第42話 合同課外実習・1
よく晴れた空の下、駐車場には生徒達が通学の際に使うような3~4人が乗るような馬車ではなく10人位が乗れる車体に通常の馬より3倍位大きな魔獣――グレートホース2頭が引く大きな馬車が5台程並んでいた。
結局昨夜は頭も心もいっぱいいっぱいで中々寝付けなかった上に、早々に目覚めてしまった。
部屋でじっとしているのも落ち着かなくて、ヴァイセ魔導学院の訓練着の一つである灰色のローブに身を包んで早めに朝食を済ませて来たのだけど――8時集合なのに7時30分に来たのは流石に早すぎたかもしれない。
魔導工学科の生徒が乗る馬車のすぐ近くにはエクリュー先生が立っているはずなのだけど、まだエクリュー先生も他のクラスメイトの姿も見えない。
ただ一番乗りという程でもなく、他の馬車の近くにも早く来すぎてしまった他学科の生徒が2、3人程ウロウロしている他ポツポツとこちらに向かってくる生徒もいる。
課外実習の服装は自分に合った服を着る事になっている為それぞれ異なり、私と同じローブを着た魔道士スタイルの人、動きやすい訓練着に皮で出来た胸当てや肩当て等、軽い防具を着けている剣士スタイルの人、皮ではなく金属製の物を身に着けている騎士スタイルの人などがいる。
昨日のレオナルド卿もだけど、いつもと服と違う人達を見るのはかなり新鮮だ。クラスメイトはどんな服装で来るのかちょっと楽しみだ。
(レオナルド卿、今日はどんな服装で来るんだろう……?)
昨日の服は社交の場に出るような服だったから今回のような実戦を前提とした場には似つかわしくない。確か武術大会では剣を使っていたはずだから、剣士スタイルか、騎士スタイルか――
(って、またレオナルド卿の事考えちゃってる……!)
「おやソルフェリノ嬢、早いですね」
首を横に振って思考をちらしてる時に突然後ろから声をかけられて慌てて振り向くと、エクリュー先生が立っていた。
辺りを見渡すと既に教師達はそれぞれの馬車の近くに待機しているようだ。服装チェックに集中して全然気づかなかった。
「その様子だと昨夜も緊張して中々眠れなかったのではないですか?」
「は、はい……」
「先に馬車に入って少し仮眠を取りますか? 馬車が動き出すとあまり寝られる状況ではありませんから、寝られる内に寝ておいたほうが」
「あ、いえ大丈夫です! お構いなく!」
エクリュー先生が気を使って言ってくれたのはありがたいけど、実習に対してというよりレオナルド卿に対する緊張で寝付けなかったからそれで寝させてもらうのは罪悪感がある。
昨夜はずっとレオナルド卿と付き合ったらどういう事になるかをひたすら考えていた。
もしこれから先彼から告白されて、あるいは私自身が告白して付き合った後、もしまたフラれるような事があったら私は侯爵令息と公爵令息にフラれた女になってしまう、とか。
多少の色の差は問題ない侯爵家とは違って公爵家の跡継ぎは色神の加護を受ける為に魔力の色に微塵の狂いも許されないから、レオナルド卿はいつか絶対に異世界人との間に子ども作らなきゃいけない、とか。
今の所ロザリンド嬢がフローラ様のようになる可能性は無さそうだけど、万が一があるかも知れないぞ、とか。
――フレデリック様はどう思うだろう? せめて学院にいる間はこの気持ちを抑えた方がいいんじゃないか?とか。
そうやって無理やり胸の高鳴りを沈めて何とか寝付けた頃には窓の向こうがちょっぴり明るくなっていた気がする。それでも数時間は寝られたのだから大丈夫だろう。
エクリュー先生と話している間に段々クラスメイトが集まってくる。他学科同様魔道士、剣士、騎士スタイルのどれかだなのだけど、いつもツナギ服ばかり見ているだけに見栄えのギャップが凄い。そして――
(あ、リチャード卿が来た)
リチャード卿は騎士スタイルのようだ。銅色の胸当てや肩当て、小手やすね当て鉄靴……綺麗に身にまとった姿はもはや騎士以外の何物でもない。
