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第36話 運命の分岐点・2(※フローラ視点)


「フローラ……リボンを拾ったのなら何故すぐに僕に言わなかった……!? リビアングラス卿は完全にフローラを疑っていた……リボンを拾ってる所を見て誤解したのかも知れない。何もやましい事がないなら、すぐに出せば良かったんだ……!!」


 優しい声で言おうと務める兄様の声が震えている。怒りを抑えているのが伝わる。


「ご、ごめんなさい……クラスメイトと言っていたのでソルフェリノ嬢の事だとすぐに気づかなくて……ごめんなさい、兄様、私……」


 兄様を怒らせてしまったのが怖くて私の声も震える。そんな私を見て兄様は少し困ったように眉を潜ませた。


「そうか……分かった。フローラ、すまないが少し一人にさせてくれ……今はとにかく、冷静になりたい……」


 紡ぎ出すようにそう言った後、兄様は足早に歩いていってしまう。一人になりたいという兄様に追いすがっても良い事なんて何一つ無い。


 ああ、駄目。フレディ兄様を失望させてしまったかもしれない。このままだと兄様が離れていってしまう。


 兄妹――たかが兄妹という関係でしか、ないのに。その関係すら崩れていってしまう。


 いつか離れなければならない関係だからこそ、その時が来るまで笑顔で傍にいてほしいのに。ずっと笑顔でいたいのに。


 ああ、本当に人の心の中にある愛を消したりそこに新たな愛を植え付けたりできる素敵な魔法があったらいいのに。


 兄様から不変の愛を得られたなら――私はそれ以上何も望まないのに。


(そうだ……本に書いてなくても、お母様なら何か知っているかしら?)


 マリアライト家の長であり呪術にも明るいお母様なら噂や絵本の中にしか出てこない魔法の事もご存知かもしれない。



 前期休みに入り、館に帰る頃には兄様はもう怒ってはいなかった。だけど笑顔を見せてもくれなかった。ただぼんやり馬車の向こうを眺める兄様に何とも言えない気まずさを感じて、何も言えなかった。


 そして館に入るなりお母様は婚約破棄の件はどうなったのか尋ねてきた。兄様がまだ婚約解消の申し出をしていない事とあの女にリボンを返す意思があった事を知ると、お母様は自分の名前で婚約解消を願う手紙を送ると言い出された。


 自分が、と言った兄様に『貴方はそう言ってこの半年何もしなかったのでしょう?』と厳しく言ったお母様の辛辣な言葉に対して、兄様は俯いて黙ってしまった。


 お父様がすぐ横にいるのにも関わらずピリピリしているお母様に魔法の事は到底聞き出せず、お母様は結局ソルフェリノ家に手紙を出して、半節――ようやくソルフェリノ家から解消承諾の手紙が届くまでずっとピリピリしていた。


 大分遅くなってしまったけれど、ようやくあの女と婚約関係が正式に解消された。これであの女と兄様を繋ぐものは何もない。元婚約者という肩書を持つだけの、完全な他人になった。


 なのに――それと同時に兄様は部屋に閉じ籠もるようになってしまった。食事の時には出てきてくれるし、態度だって怒ってる訳じゃない。食事の時間はとても和やかだ。


 だけど兄様の元気のない表情に心が痛み、一刻も早く兄様に笑顔を取り戻してほしくて一人、お母様の執務室を尋ねる。

 兄様の婚約問題が片付いた今なら聞けると思ったから――


「お母様……人の愛を消したり別の人間を愛するようにできる魔法について何かご存知ありませんか?」


 私の問いかけに手紙を読んでいたお母様は微笑みを浮かべながら顔を上げる。


「物騒な事を聞くのね、フローラ……好きな人でも出来たの?」

「いいえ、私、今の兄様が痛々しくて見ていられないのです……元はと言えば私がソルフェリノ嬢の嫌味に耐えられずに兄様に相談したのが事の発端ですから……私に出来る事があれば何でもしてあげたいのです……」


 私の悲痛な訴えに対し、お母様は小さく首を横にふる。


「その気持は分からないでもないけれど……でもねフローラ、こういう事は他人がどうこうする事ではないのよ。もしフレディが誰かに迷惑を掛ける程に取り乱しているようならともかく、今のフレディは今ただひたすら自分の心に整理をつけようとしているだけ……あの魔法は必要ないわ」

「あの魔法……お母様の言い方ですと、そういう魔法は実在するのですね?」


 そう追求するとお母様は少し天井を見上げてしばらく考えたのち、また私を見据えた。


「そうねぇ……可愛い娘に対して、存在するものを無い、とは言えないわね。だけど私には使えないわ」

「お母様より魔力のある私なら使えるかもしれません……! 術式は? 詠唱? 陣?印? それともそれらを合わせた複合術ですか?」

 畳み掛けるような言い方が癪に障ってしまったのか、お母様は眉を顰めた。


「フローラ……あの魔法は人の欲望だけで使ってはいけないものなの。神様がこの世の安寧の為に必要と判断した時だけに使われる、とてもありがたくて神聖な魔法なのよ?」


 その言い方が私の純粋な思いを穢らわしいもののように言っている気がして、耐えられなかった。


「お、お母様は……兄様の心をお救いしたいこの気持ちが欲望だと仰るのですか!?」

「家族の痛々しい姿を見たくないから、という至極個人的な理由で家族の感情を操作する……それが欲望以外の何だというの?」


 優しい笑みに冷たい視線――紡ぎ出される声も少し、冷たい。


「ねえフローラ……貴方、何か私に隠している事はない?」

「……何のことでしょうか?」

「フローラ……怒らないから貴方がした事全部、話してみなさい」


 その目――お母様は全部知ってる? 何で? どうして? 兄様が言った?いえ、兄様が知ってるはずがない。

 だけど、それならどうして、学院から遠く離れているお母様が知っているのだろう?


