第37話 最終学期の始まり
後期が始まると同時に行われたテストの成績は28人中、14位。自分でもビックリする位の高い成績を収める事が出来た。
「今回のテストは平均点がグッと上がりました。工学室や図書室で自習にも励んでいた生徒も多く、皆順位に関わらず皆魔導工学科の最高学年として恥ずかしくない成績を収めています。この勢いで最終学年の最終学期を乗り越えてください」
エクリュー先生の激励に皆のテンションが上がる。魔法学科は上中下の3クラスの編成に関わってくるけど魔導工学科は1クラスしかないから、上に人がいて自分が悔しい思いをしたりされたりという事はない。
それでも新参者の私に負けて嫌な思いをしている人がいないか、内心心配だった。だけど皆の様子を見る限り、誰も新参者の私の順位は気にしていないようだ。
「貴方に対して嫌な思いしてる人間なんてあのクラスにいないんじゃない?」
生徒達で賑やかな食堂の片隅のテーブルでネイは私の心配を一笑に付す。
「貴方が一生懸命勉強と内職に打ち込んでる事は誰でも知ってるもの。逆に3年間ずっとバイトばっかりしてる癖に5位以内に入ってる私の方がヘイト溜めてるわね。間違いないわ」
まあ私は気にしないけどね! と言いそうな勢いでネイは美味しそうなたまごペーストが詰まったサンドイッチを一口頬張る。
「……ねえ、ネイってバイトばかりしてるのに何でそんなにいい点数が取れるの? 私と頭の出来が違うの?」
目の前に置かれた学食の日替わりランチであるきのこクリームパスタをフォークに巻き付けながら尋ねる。
「頭の出来……って言うより意識の問題じゃない?私、楽しい事はどんどん覚えられるのよ。頭の中で回路を組み合わせるのも、実際に陣を刻んで形を整えるのも……全部楽しいの。改良免許も取っていつか自分が作った魔道具で一発あててやるのが私の夢」
なるほど。最初からハッキリとした夢を持っているネイと、少し前に作ってみたい物が出来て、初めて学ぶ事に興味を持ち始めた私との違いが分かって納得する。
魔導工学科を卒業すると同時に魔道具の『制作』免許が与えられるけど、皇国に普及している魔道具は基本的に設計図が公表されその設計図通りに作成しなければならない物ばかり。一発当てようとするにはそこから更に勉強して『改良』免許を持たないといけない。
噂では無免許で魔道具を改良したり<魔導機>と呼ばれるような特殊な魔道具を開発したりしてる貴族もいる、という話も聞いた事があるけれど――作った物によっては侯爵すら爵位剥奪されかねない危険な行為をする変人がもし自領の領主だったら色々キツいなと思う。
そう考えると、コンカシェル様の6股は罪として扱われないだけまだマシなのかなと思う。6人の夫とちゃんと婚姻関係を結んでいる訳で、国に認められた6股だ。
「……ところでマリー、貴方の所の領主ってさぁ……」
「ああ、うん……」
心に思えば何とやら――ネイが眉を潜ませてコンカシェル様の話題を振ってくる。
休み明けの初日――とんでもない事が起きた。
テストが終わった後、1クラスずつ大型の映像を見る事が出来るとても貴重な魔道具が置かれている視聴覚室に誘導され、そこで10分足らずの映像を見せられたのだ。
この学院においては魔法や魔道具制作の実演映像などでスクリーンに映し出された映像を見せられる事自体は珍しい事ではないのだけど、問題は高等部と中等部含めた全クラスがその映像を見せられたという事と、その映像に映っていた人物にある。
『皆さん、こんにちは。あ、初めましての方が多いのかしら……? 私はアルマディン領を統治しています、コンカシェル・ディル・フィア・アルマディンです……!』
美しく艷やかな桃色の長い髪を後ろで薄桃色のリボンで綺麗にまとめ、ショッキングピンクのワンピースの上にホワイトピンクのショールを羽織った、女神と思わん程の愛らしい美貌の女性に、多くの男子生徒から感嘆とどよめきの声が漏れる。