「おはようございます、エクリュー先生、マリー嬢、レオナルド様」
人の良い笑顔を浮かべた後続いた言葉にビックリする。慌ててふり返ると少し離れた所から歩いてくるレオナルド卿がいた。
背中に大きな剣を背負っている以外はリチャード卿と同じ騎士スタイルで、腰には昨日携えていた剣もある。やはり黄色を基調にしていて金属の色も金色だ。
リチャード卿が騎士ならレオナルド卿は聖騎士だろうか? 様になりすぎてて言葉が出ない。昨日あんなに必死に押さえつけた胸が性懲りもなく高鳴りだす。
「ああ、おはようリチャード。先生もおはようございます。マリー嬢も……昨日はありがとうございました」
「お、お、おはようございます……レオナルド卿。こ、ちらこそ昨日はありがとうございました……!」
目を真っ直ぐ合わせられず、少し視線を反らしてしまう。それでも悪い印象を抱かせないように声だけは何とか必死で絞り出す。
「レオナルド様、その剣は……」
「父上が念の為に持って行けと……」
私も気になっていた事をエクリュー先生が尋ねると、レオナルド卿が苦笑いする。
レオナルド卿が少し背を向けて見せた金色の大剣に周囲にいたクラスメイト一同がどよめく。
「うわ、神器だ……リビアングラス家の<黄の大剣>だ……! 初めて見る!!」
神器――色神の加護と共に公爵家に託された至宝。公爵家に仕える者でもなければ滅多にお目にかかれる機会などない武器にその場にいたクラスメイトはおろか他学科の生徒達も何だなんだと寄ってきた。
キラキラと煌くその大剣は今にも雷を纏いそうな厳かなオーラを漂わせている。
(こんなすごい物を合同課題実習に行く息子に持たせる辺り、リビアングラス公は本当にレオナルド卿の事を気にかけてるんだろうなぁ……)
「でっけぇ…! それ振り回すんですか!? 鞘は無いって事は切れないんですか?」
「いえ、洞窟内での大剣を振り回すのは難しいので今回はお守り代わりです。今は切れないように大剣自身の魔力で保護されています」
「大剣自身の魔力……!? どんな作りなのか詳しく拝見させて頂いてもいいですか!?」
クラスの男子達のテンションが上った所で鐘の音が鳴る。8時の合図だ。
「さあ、皆さん馬車に乗ってください。後、神器は神聖な物ですから皆さん触ろうとせず見るだけに留めてくださいね。罰が当たりますよ」
エクリュー先生の誘導で大馬車に乗り込む。突然の神器に興奮冷めやらぬ男子達の賑やかな雰囲気を楽しみつつ、ブラオクヴェレ大洞窟がどんな場所なのかとかテュッテと同じグループになれたらいいなと考えていたのだけれど――馬車が動いてから激しい速度と揺れ、坂の上がり下がりに苦しむ生徒が続出し、重苦しい雰囲気で2時間過ごした。
私も軽く吐き気を抑えつつ馬車から降りると、目の前には2段になった大きな崖がそびえ立っていた。その崖の何箇所か人が通れそうな穴が空いている。そして一番近くにある穴の横に『3』というプレートが埋め込まれているのが見えた。
「それじゃ皆さんここから紙を取って書いてある数字と同じ番号の穴に行ってください。一番左の穴から1、2、3、4、上の崖の左から5、6、7、8となっています」
いつのまにかエクリュー先生が前半組後半組を分けた時と同じ箱を持っている。我先に我先にと他の生徒が探っていって、私が掴んだ最後の一枚には『1』と印字されていた。
エクリュー先生の言葉に従って一段目の一番左隅の穴に歩いていくと、既に何人か待っていた。何故かボルドー先生の姿もある。
「マリー! もしかして1番なの~!?」
メンバーの中にテュッテがいる事にテンションが上った後――その横にいる人を見て上がったテンションが下がる。
テュッテの横にはとても気まずそうに顔をうつむかせるローブ姿のフレデリック様が立っていた。
 