「……逆に、お母様は何処まで知っておいでなのです?」


 そう答えるとお母様は小さくため息を付いて、持っていた手紙の封をこちらに見せた。銀色の封蝋にはヴァイセ魔導学院を運営するシルバー家の文様が浮かんでいる。


「……ソルフェリノ嬢の部屋への不法侵入。後は貴方が何かしらの術を使ってソルフェリノ嬢を襲わせたのではないかという疑惑……アザリアがシルバー家に嫁いでくれてて本当に良かったわ。義父である理事長から貴方の行いを知らされて『貴方を厳しく注意するから、今回の事は公にしないで欲しい』と懇願してくれたのよ」


 アザリア叔母様――私を可愛がってくれる、お母様の妹の一人。そのアザリア叔母様に迷惑をかけてしまった事に心が痛む。


「アザリアがいなければ厄介な事になっていたわ。全部正直に言いなさい」


 手紙の内容はここからじゃ見えない。私の証言と照らし合わせているとなると全てを言わない訳にはいかない。

 

「……私、ソルフェリノ嬢の部屋に入って、兄様の婚約リボンを取り返しました。あの女の手元に兄様の婚約リボンがあるのが許せなくて……その前に従属の術を使って男子生徒にソルフェリノ嬢を襲わせました。それは前に、母様が襲われたら良いのにと言っていたから……」


 ポツポツと紡ぎ出すとお母様は額に手を当ててため息を付いた。


「ああ……そうねぇ、確かにそれっぽい事は言ったわねぇ……私の言葉をそういう風に解釈しちゃうなんて、困った子ねぇ」

「……何故分かったのですか?」


 そう言った瞬間、お母様が手に持っていた手紙がグシャリと潰れる。


「……最初に素直に言わなかった貴方に、私も素直に全てを言う気にはなれないわ。ただ、貴方はまだまだ未熟……自分より魔力が低いからといってけして大人を甘く見ない事ね。学院だっていくら嫁の家の親族だからって何処までも看過する訳じゃない。私が見逃せるのもここまでよ。これまでの事はフレディにも言わないでおくから後半年、もう一切ソルフェリノ嬢に干渉せず大人しく過ごしなさい。今節は書庫への立ち入りも禁じます。これ以上マリアライト家の名誉を貶めないで……貴方はそこまで愚かな子ではないでしょう?」


 眉間に皺を寄せた母様の目が潤んでいる――と思ってからの意識がハッキリしない。気づけば自分の部屋のベッドに倒れ込んでいた。


 何で、何で、どうして気づかれたの? 素直に言っていたら全部教えてもらえたの?

 私にこのまま兄様が暗い顔をして過ごすのを見過ごせっていうの? そんなの、酷い。


(それにあの女がこれ以上我が物顔で学院をのさばるのも嫌……!! 私に恥をかかせたリビアングラス卿も、元はと言えばあの女が言いつけたから…!!)


 悔しい。悔しい。どうしてあの女は大人しく消えてくれないの?

 今までも気に入らない人はいたけど、皆勝手に消えていってくれたのに。


 あの女は絶対に自分から消えない。私が何とかしないと消えない。


 でも――でもこれ以上学院で何かしたらこれまでの事が全部兄様に知られてしまう。兄様に嫌われてしまう――そんなの、嫌。


(仕方ない……もうあの女が兄様に近づかなければいい。近づきさえしなければいい……)


 そう。もう、それでいい。目障りなあまりに大きな行動を取りすぎたのは事実なのだから。冷静にならないと身を滅ぼしてしまう。譲歩しないと。


 兄様の傍で兄様をお慰めしていれば、きっと兄様も笑顔になってくれる。だってもうあの女は兄様の婚約者でもなんでもないもの。私があの女を意識しすぎているだけよ。


 でももしまたあの女が近づいてきたら? もし私が手を出せなくなった事を良い事に、ふとした事をきっかけにまたベタベタと近寄ってきたら?


(今の私と、今の雌犬だったら、兄様は……どっちの言い分を信じるのだろう? あの女がリビアングラス卿に泣きついたように、兄様に泣きついたら……)


 そんなの――許せない。何とかしなくては。近づかせない為の策を講じなければ。


(でも……寮に戻ったら恐らく私の行動は監視されてると思った方が良い。学院に戻ったら私はもう何もできなくなる)



 対策をしておくなら――今しか、ない。



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「選ばれなかった侯爵令嬢~」のヒロインはウィスタリアです。不穏な夫婦について詳しく知りたい方はタグをご確認頂いた上でお読み頂いた上で是非。

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