『皆さん勉学や恋愛など様々な青春に励んでいる中、お時間取らせてしまってごめんなさい……! ただ、そちらの生徒会から学院に通ってる複数のピンク髪の子が私のせいで悪口言われてるって連絡があって、私、悲しくて……』
40代のはずなのだけど鈴のような可愛らしく優しい声、少し舌っ足らずな喋り方、それでいてどことなく溢れ出る母性――女神か女優としか言いようがない程美しく優しげで可愛らしい容姿は少し表情を陰らせるだけで多くの男子生徒の憐れみや同情心を引き寄せる。
『これまで誰が何を言っていたか、はもういいの。だって今まで私が何も言ってこなかったのが悪いから……でも今後、私や桃色の子を馬鹿にする子を見つけたら匿名でいいから私の館に手紙を送ってくれたら嬉しいわ。同じ人を示す手紙が何通か集まったら私、その人のお家に夫達とお伺いして《《ご家族で》》話し合いしようと思うの』
その言葉と同時に両脇に筋骨隆々で屈強な男達が並ぶ。確か剣闘士として名を挙げていた奴隷と、平民でありながら私同様に大きな魔力と類まれな戦闘センスを持って全国各地の中級魔物を倒して回っているという冒険者だ。
無表情な剣闘士とやれやれと言った感じで苦笑いしている冒険者、顔や体に傷があるけどどちらも相当カッコいい。そしてどちらも、温かみのある目でコンカシェル様を見つめている。
(これがコンカシェル様が『クイーン・コンカシェル』と呼ばれる由縁なのよね……)
自領の民を想い、女が男に虐げられる事を嫌う優しい女侯爵はハイスペックの眉目秀麗有望株を惹きつける『魔性の女』でもある。
そして狙った獲物は逃さず仕留めた後も離さない、貪欲な獣のような技術は計算でやってるのか無意識――本能でやってるのかは本人にしか分からない。
(後の夫は男爵と子爵と伯爵……あと一人は何だったかな?『階級コレクター』とも言われてるから地位は被ってないはずなんだけど……って、そんな事より……)
発言こそ綺麗に飾られているけど、これは一つの広大な領地を治める女侯爵自らの『私に喧嘩売ってる人がいたら喜んで買いに行くから教えてね!』という明確な脅しである。
この映像を見せられた学院の生徒で誰がこの方に喧嘩を売れるだろうか?
『ごめんなさい……脅してるつもりはないんだけど、こういう言い方をしたら皆ちゃんと分かってくれる子だと思ってるし、言っても分からない子でもお仕置きしたら分かってくれると信じてるから……それじゃ皆さん、素敵な学園生活を!』
一瞬私の心が見透かされたのかと思ってビクッとしたものの、最後にコンカシェル様は優しい笑顔で締め括った――つもりだったのか、通信が中途半端に途絶えたと思ったのか『はぁー、恥ずかしい……緊張したぁ……!』とフウッと息を抜くその可愛らしい笑顔で終わった。
計算なのか天然なのか分からない。だけど確実にコンカシェル様の演説はこの学院の空気を変えた事は分かる。
ネイが呟いた一言でこの食堂の私達の周りの喧騒が収まり、微妙な空気が漂う。
女侯爵がピンク髪なだけあってピンク髪はアルマディン領の人間が多い。その人間に対して『貴方の所の領主って……』と言えばもう完全にコンカシェル様への陰口モードと捉えられてもおかしくない。
空気を読むのが苦手なネイも流石にこの異様な空気に身の危険を感じたようで、それ以上の言葉を出せないでいる。
「……半年前位に噂、収まったって思ってた」
困っているネイを何だか新鮮に感じつつ質問も兼ねて助け舟を出す。
前期の初めにレオナルド卿とフレデリック様がフローラ様達に注意してから婚約破棄の噂も陰口も聞こえなくなっていたから、今更コンカシェル様が出てくる理由がわからない。
