第52話 勇気を出してお誘いを
翌週――後半組の合同課外実習が終わった日の夜、ネイは部屋を訪ねて来なかった。
(駄目だったのかな?)と思いつつ早めに起きて校舎に入ると、受付のお姉さんに呼び止められた。
「はい、依頼のレンズ石」
お姉さんからレンズ石を受け取る。誰が納品してくれたのか確認したかったけれど、受付を介する依頼の場合はトラブル防止の為に依頼者も実行者も明かさない決まりになっているらしい。
受けとった袋を広げるとそこには綺麗な――片眼鏡程のレンズ石が入っていた。
「えっ、こんな大きいの……いいんですか!?」
小指ほどの大きさで銀貨3枚のレンズ石なのに、このサイズは金貨3枚――下手したらもっとするかもしれない。しかもこの透明度は想定していたよりも純度が高い。
「割る事も提案したし値段の事も言ったんだけど、いいんですって」
私がレンズ石の依頼を出している事を話したネイや三人組以外にそんな奇特な事をする人間は思い当たらない。
こんな大きなレンズ石を前半組が見逃すとも思えない。採掘して手に入れたと考えるとやはり――
期待に胸膨らませて教室に入り、綺麗なレンズ石を眺めていると早速ネイが現れた。
「おはよう、ネイ! レンズ石見つけてくれたのって……」
「んー……いや、でも、うーん……」
ネイは私の挨拶が聞こえなかったのか独り言を言いながら窓側の方へとフラフラと歩いていく。
「ね、ネイ、大丈夫!? レンズ石見つけたのってネイなの!?」
改めて呼びかけた私の声にハッとした様にネイはこちらを見た。
「あ、うん……レンズ石はしっかり見つけてきたわ。って言うか、見つけてくれたと言うか……」
「見つけてくれた?」
もしやの可能性が当たりそうで、ちょっと語尾が高くなる。
「クラスメイトの、あの、ほら……ディコポン卿……」
「ディコポン卿……ああ、カヴォス卿の事?」
言われてみれば確か、そんな家名だった気がする。
「な、名前で呼んでるんだ、ふーん……」
ちょっと不機嫌そうにするネイが顔を背ける。心なしか顔が少し赤い気がする。
(これは……恋だわ!!)
分かる。恋を2回経験してる身としてはネイが今恋をしているのだと分かる。
どうやら三人組の作戦は見事に成功したようだ。そして彼らのお陰で私は望んでいた以上の大きく高品質なレンズ石が手に入った。
(ネイも恋をしたなら後はもう、応援するしかない……!!)
「カヴォス卿はネイの事ネイ嬢って名前で呼んでるんだからネイも名前で呼べばいいじゃない。ネイもレオナルド卿の事は名前で読んでるし」
「レオナルド卿は、だって、いちいちリビアングラス卿って言うのが長いから……」
喜びが抑えきれずちょっと押し気味に喋ってしまう私に対してネイはポツ、ポツと返す。
リビアングラス家の人達には失礼だけどネイの気持ち、分かる。私も名前で呼ぶようになって少し楽になった。
「レオナルド卿はいちいち注意してくるからそんな感じだけど、そうじゃないディコポン卿に私がそうやって声かけたら絶対皆変な目で見てくるし……そんなの、向こうだって迷惑じゃない……」
魔導工学科内だけで言うならカヴォス卿の片想いは皆が知ってるのでからかわない気がする。
興味ない人も興味ある人も自分のからかいがきっかけで破局されてはかなわないのでからかわないだろう。
けどそんな事を言うとよりネイが頑なになってしまうような気がする。
