第40話 黄金の黄馬車
私がレオナルド卿に粉をかけているという噂が立っている割には学院の中でも寮の中でも何も聞こえてこない。
(どう考えてもコンカシェル様の『桃色の子馬鹿にしたらお家にお邪魔しちゃうぞ☆』っていう圧力のお陰よね……)
きっとあの演説の効力は中等部1年生が卒業するまで続くんだろう。いや、教師だって見てる訳だからもっと長く効果を発揮するかもしれない。
その上魔導工学科のクラス内はエクリュー先生の『ソルフェリノ嬢に変な事聞いたら5点減点』も半年経った今でも効果を発揮しているようで本当に何も言われない。しつこく聞かれたりしない限り先生に言いつけるつもりは全然ないんだけど。
でも最近は皆気さくに挨拶してくれるようになったし、話しかけるのも話しかけられるのも自然になった。
ネイも休み時間は私の隣で雑談しながら紙人形を作るようになり、隣同士で藁人形と紙人形を作りあう私達に他の男子生徒がポツポツと話しかけてきてそれに答えるような、そんな平和な日々を過ごせていた。
「今から再来週と来節に迫った合同課外実習の前半組と後半組に分けるクジを引いてもらいます」
ある日、エクリュー先生が穴の空いた箱を持って生徒達の元を歩きだす。参加資格と意志のある人間がその箱に手を入れて紙を1枚取っていくのに合わせて私も中から1つ折りたたまれた紙を取り出して開くと、大きく<前>と印字されていた。
「今年は現地に着いた時点でクジを引いてもらって自分達が組むパーティが決まる仕様になっています。その為食料品や回復薬など、各自で必要な分を前もって調達しておいてくださいね」
ギルドで冒険者や旅人達とパーティーを組む際、目的地が遠方の時は事前にメンバーを募って打ち合わせするケースが多いけれど、近場の時は依頼した翌日に出られる人間がギルドの前で集合して即席パーティーを組む、というケースの方が多いらしい。
事前編成パターンと即席編成パターンは毎年交互に分かれるそうで、今年は後者。できれば一緒に行動するメンバーは先に分かっておきたかったなぁ……と思いつつ本格的な経験を積ませる為には仕方ないのかな、と諦める。
後半組になってしまったネイは先に採取できず落ち込んでいるかと思ったけど「後半組の方が後を気にせず心置きなく採れる!」と喜んでいた。
心置きなく採れる、という考え方につられて私も後半組の人と変わってもらおうかなと言ったら『レンズ石目当てで行くなら先に探索できる前半組の方が拾える可能性高いと思うわよ?』とも言われたのでそのまま前半組で行く事にした。
そして食料品と回復薬を買わないといけないので課外実習の前の休息日にお互い必要を買いに街に出よう、とネイと約束をしたのだけど――休日前夜、ネイが部屋を訪ねてきた。
「マリー、悪いんだけど明日の買い出しパスしていい? ちょっと夕方から裁断機の調子が悪くて……明日中に直しておきたいのよ」
「分かった。じゃあ明日は部屋で勉強してようかな……私、回復魔法や解毒魔法使えるから課外実習の買い出しはいらないっていえばいらないし……」
いつフローラ様から狙われるか分からない私は一人で街に出るのが怖かった。だからたまに材料の買い出しに出る時はテュッテやネイの都合に合わせて一緒に行かせてもらっていた。
食料品もお昼ご飯が調達できなくてちょっとお腹が空くだけだと思えばわざわざ街に出て保存食を買ってくる程のものでもない。潔く諦めようとした所にネイの言葉が挟まる。
「あ、その辺は大丈夫よ。代わりの人間に私の買い物頼んでおいたから、そいつと予定どおり行けばいいわ。明日の10時に寮の前で貴方を待ってるように言ってあるから」
ネイはさらりと言った後相手が私の知っている人間かどうかも告げずに去っていった。誰だろう?