「え、ああ……訓練室の清掃してる時に結構聞こえて来たわよ。高等部の生徒に叱られた、とか言ってたから身内でヒソヒソ言うにしたのを生徒会の誰かに聞かれたんじゃない? あるいはその噂やからかいで傷付いた貴方以外の誰かが生徒会に助けを求めたか……」
ネイは助かったと言わんばかりに言葉を連ねる。私が原因で巻き起こった噂が他のピンク髪の子にも迷惑かかっていたんだと思うと、ちょっと罪悪感が湧いてくる。
「噂が聞こえなくなったからと言って、噂が収まったとは限らないのね……」
学生食堂でチラチラと見られる事は何度かあった。婚約破棄に対する視線だと思っていたけれど、ピンク髪に対する軽蔑も混ざっていたのかも知れない。
「聞こえなくなったなら収まったと思って当然じゃない? それにこれでもうピンク髪の悪口言う奴出てこないでしょ。何処で誰が女侯爵にチクるか分からないんだから」
私は自分が耐えれば、自分さえ我慢すればと思っていた。ピンク髪の子は私以外にも何人もいたのに。生徒会に相談したり女侯爵に報告するなんて、思いつきもしなかった。
私もレオナルド卿と同じ――いや、彼以上に視野が狭かったなと反省する。自分の事だけ考えてばかりでこうやって後で後悔するのはやっぱり、嫌だ。
「……ネイ、あの映像を映し出した魔道具……映石ってどういう構造だと思う? 卒業課題の魔道具、あんな風に映像も出せたらいいなって思って探したんだけど、映石の設計図って図書室に無かったのよね……何で無いんだろう?」
話題を変えた事でまた周囲の喧騒が戻ってくる。ネイも女侯爵に言いたかった言葉を飲み込んだのか、私が出した話題に乗ってくれた。
「ああ……映石は構造も複雑だし一般流通させるには危険度が高いからね。まあ卒業課題として作りたきゃ、材料揃えて自分の頭で組み立てろって事よ。ただ、映像を写しだす為のレンズ石ってとても希少でね。視聴覚室で流された解像度も高い綺麗で滑らかな映像を流すにはかなり純度の高い大きなレンズ石が必要になるわ。ちなみにあれに取り付けられていた手の平サイズのレンズ、金貨30枚は下らないわよ。最低限の映像を表示するこの位の大きさでも銀貨3枚はいくわ」
そう言ってネイは自分の小指の爪を指差した。魔導工学の知識ばかりかその素材のお値段まで把握しているネイは商売で成功する気しかしない。
あそこまで綺麗で大きくて滑らかな映像を流すつもりはないのだけど、レンズ石だけで銀貨3枚――卒業課題の制作費は全額自腹だと思うと映像は諦めた方が良いのかも知れない。魔道具自体の大きさも出来るだけ小さくしたいし。
「ああ、マリー、ネイ、ここにいたのね~」
映像表示機能を諦めた所でテュッテが声をかけてきた。
テュッテとネイも波長が合うらしく、こうしてどちらかと食事を取っている時に遭遇すると自然と入ってくるようになった。
友達と一緒にお昼をとって、楽しく雑談する――この学院に入って最初の頃に想像していた生活が最終学年で叶った事が本当に嬉しい。
食堂内での防音障壁は陰口だ悪口だのと因縁の元になる、という理由で禁止されている為か、席に座るなり周囲に聞いている人がいないか確認した上でテュッテが小声で囁く。
「ねぇねぇ、マリ~……! フレデリック様にフラれたマリーが今度はレオナルド様に粉かけてるって噂が出てるわ~……中クラスに落ちちゃったから直接フレデリック様の様子を見た訳じゃないんだけど、相当落ち込んでるらしいわよ~……!?」
「え、そんな、テュッテが中クラスに落ちちゃうなんて……!今回の試験、よっぽど難しかったのね……」
噂も噂だけどそれよりテュッテが落ちてしまった事が悲しくてそう呟くとテュッテは驚いたように両手をゆっくり横に振る。
「違うわ~! 試験は確かに難しかったけど、落ちちゃったのはフレデリック様よ~!」
テュッテから紡がれた信じられない言葉に、思わず自分の耳を疑った。
フレデリック様が、落ちた――?




