第54話 卒業まで後1節
ネイとカヴォス卿の初々しいやりとりを見守りながら授業と卒業課題の作成に打ち込んでいたら瞬く間に日が過ぎていき、学院生活は残す所後1節に差し迫った。
今、綺麗に整えられた魔導工学科の教員室の中でエクリュー先生が私の卒業課題である映石の仕様を真剣な表情で確認している。
手のひらに収まる銀色で楕円形の映石は桃色の魔晶石と透明なレンズ石が並び、その石の両側には再生と録画のボタンが小さく付いている。
レンズ石の上に静かに浮かび上がりこの魔道具の仕様を説明する私の鮮明な映像が消えると、改めてエクリュー先生は映石を確認し、設計図を確認し――それらを机の上に置いて微笑んだ。
「……合格です」
改良、とは言い切れない技術を施したそれに合格を貰えた事に安堵する。
「魔導工学科に編入してたった一年でこれだけの物が作り上げられるなんてすごいですね……ボルドー先生は本当に人を見る目がある」
「ありがとうございます……!」
自分に期待してくれた人の目が確かだと言われると何だか自分の事のように嬉しい。
そして一年でここまでやり遂げる事が出来た自分を自分でも褒めたい。
「しかしこれは一般流通すると悪用される可能性が高いので、特許を取る事はおろか設計図を公開する事も出来ません。……構いませんか?」
「はい。元からこれを広めようとは思っていませんので。ただ……これは私が所持してても大丈夫ですか?」
「貴方がこれを悪い事に使うとは思えませんから取り上げたりはしません。本当に……この一年よく頑張りましたね。後1節、どうか気を楽にして過ごして下さい」
エクリュー先生の優しい言葉を受けた後、ウキウキで魔導工学科の教員室から退室する。
もうフローラ様の事もお金の事を気にしなくてもいい、卒業課題も終わった。
残り1節という短い間ではあるものの、どう過ごそうか考えながら教室に戻る所で工学室から戻ってきたらしいネイがカヴォス卿と歩いてくるのが見えた。
ネイとカヴォス卿の恋路は順調のようだけど流石ネイと言うべきか、しっかり魔晶石の自動研磨機の作成を優先しているようだ。
ただカヴォス卿も一緒に手伝うようになり、その関係で最近ネイは私よりカヴォス卿といる事が多い。
卒業課題は助言を受けても良しとされているけれど、作成の手助けは禁止されている。
チラッと工学室に様子を見に行った時、ネイが作成に集中できるようにカヴォス卿は研磨で出た粉を掃除したり工具セットを綺麗にしたりしていた。
何を会話しているでもなくネイの作業を見守り、自分ができそうな所があるとササッと動くカヴォス卿は確かにネイと相性が良いのかも知れない。
スダッチ卿とユーズ卿が強引に後押しした理由がちょっと分かった気がする。
そんな2人を微笑ましく見ている内にネイもこっちに気づいて、カヴォス卿に何か一言伝えた後こちらに駆け寄ってくる。
「どうだった?」
「合格! これで卒業できるわ……!」
「そう、良かったわね! こっちもか、カヴォス卿のお陰で自動研磨機の方も何とかなりそうだわ。ねえ、お昼まだならこれから一緒に行かない? ちょっと相談があって……」
ネイはまだ名前で呼ぶ事に照れている。皆一緒に食べればいいのに思ったけど多分カヴォス卿がいると都合が悪い――恋愛相談の類だと思うので即了承した。
食堂に入り私は日替わりランチの野菜サンドと桃のタルトとハーブティー、ネイはお決まりのたまごサンドと水をトレーに乗せて席を探している時にテュッテも野菜サンドとホットミルクを持ってやってきたので三人で相席する。
「相談って何?」
トマト、レタス、ハムにチーズが挟まった豪華な野菜サンドに口を付ける前に問うと、
「実は……カヴォス卿から卒業式後のダンスパーティーに誘われて……でも私、彼に見合うようなドレス持ってないから貸してほしいのよ」
言いづらそうに小声で返ったきた言葉に一瞬戸惑う。
「親に……って、ネイは授業料も自腹で払ってるから期待できないか……」
