第38話 彼が落ちた原因
「ね~ビックリでしょ~? 先生達もどうするって騒いでたわ~。フレデリック様、よっぽどマリーの心変わりがショックだったのね~……」
私の表情を見てテュッテが困ったように頬に手を当ててため息をつく。
心変わり、そう言われても否定はできない。かつてフレデリック様に感じていた安心感をレオナルド卿の傍にいても感じるようになってきてるから。
ただ、これを『恋』と呼ぶにはまだちょっと不安がある。フレデリック様に恋していた時の物とは違う気がするから。
何て言うんだろう? 向こうに好意がある事を知って……こっちもそんなに嫌じゃないって気持ちはあるけど……恋と言うには何かが足りない。
でも、それも心変わりには違いない。私の心は確実に半年前とは変わっている。
「……婚約破棄からもう半年以上経ってるんでしょ? 何で今更フッた側が元カノの心変わりにショック受けてんのよ?」
私の疑問を綺麗に掬い出したようなネイの突っ込みにテュッテがちょっと困ったように頬に指を当てる。
「でも~よく考えてみたらフレデリック様がマリーと婚約破棄したのはフローラ様と仲が悪いからであって、マリーの何もかもが嫌いになった訳じゃないでしょ~? マリーだって、フレデリック様の事が嫌いになったから婚約破棄を受け入れた訳じゃないでしょう~?」
紡がれたテュッテの言葉に自問自答する。
フレデリック様の気持ちはわからないけど、私の気持ちは確かに嫌いになったから受け入れた訳じゃない。むしろこれ以上嫌われたくなくて受け入れたようなもので、今も『嫌いなの?』と言われたら、ちょっと悩んだ末に『嫌いって訳じゃない』と言うと思う。
「可愛い恋人と可愛い妹が喧嘩したら、どちらか手放すしかないじゃない~?」
「……何? テュッテ、今日はやけにマリアライト卿の方持つのね?」
ネイの突っ込みは私もうっすら感じていたところだった。テュッテは少し困ったように眉を顰めて、私を見つめる。
「う~ん……実は私、ちょっとマリーに罪悪感あるのよね~……あのねマリー、怒らないで聞いてくれる~?」
そのいつもと違う感じの言い方に小さく頷くと、テュッテは小声で話しだした。
「私……後期テストの日、マリーから買った紫色のイヤリングを身に着けてたの~……そうしたら『何故そのイヤリングを君が?』ってフレデリック様に聞かれたから、マリーから買ったって話をしたら『どうして……』とか間抜けな事言うから、私ついカッとなっちゃってマリーがお金に困ってた事とか色々言っちゃったの~。それがクリティカルヒットしちゃったみたい~」
テュッテの行いが予想外すぎてすぐに言葉が出ない。
「紫色のイヤリング?」
事情を知らないネイが私の方に向かって言うと、私が言うより先にテュッテが言葉を紡ぐ。
「マリーが、『フレデリック様の色に似てるから』って衝動買いした想い出のイヤリングよ~。色合いが凄く綺麗なの~。買ってから半年経ったし、そろそろ付けていいかなと思って~」
「貴方……見かけによらずエグい事するのね」
ネイの言葉はまさに私の心を言い表していた。
「え~、でも~私は買った物を身につけて、どうしてって聞かれたから事実を言っただけよ~? 別にフレデリック様がマリーに買ってあげた物を身に着けていた訳でもないし良くない~? ……って思ったんだけど、やっぱり罪悪感で~……マリー、ごめんね~……?」
「う、ううん……謝らないで……私あの時本当にお金に困ってたし、買った装飾品を身につけるのは当たり前の事よ。テュッテは何も悪くないわ」
エグい事を、とは思ったけれど本当にテュッテは何も悪い事はしてない。
実際にその色合いを気に入って購入して、普段遣いでも使ってくれているのだと分かってホッとした気持ちもある。同情で買ってもらって一切使われないよりもずっと気が軽くなる。
「ありがとう、マリー……私もテストの日にうっかり付けてっちゃったのは悪かったかな、って思ってたんだけどホッとしたわ~。マリーも幸せ、フレデリック様は反省、もう何も思い残すこと無く卒業できそうだわ~」
「清々しい笑顔ね。恐ろしいわ」
テュッテが安心した方に胸をなでおろす。でもネイはテュッテの行動と態度にドン引きしているようだ。端から見たら確かに引く案件なのも確かだ。
「だって~! フレデリック様、これまでマリーの事一切庇わなかったんだもの~! それなのに私がマリーから買ったイヤリング付けたら狼狽えてるのよ~? 一言言ってやりたくなるわよ~! でもね、それでフレデリック様がショック受けたままテスト始まったから罪悪感あったのよ~。だからマリーには謝っておこうと思って~」
「マリアライト卿にも謝りなさいよ」
「嫌よ~絶対嫌~!」
テュッテとネイの掛け合いに入る気力が出てこない。
最高学年の最終学期が中クラス――というのは少し気の毒に思った。フレデリック様の自信満々な笑顔が好きだったから。
テュッテの行動を私に責める資格はない。ただ、そのタイミングの悪さだけは何とかしてほしかったと思う。今フレデリック様はどれだけ落ち込んでいるんだろう?
『マリー、そのイヤリングとてもお気に入りなんだね。良く似合っているよ。実は最初はその綺麗な桃色の髪にその紫色のイヤリングがとても映えて、綺麗だと思ったからなんだ。だから……勇気を出して話しかけたんだ』
とても大切にしていた想い出が、久々に頭を過る。あの笑顔に対して、私はなんて答えたっけ?
『フレデリック様の色と似てるから、お小遣いはたいて買ったんです! でも、それで声をかけてくれたんですね……! このイヤリングのお陰なんですね…!! 私、このイヤリング一生大切にしなくちゃ……!!』
そう言っていたイヤリングが5年と経たずにもう別の女性の耳を飾っている。
ああ――一生大切にするって言っておきながら、お金に困って友達に売るなんて私、なんて酷い女なんだろう。
そんな風に罪悪感を感じる部分はあるけれど、思ったよりダメージを受けてない自分に驚く。
私がフレデリック様を愛した証を売った事でショックを受けていたのなら――そのショックでクラスが落ちてしまう程テストに集中できなかったというのなら、私は今でもフレデリック様にとってそこそこ大きな存在なんだろう。
でも、それだけ大きな存在だったのなら――ショックを受けるのなら、何で助けてくれなかったの? とも思ってしまう。
一生大切にしようと思った物を手放さなければならない位に追い詰められていた私に、フレデリック様は何もしてくれなかった。
フローラ様の友人達に注意したのだってフローラ様の名誉を守る為だ。
ボルドー先生やテュッテや、ロクに会話した事もないレオナルド卿だって私を信じてくれたのに、フレデリック様は信じてはくれなかった。
私の言葉ではなく、私の一瞬の表情で私の心を勝手に決めつけた。
私が彼にとってどれだけ大きな存在でも、フローラ様の方が大きな存在なのだ。彼女の方が大切なのだ。だから私は彼を諦めて自分の想いと決別する為にイヤリングを手放した。
ただそれだけ。それだけの事――後はフレデリック様自身が乗り越えなきゃいけない問題であって私が気にかける事じゃない。今更フッた女の心変わりなんかに狼狽えてないで、ちゃんと前を向いて欲しい――
(そう、私の事なんて忘れて、ちゃんと……)
そう脳内で繰り返しながら食べた大好きなきのこクリームパスタは、先程までに比べてちっとも美味しく感じられなかった。
 




