち上げようと思うんだが私だけだとどうしても黄色の花しか咲かせられず、青属性の人間の思い出を阻害してしまう。なので皆にこの魔晶石の粉が詰まった袋に魔力を込めてほしいんだ。無理にとは言えないが……」
「あ、それって前期休みの最後に打ち上げたやつだろ!? それならここの奴らの魔力だけ込めても色が偏るし、どうせなら最高学年の全学科の皆から魔力集めようぜ!」
確かに魔導工学科のクラスメイトの色も偏っている。黄色やオレンジ、黄緑が主で赤や緑――色味が違えどだいたいそういう色に固まってしまう。スダッチ卿の提案はまさにグッドアイデアだった。
「いいなそれ! 皇城であの花打ちあげるなら近くで打ち上げしてる家出組からも見えるだろうし、良い卒業記念になるぞ!!」
ユーズ卿の相槌と共にクラスメイト達がザワザワと騒ぎだす。
「でもどうやって集める? 俺一応武術科に仲良いやついるけど、他の科にツテ有る奴いる?」
「あ、俺合同課題実習で仲良くなった薬学科の奴いるぜ」
「わ、私も魔法学科の上クラスに友達いるから頼んでみる……!」
ポツポツと手が上げる中で私も挙げる。少しでもレオナルド様の役に立ちたいのもあるけれど――何より夜空をカラフルに彩る光の花を見てみたい。
そんなクラスメイトの和気藹々とした様子にレオナルド卿は少し戸惑っているようだ。
「レオナルド卿はその粉量産してクラス分溜まったら今手上げた奴に渡してってくれよ。もっと早く言ってくれれば魔道具作りも手伝ってやったのに。水臭ぇぞ」
「あ……ありがとう、皆……」
戸惑った様子のレオナルド卿は少し顔が赤く、少し瞳が潤んでいるように見えた。
いつも以上に優しい目でレオナルド卿を見ていたリチャード卿と目が合うと、嬉しそうに笑顔を返された。
それから2日おきにレオナルド卿が布袋が詰まった木箱を持ってきて、武術科担当と薬学科担当の人に渡しているのを見た。そして私の番が来た。
「重いので私が魔法学科まで持ちましょうか?」
「浮かせられるので大丈夫です」
こういう時は自分の魔力の大きさに感謝する。
「卒業生達の魔力で咲かせる光の花……とても素敵な演出になりそうですね」
「ええ……私は黄色以外の花もあればとは思いましたが、その発想には至れなかった。手伝ってくれる事も含めて皆には本当に感謝しています。これまでリチャード以外の人間と協力して何かをする、という事はして来なかったので……皆が私の案を広げてくれるとは思ってなかった」
前期休み以前は『頑固で口うるさくて怖い公爵令息』として遠巻きにされていたのが一転、今や『優しくて真面目で眉目秀麗な公爵令息』になって慕われてるのだけどどうやら本人はあまり実感が湧いてないようだ。
「皆が協力してくれたのはレオナルド様が変わったからですよ。レオナルド様に意見を言いやすくなったんです」
「だとしたらマリー嬢のお陰ですね。本当に……ありがとうございます」
深く頭を下げられて、顔が熱くなる。
「そ、それじゃ、早速行ってきますね……!」
「ああ、あの、マリー嬢……卒業式の翌日なんですが……」
「な、何でしょう…!?」
多少上ずった声を返すと、少しの沈黙が流れた後――
「……いえ、何でもありません。宜しくおねがいします」
そう言って微笑んだ後レオナルド卿は改めて一礼して歩いていった。
(ちょっと驚きすぎて引かれちゃったかな……)
もうちょっと落ち着かなきゃなと反省しつつ、受け取った木箱を浮かせて魔法学科の最高学年の上クラス――テュッテの元へと向かう。
「分かったわ~この袋に皆の魔力込めてもらえばいいのね~」
予め説明していたテュッテは二つ返事で箱を受け取って教室の中に入っていく。テュッテが皆にどんな風に言うのかちょっと見守っていると、
「皆~魔導工学科の人がダンスパーティーで卒業生の魔力の色の光の花を打ち上げたいらしいから、自分の色の光の花を見たい人は協力して~! 誰も協力してくれなかったら黄色ばかりになっちゃうわよ~!」
「まあ……皆が話していた光の花、私も見てみたかったの! 自分の色の花……どんなのかしら……!?」
「魔導工学科の人達の策に載るのは嫌だけど……せっかくのダンスパーティーに黄色づくしだなんて勘弁してほしいわ!」
テュッテの呼びかけに生徒達がワラワラと集まってくる。物は言いようだなぁと感心しながらそこを離れた。
