第39話 稼げる合同課外実習
「それにしても、レオナルド様が上手く笑えるようになってくれて本当に良かったわ~。パーティーでお会いする時はいつも硬い笑顔だったから~。今、魔法学科でもあの方の変わりようが噂になってるから、マリーも早めに仕留めないとね~?」
私の心に渦巻く暗い感情を知ってか知らずか、テュッテがニコニコしながら話題を変える。
「し、仕留めるって……」
まるで狙った獣を仕留めるみたいに言うテュッテに私も何ともいえない恐ろしさを感じつつ、光の花が夜空に咲いた時の事を思い返す。
寮の窓から見たあの光の花を目撃したのは他にも目撃者が何人かいたようで、あれを打ち上げたのがレオナルド卿とリチャード卿だと知れ渡ると彼らの周りは大分賑やかになった。
真顔で厳しく正論を吐くレオナルド卿にはとても近寄りがたい印象があったけど、笑顔で優しく諭すレオナルド卿はその元々の眉目秀麗な容姿も相まってか、女子生徒の間で人気急上昇のようだ。
ちょっと話す機会が減ってしまったのは少し寂しいけれど、彼が人に囲まれて楽しそうに笑う姿が見れたので良かったなとも思う。
「全く……皆、レオナルド卿がちょっと愛想ってもんを覚えただけで手のひら変えて注目しだして……皆、あいつの超頑固で融通聞かない性格や、魔力の大きさ自体は変わってない事分かってないのかしら?」
ネイはレオナルド卿から叱られていた期間が長いせいか、レオナルド卿の態度の変化に一切揺らいでいない。その事にちょっと安心してしまう自分がいる。
超頑固で融通聞かない――確かにそんな面もあるけど、私はあの人はちゃんと人の言葉を受け止めて反省できる人だって知ってる。私よりずっと、大人な人だ。
(……って、何で私、安心してるんだろ? ダメダメ、何だか嫌な女になってる気がする。気をつけよう)
まだレオナルド卿の想いをまだ受け止めきれず気づいてないふりをしているのに、こういう考え方になってしまうのは狡い――そう思って軽く両頬を叩いて思考を正す。
そんな私をネイは少し冷めたような視線で見据えながらサンドイッチの最後の小さな一切れを口に入れた後、水で押し流した。
「……あー、でも来節と再来節、学科合同の課外実習あるわよね。狙ってるんならあいつが課外実習行くまでに詰めとかなきゃ危ないんじゃないの?」
ネイの言葉で最高学年の最終学部の2つのメインイベントを思い出す。卒業パーティー、そして合同課外実習。
合同課外実習は魔法学科の上中クラスと魔導工学科、武術科、薬学科の後期テストで一定の成績に達した者が5~6人のグループになり決められた採取場所――ヴァイセ魔導学院が管理してるブラオクヴェレ大洞窟にて魔物と戦いながら実験や制作に必要な材料を採取していく、合同実習訓練だ。
魔道具師や薬師となった際に必要となる材料は市場に流通していない物も多く、それらは冒険者ギルドに採取依頼を出して収集してもらう事が多いのだけど、自身が冒険者を雇って直接行って採取しにいくケースも少なくないらしい。
この合同課外実習は武術科と魔法学科の生徒が魔物討伐に慣れる為の訓練であり、魔導工学科と薬学科の生徒が自ら採取に赴く場合に備えての訓練でもある。
ただ、教師が監督するとは言え少なからず命の危険も伴う為、なるべく生徒達の安全を確保する為に来節の前半組、再来節の後半組と日程が分かれる。
参加資格のある生徒も後期テスト20位以上という制限があり、その上参加資格がある者の参加自体は自由。
参加しなかった人と参加できなかった人は出ない組と合わせてその日1日自習となる。
テストではなく、あくまで授業や訓練の一貫。そこで活躍したからと言って大きく成績に影響する訳ではないけど、そこで採取できた素材は全部生徒達の物になる。それを換金できるのは魅力的ではあるんだけど――
「合同課外実習……興味はあるんだけど魔物が出るのは怖いなぁ……」
学院で管理されてる場所だけあって出てくる魔物や毒虫はそんなに強くないらしいけど、魔物や毒虫と戦うのが嫌で参加しない生徒も珍しくない。
あくまでも知識や技術を学びたい人間にとって実戦訓練は避けたいものでしかない。
「私は行くわよ。あの洞窟は年に二回の合同課外実習にしか使われない上に質の良い鉱石とか薬草とかガッツリ取れるって話だし。あ、そう言えば奥にある泉の近くで小さなレンズ石が取れたって話も聞いた事あるから、欲しいなら参加した方が良いわよ? 私が見つけたら友情価格で相場の1割引きで売ってあげるけど」
レンズ石も魅力的だし後期の授業料を納めたばかりで卒業課題のお金が心もとないのは確かだ。ここでしっかり材料費を、あるいはそれ以上稼げたら――
(工具セットのお金……レオナルド卿にちゃんと返したい)
工具セットのお礼にリチャード卿に渡した2袋のひと口チョコレート、1つはレオナルド卿が受け取ったんだと思うけど、いくら何でも金貨1枚とお菓子1つじゃ釣り合わなすぎる。
工具セット以外の事も――私はレオナルド卿に助けられ過ぎている。全部をきっちり返せるとは思っていないし、彼も見返りなんて求めてないだろうけど。
私の中で彼に対するお返しができれば、その分気後れせずに接する事が出来る気がするから。
後半年で金貨1枚分の余裕ができるか分からないけど後期の授業料を納めて卒業課題の材料費もギリギリ目処がついてきている今、できるだけ恩返しをしたい。
「マリーとネイが行くなら私も行くわ~。どっちかと一緒のグループに入れたら良いわね~」
そう言って微笑むテュッテと同じグループになれたら楽しそうだなと思った。




