第49話 彼女達の転機
合同課外実習の翌日、すぐに購買でアニイラシオンを換金した。結局ティント卿に渡した以外の6輪全て売却し、ここにきて金貨1枚銀貨8枚という大金を手にする事になった。
その日、レオナルド卿は体調不良で休んだ。クラスメイトであり友人であり部下でもあるリチャード卿が『放課後レオナルド卿の様子を見に行くのでマリー嬢も来ませんか?』と誘ってくれたけど、流石に地方の子爵家の娘にすぎない私がクラスメイトであるという理由だけで天下の公爵家にお見舞いなんて恐れ多いから、断固として拒否した。
身分の差も確かに理由なのだけど、レオナルド卿が無理をした原因が自分にあるのにそれを黙ってレオナルド卿の家族に会わなければならない事を想像すると気まずくてとても行く気になれなかった。
その代わり、彼に工具セットの代金として半ば無理やり金貨1枚を押し付けた。レオナルド卿に直接工具セットのお金を返そうとしても絶対に受け取ってもらえないのは明らかだったから。
そして寮の食堂で夕食を取っているとリチャード卿が自分の分の夕食を持ってやってきた。トレーを置いて私の向かい側に座る。
『こうして一緒に食事をするのは初めてですね――』って言いたかったけれど、彼の少し暗い顔を見て明るい言葉は吹き飛ぶ。
「レ、レオナルド様は……大丈夫でしたか?」
「はい、元気でした。それでこれをマリー嬢に……」
リチャード卿が暗い表情のままこちらに拳を差し出したので手の平を差し出すと銀貨が5枚手の平の上に乗せられた。
「レオナルド卿に金貨を渡すと、厳しい顔をされまして……マリー嬢に渡したのはお下がりですし、この辺りをお互いの妥協点にして頂けたら……!」
困った顔で申し訳無さそうに言うリチャード卿にこれ以上迷惑をかけてはいけないと思い、平謝りしてそのまま銀貨を受け取るとリチャード卿は心底ホッとした顔をした。
暗い顔をしていたのはこれが原因だったらしい。私もホッとする。私のせいだから本当はホッとしちゃいけないんだけど。
「あの……レオナルド卿は合同実習の事、何か言ってましたか?」
「いえ? お会いするやいなやマリー嬢とマリアライト卿は大丈夫かと聞かれたので、マリー嬢が無事である事とマリアライト卿が呪具の暴発で1週間の謹慎になった事を伝えましたが、それ以外は何も……まったく、自分が一番無茶をするくせに自分の事には無頓着なレオナルド様にも本当困ったものです……」
リチャード卿の呆れた声に全力で頷くしか無い。
「ああ、そう言えば先程男子寮に戻った際にマリアライト卿からマリー嬢への伝言を頼まれまして……」
突然の言葉に一瞬胸が大きく高鳴る。私に直接話に来ないのは、気まずいからか、フローラ様が何かしでかすのではないかという懸念があるからか――分からない。じっとリチャード卿の言葉を待つ。
「『今回の件は本当に済まなかった。もう二度とこんな事が起きないようにするから安心して欲しい』との事です」
それはとてもシンプルな謝罪だった。だけどフレデリック様がもう二度と起きないようにすると言うなら、フローラ様とちゃんと話すつもりなのだろうか?
(……信頼できない)
フローラ様が泣いてごめんなさいだの何だの言ったら、フレデリック様の事だから絆されてしまいそうな気がする。そしてフレデリック様もフローラ様もきっと同じ事を繰り返してしまう。それが目に見えているのが、悲しい。
内に籠もった黒い感情を表に出さないように気をつけながらリチャード卿に伝言のお礼を伝えた上で自室に戻り、魔導工学の本を読んでいるとテュッテが尋ねてきた。
「マリー、実は今日学院でフローラ様が私に会いに来たのよ~。お兄様が呪具を暴発させたなんて信じられないからどういう状況だったのか教えて欲しいって~」
テュッテの言葉に一瞬背筋が寒くなったけれどその後予想もしない言葉を続けられる。
「でもその後すぐボルドー先生が来てフローラ様を脅してたから、もう大丈夫だと思うわ~」
「え?」
脅す、なんて穏やかじゃない言葉とボルドー先生のイメージが全く一致しない。混乱するままテュッテは尚も言葉を続ける。
「『マリアライト卿が嘘をついてなければ君は今頃学院にはいなかったな』ってボルドー先生が凄く厳しい顔でそう言ったら、ただでさえ顔色悪いのに更に顔真っ青にして帰っていったわ~」
ちょっと――いや、心のど真ん中でその場にいたかったと思う。
「その後ボルドー先生に『ソルフェリノ嬢にもう心配いらないと伝えておいてくれ』って~言われたから伝えに来たのよ~」
どうしよう、フレデリック様の言葉よりボルドー先生の言葉の方がずっと信頼できる。まだ一年も経ってないのに自分の心の変わりように驚く。
「え、でも……何でボルドー先生はフレデリック様が嘘付いてるなんて言ったんだろ?」
実際、嘘付いてるんだけど。
「うーん……ボルドー先生はちゃんと生徒達の事をよく見てるから、何か分かったんじゃない~?」
そっか。確かにボルドー先生は色んな生徒をよく見ている。フレデリック様の嘘だって見破ってもおかしくない。
何故フレデリック様が嘘をついているのか、何故レオナルド卿が持っていた魔力回復促進薬を私に渡さずに自ら神器を使って解呪したのか、何故その場に私がいたのか――その辺りを推測すればそういう発言にもなるかも知れない。
フレデリック様が気づき、学院も状況を察しているとあれば、流石にフローラ様も手を引かざるをえないだろう。良かったこれで後は卒業を待つだけ――と今までなら思えたかもしれない。
(……今更手を引いたとしても、私のこの胸の中にある怒りは消えてくれそうにない。)
もっと時間をかければ消えてくれたかも知れないけれど、後3節の間に消える感じはしない。
フローラ様が何もして来ないのならそれは都合が良い。反撃と言うにはあまりに甘い方法かもしれないけど、最後に一度だけ――私は私だけの力で反撃したい。
「……そう言えばテュッテ、私が落ちた時フレデリック様ってどんな行動取ってたの?」
「マリーが落ちてったの見て防御壁で降りてったでしょ~、で、すぐにマリーの鞄を氷の矢をこっちに放って、それが洞窟の天井に刺さって~……それを持って戻って先生達に状況を説明してくれって……いつもと違って凄く焦ってる感じだったからこっちも慌てて戻ったのよ~」
「そう……」
フレデリック様が何をどうして私から自分に呪術を――命術で構成された呪術を自分に移したのか気になったけど、どうやらテュッテ達が洞窟に入った後で行ったみたいだ。どうやって移したのか、フレデリック様は絶対に話してはくれないだろう。
呪いを他者に転換させる魔法はある。呪術解除と一緒に教えられた。その魔法は当然フレデリック様にも使える。
(だけど、命術には命術で対抗するしか無い……自分の寿命を削ったのなら、それは……)
憶測でしか分からない転呪方法が気にかかりながら、私は自分の部屋に戻るテュッテを見送った。
 