クラスメイトでネイと仲良くしている生徒が自分以外に思いつかないだけに、その日の夜はちょっと不安な状態で眠りについた。
翌日。街に出る為に私服であるパステルピンクのワンピースに身を包んで身だしなみを整えて寮の玄関に行くと、女子生徒達が黄色い声を上げて集まっていた。
何だろうと思って彼女達の視線の先を見てみると、そこにはそれぞれの色味が違う黄色のシャツとベスト、とズボンを見事に着こなした上に襟の大きな厚手のジャケットを着こなしたレオナルド卿が立っていた。ジャケットの下には剣の鞘がチラりと見える。
自分の魔力の色に近い色で身を固める事は全くおかしな事ではないし、爵位が高い人や家であればある程その傾向は強いと聞いた事があるけれど――公爵家は特にそれが徹底されているようだ。
いつもグレーのツナギ服かブレザーなのでその黄色を基調にした高貴な姿はいつにもまして眩しく見え、普段感じない公爵令息オーラをバリバリに漂わせているのだから服ってすごい。
そして服に負けないレオナルド卿の眉目秀麗さも凄い。
でも何でそんな着飾ったレオナルド卿がそこにいるんだろう? そして後数分で待ち合わせ時間の10時になるのにレオナルド卿以外に寮の前に人の姿はない。
(でも、私だったらあんな凄い輝かしいオーラ放ってる人の近くで人を待てないわ……)
ここからは見えない場所で待っているのかも、と思って玄関から出るとレオナルド卿と目が合って微笑まれる。
レオナルド卿、凄く自然な笑みを返すようになったなぁ……と内心嬉しく思っていると、
「マリー嬢、おはようございます。今日は宜しくお願いします」
「え……!? まさか、ネイが頼んだ人って……!」
レオナルド卿に一礼されて驚きの声を上げると、レオナルド卿も驚いたのか目を丸くする。
「わ、私ですが……聞かされていなかったのですか? それなら無理にとは言いません。ただ貴方を一人で街に行かせるのは心配なので今、リチャードを……」
寮の方に歩いていこうとするレオナルド卿の袖を慌てて引っ張る。
「あ、あの……前から思ってたんですけど、レオナルド卿は何でもかんでもリチャード卿を使いすぎです……!」
「しかし、私の次にボディーガード役として適任なのは彼なので……!」
「そうじゃなくて……! あの、ごめんなさい、レオナルド卿と一緒に行くのを知らなかったから驚いただけで、嫌だって意味じゃないんです……!」
寮の玄関から多くの女子生徒に見られている事に内心パニックになりつつ引き止めていると、レオナルド卿の動きがピタッと止まった。
「……それなら、良かったです。では行きましょうか……こんな年にもなってお恥ずかしい話ですが、実は女性をエスコートさせて頂くのはこれが初めてでして……至らない点があったら申し訳ありません」
「いえ、こ、こちらこそ宜しくお願いします……」
少し顔の赤いレオナルド卿にエスコートされて駐車場の方へと歩いていく。
自分の姿は街に出るからと多少見目に気を使った服装でけして恥ずかしくない容姿と服だと思っているけれど、この今すぐにでも皇帝に謁見できるレベルの服装の貴公子の隣に並ぶにはかなり場違いなのではないかと思ってしまう。
その場違い感は駐車場に止められた金色の馬車を見て更に強まってしまう。
目の前にあるのは金色の毛並みの逞しい馬と豪華絢爛な、まさに黄金で作らせたと言わんばかりの大きな馬車――黄色に慣れ始めたはずの目がまたしても眩む。
武術大会等で公爵家の馬車を遠目に見た事は何度もある。リアルガー公爵家の真紅の赤馬車、ラリマー公爵家の紺碧の青馬車、そしてこのリビアングラス公爵家の黄金の黄馬車。
(うわぁ……近くで見るとすごくキラキラしてる……!!)
侯爵家の馬車も見事なのだけど、公爵家の馬車はまた一段と豪華な装飾に飾られていて、馬も一層豪華な馬衣に彩られ――スケールが違う。
先程レオナルド卿から『至らない点があったら』なんて言われたけれど至りすぎていて逆に至ってない感じがあるというか、私の身分で公爵家の象徴ともされる馬車に乗る事が恐れ多すぎて恐縮してしまう。
圧倒されている間にレオナルド卿に手を差し伸べられ、恐る恐る中に入ると馬車の中も広くきらびやかで、ジロジロ見るのも悪いかなと思って窓の向こうを眺めると感心したようにこちらを見てくる通行人と度々目が合った。
「ネイ嬢に頼まれた卒業課題の材料を考えて鉱石市場に馬車を停めるつもりなのですが宜しいですか? あの辺には商店街もありますから課外実習で必要とする食料品と回復薬もそこで一通り揃うはずです」
この威圧感半端ない馬車の中でもレオナルド卿は平然としている。慣れているのだろうから当たり前といえば当たり前なんだろうけど。
「あ、はい! 私も鉱石市場で買いたい物があるので大丈夫です……あの、レオナルド卿って実はネイと仲が良いんですか?」
「いえ、仲が良い訳ではないのですが今回マリー嬢のボディーガードをネイ嬢から頼まれて断る理由もなかったので……」
そこまで言われてふと、ネイが言っていた言葉が頭をよぎる。
『あー、でも来節と再来節、学科合同の課外実習あるわよね。狙ってるんならそれまでに詰めとかなきゃ危ないんじゃないの?』
もしかして、ネイなりに私に気を使ってくれたんだろうか? 狙ってると思われてるのは困るけど彼女なりに気を使ってくれたのだとしたら、その不器用な優しさが可愛いと思う。
黄金の黄馬車はしばらく住宅街を走った後両サイドに露店が並ぶ広い通りを抜け、鉱石が並ぶ市場に着いて止まった。
 