久しぶりに来た魔法学科の棟――最高学年の階は初めて入ったけど、そこから少し離れれば見慣れた通路に出て、そこで過ごした色んな想い出がフワリと蘇ってくる。
やっぱり私はこの想い出も大切にしたい。胸の中にあるモヤモヤも綺麗に昇華して卒業したい。
そんな風に思いながら教室に戻ると、スダッチ卿が皆に呼びかけていた。
「おーい、今忙しくねぇ奴は工学室で玉作り手伝ってくれー! 29人分だったのが一気に180近くなったから玉作り追いつかねーんだってよー! 課題終わって暇な奴は放課後も頼むわー!」
「……どうする?」
「どうするも何も、困ってる所に助けに入らないのは未来の臣下として不味いだろう?」
「だな……あの方もここ最近大分柔らかくなられたし、今なら俺達の善意も素直に受け取ってもらえるかもな」
2人程立ち上がって工学室に向かう。その後、また別の一人が立ち上がる。
「君も行くのか? 君の家はリビアングラス家と縁があったとは聞いてないが……」
「前期休みの時にレオナルド卿にいくつか分からない所聞いて教えてもらったからな……恩返しだ。それに人手が足りないとリチャード卿も大変だろう?」
「ああ……確かにリチャード卿はなぁ……分かった、私も手伝おう」
その言葉を皮切りに『ダンスパーティーには華があった方が良い』『何か作りたくてウズウズしてた所だ』と10人位の男子生徒が工学室の方に向かっていく。
そして残った人達がスダッチに微妙な視線を向ける。
「スダッチ……お前勝ち組見るの嫌なんじゃなかったのか!?」
「そうだぞ、俺達は勝ち組に華添えてやる義理なんてねぇぞ……!!」
「お前の事馬鹿にした令嬢が良い思いするかも知れねぇんだぞ……お前はそれでいいのかよ……!?」
何とも言えない怨念がスダッチ卿に向けられる。
「そりゃ勝ち組は見たくねぇけどさ……勝ち組に花添えてやったっていいじゃん! 『お前らのその想い出は俺達が彩ってやったんだぜ! じゃあな、幸せになれよ!』ってカッコよく浸りてぇじゃん!! 涙堪えて良い事すれば、自分にもそのうち何か良い事あるかも知れないだろ!? この絶好の良い事チャンスを祝わねぇ手はねぇだろ!!」
スダッチ卿の善意と打算が入り混じった眩しいその一言に沈黙が漂った後、
「くそっ……負け組のはずのお前が輝いて見える……! お前だけカッコいい負け組になるなんて許さねぇぞ! 俺も手伝ってやる!」
「確かに良い事すれば何か良い事あるかも知れない……!!」
スダッチ卿の叫びに心打たれたらしい4人がスダッチ卿と一緒に工学室に向かった。
教室に残った数人は呆れたように微笑っている。ただ不思議とそこに悪い感情を感じない。何だか男子って面白いな。
レオナルド様は今頃、手伝いに来てくれた人に何を思っているのだろう? 皆が自分の案に乗ってくれただけでもあんなに驚いていたのだから、物凄くビックリしてるだろう。
スダッチ卿がきっかけであれレオナルド様に良い感情を抱いてなければ誰も協力したりしない。
今頃彼がどんな顔をしているのか見てみたい気持ちもあったけど、何となく見ちゃいけないような気がした。
それより、私も玉作り協力したかったけれどあれだけ人手があれば間に合うだろう。何か別の所で助けられないかな――?
(あ、まだお金には大分余裕があるし……そうだ! 明日の休みショール買うついでにチョコの材料も買い込んでひと口チョコいっぱい作ろう!!)
先生達からもう心配しなくていい、気楽に過ごしてほしいと言われた。もう襲われる心配せずに一人で街に出て好きな物を買って来れるのだ。
(以前作ったチョコはリチャード卿からは『美味しかったです』と喜ばれたし、甘いのが苦手な人の為に甘さ控えめタイプも作ればいいし……ああ、ワクワクしてきた!)
それから放課後の工学室はとても賑やかになった。休息日に街に行っては残ってる銀貨を使ってちょこちょこ手作りお菓子の差し入れをすると、皆凄く喜んでくれた。
ネイも魔晶石の自動研磨機の合格をもらった後、1回だけ手伝ってくれた。
カヴォス卿に渡す分だけ顔を真っ赤にしながらメッセージカードを添える姿にやっぱり恋っていいなぁと思った。
そんな甘酸っぱい光景を楽しみつつ卒業課題の作成を終えたクラスメイト達で180近い玉を作り終えた頃には、卒業式は翌々日に迫っていた。