「そうかなぁ……名前で呼んだら彼、喜ぶと思うけどなぁ……」
ポツリと言うにとどめてみたけれど、ネイの癪に障ってしまったみたいで真っ赤な顔でキッと睨まれる。
「な、名前呼びがそんなに簡単だって言うならマリーだっていつまでも卿付けで呼んでないで愛称で呼んでみなさいよ! レオとかレニーとかレナードとか……! あいつだって絶対喜ぶと思うけど!?」
「あ……愛称はちょっと……! 付き合ってる訳でもないのに馴れ馴れし過ぎるし、公爵令息に愛称とか、恐れ多すぎるし……!!」
レオ様とかレニー様とか言う自分を想像して(うん、無いわ!!)と思いながら両手と首を横に振って拒絶する。
フレデリック様は愛称で呼んでほしいと言われたから呼べたのだ。そんな、自分から愛称で呼ぶなんて絶対無理だ。
「ほら、マリーだって抵抗あるじゃない……! こっちだってディコポン卿は後継ぎじゃないにしても伯爵令息なのよ……!? 私の名前呼びと貴方の愛称呼びの抵抗感は同じよ!!」
「ご、ごめんなさい……確かにそう言われると何も言えないわ……」
ネイの勢いに押されてしまい、微妙な沈黙が過る。
「そ、そろそろ他の皆も教室に入ってくる時間だし、この話はここで……」
ネイが話を切り上げようとした時、他の人に聞かれないように念の為防音障壁を張る。
「ネイ……あ、愛称は無理だけど私、今度からレオナルド卿のことレオナルド様って呼ぶわ。それでネイも頑張ってみない?」
「……確かに卿よりは一歩踏み込んでるけどテュッテだって様呼びだし、それだけじゃ今一つね……ああ、そうだ! レオナルド卿が来たら……『レオナルド様、卒業式後の皇城のダンスパーティー、私をエスコートして頂けませんか?』って言ったら可否はともかく私もディコポン卿の事名前で呼ぶわ……!」
「それってもはや告白じゃないの!」
ダンスパーティーで男性にエスコートを依頼する――それは明確な好きという言葉でなくても『今私が一番興味を持っている殿方は貴方です』という告白にほかならない。
「告白しなさいよ! そして成功する姿を私に見せなさいよ! 今は何かこう、ポジティブな光景を見たいのよ……!」
何その心理――人の恋路に不用意に踏み込んだ事を反省しつつ、それでもやっぱり幸せになってほしいので覚悟を決める。
(後3節しかないのは私だって同じ……ネイの後押しも大事だけど、私もちゃんと自分の想いは伝えておかないと……)
向こうの好意は知っているけど、こっちの好意はまだ伝えていない。
(公爵家の跡継ぎだし、好きとか、付き合って下さいとまでは恐れ多くて言えないし……今恋に溺れてる場合じゃないけど、でも……貴方に異性としての興味を持っています、ってアピール位はしておいても……!!)
カヴォス卿に『ネイが誰かに取られても良いのか』と言ったけれど、私だってレオナルド……様が他の女をエスコートしていたら絶対に後悔すると思う。
他人に言ったのだから、ちゃんと自分も言わなくては。
ちょうどレオナルド……様が教室に入ってくる。防音障壁を解いて彼に近づく。
「マリー嬢、おはようございます」
柔らかい笑顔と優しい声を向けられてドキドキする。
「おはようございます、れ、れ、レオナルド様……あの、折り入ってご相談がありまして……」
「何でしょうか?」
大丈夫。後は私が勇気を出すだけ。頑張れ、私!!