ネイには私同様入学を控えた弟がいるそうで、その関係で高等部への進学は相当揉めたらしい。結局『授業料を自腹で捻出する』という条件付きで通わせてもらっているそうだ。
でも寮費は負担してくれている辺り悪い親ではないのだろう。ネイもけして親の悪口は言わない所から親に感謝している様子が伺えた。
「あー……親にも聞かれたけど断ったわ。用意してもらった所で伯爵令息に見劣りしないようなドレスじゃないと皆不幸になるし、これから家を出て独立する私にお金かけるよりは家を継ぐ弟にかけてほしいしね」
あまり社交界に興味がないかと思っていたネイもその辺を気にしていたのが意外だった。
単独で参加するパーティーなら爵位に合ったドレスを着ていれば問題ない――というか、控えめにすれば嫌味と捉えられ、背伸びすれば叩かれて嘲笑の的になるから爵位に合ったドレスを着ていかないといけない。
ただ、男性にエスコートされる場合は相手に見劣りしないドレスを着なければならない。男の方に『女にその程度のドレスしか着させられない男』というレッテルが貼られ嘲笑されるのだ。
お互いに恥をかく事を防ぐ為に事前に女性に自分の魔力の色を基調にした豪華なドレスを贈る男性も多い。
カヴォス卿に正直に話せばネイのドレスを用意してくれるのでは――とも思ったけどなかなか言い出せず自分で解決したいネイの気持ちは痛い位分かる。男性に気を使わせない為に色々気を回す女性も多いのだ。
低爵位であればあるほどその傾向は強いと思う。高価な物を貰い慣れてないし催促する事に抵抗感がある。ましてカヴォス卿は伯爵令息ではあるけれど『跡継ぎ』ではないから尚更だ。
(私、レオナルド様に対して本当恐れ多い事したわ……)
子爵家の娘が公爵令息に対してエスコートを依頼するという事は少なからず自分のドレスも用立ててほしいと言っているようなものだ。
その辺一切考慮せずに突っ走ってしまった私は本当恋愛脳だなと心の中で反省する中、改めて自分が持っている服を思い返してみるけれど、今家にある私のドレスは色的にもデザイン的にもサイズ的にもネイに似合いそうな物がない。
何て言おうか考えていると先にテュッテから声が出る。
「あら~それなら私のドレスを貸してあげるわ~。ネイなら私のドレス着れるはずだし、確か橙寄りのドレスもあったはずだわ~」
「うん……テュッテの家は伯爵家だからカヴォス卿とも釣り合いとれると思うし、見に行って自分で好きなの選べるから、テュッテに借りた方が良いと思う!」
テュッテの願ってもない申し出に全力で乗る。
「い、いいの……? 今はお礼にこのたまごサンドしか出せないんだけど……」
ネイがもう一つのたまごサンドが乗ったお皿をテュッテの方に差し出すとテュッテは優しくそれを押し戻す。
「お礼なんていらないわ~ネイの笑顔が見れればそれで十分よ~。あ、そう言えばマリーはパーティーに出るの~?」
「うん、一応……親からドレスも送られてきたし……」
そう、昨日の夜――お母様から何も言ってないし聞かれてもないのに手紙とドレスが届いた。
<親愛なる娘、マリーへ
少し早いですが卒業おめでとう。この一年、婚約破棄や学科の変更など色々辛い事もあったでしょう。それでも貴方が弱音を吐かずにここまで頑張った事を私達は誇りに思っています。
貴方がいつまで経っても想い人が誰なのか教えてくれないので、ダンスパーティーのドレスは貴方の薄桃色を基調にした物を贈ります。貴方のお父様が貴方のドレスの為にお酒を控えてせっせと節約して捻出したお金を使って私が男を落とすポイントを押さえつつ上品に仕上げさせた自慢の一品です。
貴方がこれを着て落とせないようなら、もうその男の事は潔く諦めなさい。大丈夫、貴方は私の自慢の娘。貴方の魅力を理解してくれる男は山のようにいます。帰ってきたらちゃんと母が貴方に見合った殿方を見繕いますから安心して帰ってきなさい。>
お母様の玉の輿主義が全面に出ているのに温かい言葉が嬉しくて、涙が出そう――になった後で、ドレスを見て出そうになっていたはずの涙が引っ込んだ。




