第45話 合同課外実習・4
マダー卿も二つ返事で了承してくれて、先程と同じ様に洞窟蝙蝠と戦いながら戻る。
行きで襲ってくる魔物を大体倒したからか、1時間位で一番手前にあった分かれ道まで戻ってきた。その分かれ道をまた魔物と戦いながら進んでいくと、光が差してくる。
「あら、何だか先が明るいわね~。外につながってるのかしら~?」
何処に繋がっているんだろう? 誰もがそう思ったのかそのまま足を進めていくと、とても狭い足場の崖に出た。
ボルドー先生はここは以前魔岩石の石鉱だと言っていた。掘り進んだら外に行き当たってしまったから途中の道から掘り直したんだろうか?
「あら~ここからは吊橋が落ちてて行けなくなってるみたいね~?」
テュッテが言う通り、吊り橋がかかっていたと思われる跡がある。吊り橋の残骸が中途半端に対岸にぶら下がっていて、ここから先の道は完全に遮断されている。
ぶら下がった吊り橋の痛み具合を見る限り、橋が落ちてから数年は経過しているみたいだ。
こちらと向こう側の間には約5メートル程、下を見ればそれ以上の高低差がある。下はどうやら森になっているようでうっすら川も見える。
「……何か見つかればと思ったけど、吊り橋が落ちていたら仕方ない。残念だったね。皆、戻ろう」
フレデリック様が小さくそう言って再び洞窟の方へと歩き出した時、ティント卿が大きな声を上げた。
「ま、待って、あれ、アニイラシオンだ……!! 準最高級回復薬の材料……!!」
そう叫ぶティント卿が目を輝かせて指差す先は崖の向こう。確かに大きな葉っぱを蓄えた白い花が何輪か咲いているのが見える。あれがアニイラシオンのようだ。
「ね……ねえ、誰か浮遊術使えない!? お礼はするからあの花を一つ取ってきてくれないかな……!?」
自分の身を浮かせて移動できる上級魔法の浮遊術は使える人間がかなり限られている。青・緑に近い魔力を持つ人間かつ、魔力の大きな人間じゃないと使えない。
薄緑の魔力を持つティント卿が他人に頼むのは後者の条件を満たしていないからだ。
今、この場にいる人間で浮遊術を使える条件を満たしているのは――フレデリック様だけ。
皆の視線を一気に浴びたフレデリック様は、気まずそうに目を逸らした。
「……すまない、浮遊術は使えない訳じゃないがここまでの戦闘で大分魔力を使ってしまって、あの術は魔力の消費量が激しいから対岸に行けてもアニイラシオンを持って帰って来れるかどうか……無事往復できるまで魔力を回復するには大分時間がかかってしまう」
確かに、フレデリック様の魔力はもう4分の1もない。無理はさせられないと思ったのかティント卿は何も言わずに俯く。
下級魔法の他人を浮かせる術も至近距離に限られる。あの距離までは飛ばせない。
「遠距離操作魔法で何とか千切れないかしら~?」
「……アニイラシオンは吸魔性があるから魔法でどうこうできないんだ。実際にあそこまで行って物理的に引き抜かなきゃいけない」
ティント卿がしょんぼり俯いている。私のレンズ石のように見つかって無くて諦めるならまだしも、見つかっていて諦めなければならないのはかなり悔しいと思う。
「……あの、私、浮遊魔法は使えないけど体を軽くする浮力魔法なら使えるし、幸い風も吹いてないみたいだから助走つけて跳べばあそこまで行けると思う」
向こう側も助走をつけて跳べるだけの広さはありそうだ。この位の距離で風の影響もなければ、この位の距離を行き来するのはそんなに難しい事じゃない。
「えっ、それ、本当……!?」
ティント卿の言葉に今度は私が目を輝かせる。
「マリー、危ないわ~! 急に風が吹いたりして落ちたらどうするの~!?」
確かに突然の強風に煽られると落下してしまう危険があるので、下を見て戻ってこれそうな環境か確認する。
こちら側は直角の崖ではなく少し緩やかな斜面になっているから失敗したとしても防御壁を使って下に着地して、浮力魔法で斜面を足場にして戻って来れそうだ。それが出来る位の魔力も十分残っている。
今ここで話している間も風は起きていない様子を見ると、突然の強風がそう何度も吹いてくる事はないと思う。
「大丈夫よテュッテ。もし落下してもトントンッと戻ってくるから」
テュッテの肩を軽く叩いてそう微笑むと、テュッテは「もう~……」と呟くに留まった。
「ソルフェリノ嬢……危ないからやめ」
「大丈夫です、落下してもフレデリック様には一切ご迷惑かけませんから。心配しないでください」
フレデリック様の声を遮るようにハッキリ言うと、フレデリック様は俯いて押し黙った。
初めてフレデリック様の言葉を遮った気がする。そのショックを受けた目に少しだけ心が痛んだけど――それだけだ。
そしてティント卿がお礼を言う中、自分自身に浮力魔法をかけて少し洞窟内に入り助走をつけて崖を飛ぶとフワりと浮いた体は難なくアニイラシオンの群生地にたどり着いた。
(吊り橋が落ちて手つかずになってるせいかな? 結構生えてる……)
見た感じ、10輪位生えている。早速近くにある1輪をしゃがんで摘み取ろうとした所で、少し前のティント卿の言葉が頭を過る。
『――1輪銀貨3枚で売れる、かなり希少な薬草でもあるから――』
(……1つ銀貨3枚……私もちょっと貰っていってもいいよね?)
アニイラシオンの花びらが銀貨に見えてくる。これを持って帰れば、お金に変わる。
レオナルド卿に工具セットのお金を返したい。私の小物や装飾品を買ってくれたテュッテにも、売った以上に貰ったお金の分を返したい。
内職せずに――お金の心配をせずに授業や卒業課題に集中したい。ネイがレンズ石を売ってたら買いたい。久々にお昼の食堂でデザートを注文したい。
新しい服だって買いたい。新しい装飾品だって――
これまで堪えてきたお金に関する色んな想いが過る。後数節――お金の事を気にしない学院生活を過ごしたい。
(駄目、自分の事ばかり考えちゃ駄目よ、マリー……! ティント卿だって1本とは言わず本当は2、3本位欲しいだろうし……それに根こそぎ取っちゃうと、もう生えてこなくなっちゃうかもしれない……!)
何とかギリギリ根こそぎ取り尽くしたい欲求は抑え込む。
(6輪位……は持っていってもいいよね? 私の持ち分は3輪、ティント卿に3輪…銀貨9枚……うーん……橋も落ちてるし7輪! 7輪でいこう! 神様、どうかお金に困ってる哀れな苦学生をお許しください……!)
決心したら早々に花を摘み取って鞄に詰めていく。
「ソ、ソルフェリノ嬢! もういいから! 僕そんなに必要ないから! 稀少な薬草だから、根こそぎ取らないでー!」
「分かってる! 3輪は残しておくから! それに半分は私の分だから大丈夫! 私もお金に困ってるから!!」
慌てるティント卿の声が聞こえてきたので、そう伝えた後7輪目を摘み終えて再び浮力術をかけて助走を付けて飛ぶと、テュッテ達がいる所まで後少しという所で何故か浮力魔法が切れて急降下する。
強風が吹いた訳でもない、突然の魔法の停止に頭が追いつかない。
「マリー!!」
名を呼ばれて現実に引き戻され、こちらに手を伸ばしたフレデリック様の手を右手で咄嗟に掴んだその瞬間、手の平に焼き付くような痛みを感じて衝動的に振り払った。
そしてそのまま私は、崖の下へと落ちていった。
 