「そ、卒業式のダンスパーティー、よ、良かったら、わた、私を……エスコートして頂けませんかっ……!?」
ちょっと噛みつつ真っ直ぐにレオナルド様を見つめると彼は驚いた顔をして、
「……すみません、それは……」
暗い顔をして視線をそらされて、血の気が引いていく。
ああ、馬鹿だ私。この展開予想してなかった。心の底から惨めな気持ちと羞恥心がジワジワと心の底から滲み出る。
「あ……そ、そうですか……」
いたたまれない気持ちになって俯きかけた時、レオナルド様の焦った声が響く。
「ま、マリー嬢、誤解しないで下さい! ダンスパーティーの時間、私は別の場所でする事があるのでパーティーに参加できないんです! けして、マリー嬢と踊りたくない訳ではありません……!!」
「え?」
「その……私の卒業課題は花火を打ち出す魔道具を改良した光花筒なんですが……」
少し顔を赤くしたレオナルド様はその魔道具について説明してくれた。
ずっと昔――ル・ガイアという星から召喚された異世界人の希望で<火薬《火薬》>を固めた玉を高く空に打ち上げて爆発させる<花火>という物が作られた。
空で輝く色とりどりの光の花はとても綺麗で、一時期皇国内で流行ったがその<火薬>の扱いがとても難しく爆発事故が起きた事が原因で廃れてしまったそうだ。
「発火の危険性がある火薬玉の代わりに魔力を込めた魔晶石の粉を固めた玉を使えば発火の問題はクリアできるのではと思いまして……マリー嬢に見せたあの光の花はその試作品です。光花筒は既に合格を頂いていたので後2つ程同じ物を作り、その後玉も作ってダンスパーティーに華を添えられたらと思いまして……既に学院にも皇家にも許可をとっています」
確かに卒業式の後皇城で行われるダンスパーティーの際にテラスやバルコニーからあの光の花が見れたらテンション上がるかも知れない。ロマンティックでムードも満点だ。
「打ち上げる場所は会場から少し離れた屋外訓練場なんですが玉を込める作業や危険がないか常に確認する必要があるので私はダンスパーティーに出られないんです」
「ちょっと顔出す事も出来ないの?」
私の疑問を代弁するようにネイが話に割り込む。
「打ち上げた際に光花筒から出る魔晶石の粉で服がかなり汚れてしまうので……この服で皇城に行くつもりなんです」
確かに、よっぽど無頓着な人間でもない限りツナギ服でダンスパーティーに顔は出せない。
「リチャード卿は? 使い方さえ教えれば彼でも出来るでしょ?」
ネイはリチャード卿と代われと言いたいのだろう。皆からレオナルド様の小間使い扱いされてる彼を不憫に思う。
「彼にとっても学院最後の想い出になる華やかな場で、彼を裏方に徹させるような無粋な真似はできません。マリー嬢もどうか素敵な想い出を。貴方と踊れたら相手にとって一生の想い出になると思います」
(……レオナルド様は、私が誰と踊っても良いんですか?」
「……マリー嬢、どうしました?」
心の中でよぎった言葉は微かに声に出ていたらしい。
「いえ、何でもありません……! 一緒に踊れないのは残念ですけど、あの光の花、また見られるの楽しみにしてますね……!」
咄嗟に笑顔を貼り付けて取り繕う。そして席に戻って1つため息をつく。
(本当に、残念……)
「……元気出しなさいよ。出られたら踊ってくれたんだろうし。進展したのは間違いないわよ」
ネイが気まずそうに小さく声をかけてきた瞬間に改めて防音障壁を張る。
「……ネイ、約束守ったんだから次は貴方が約束守る番よ!」
「え、そ、それは……!」
「お願い、このネガティブな感情をポジティブな物見て昇華したいのよ……!!」
思いっきり断られた訳じゃない、都合が悪くて断られただけだ。都合が悪くなければ踊ってくれた――その事にもホッとしている。
(だけど踊れない事への残念さと『自分は行けないけど他の男と踊ってくるといい』と言われた、この微妙な虚しさが痛いっ……!!)
分かってる、レオナルド様は単に女心を分かってないだけだ。だけど――
「今ならさっきのネイの感情が理解できるわ……今はひたすら『良いもの』が見たいっ……!」
ネイの追い詰められた顔をじっと見つめつつ、三人組の声が聞こえてきたので、立ち上がってネイを引っ張る。
「お、おはよう、カヴォス卿……」
顔を真っ赤にして挨拶するネイが可愛い。それを受け取って目を丸くした後固まりながら声を紡ごうとするカヴォス卿も可愛い。
「あ、ああ……おはよう、ネイ嬢。きょ、今日も、いい、天気だな」
「そ、そうね……いい、天気ね……」
赤面する2人と満足げに見守る2人に微笑ましい気持ちになりつつ、温かい気持ちと彼らの可愛さで必死に心の隙間を埋めた。
 




