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第31話 解けていく謎と心・2


 借りていた魔導工学の本を返す為に図書室に入ると、リチャード卿が後期休みに使っていたテーブル席でリビアングラス卿と話しているのが見えた。


(元気そう……良かった)


 本を所定の位置に戻した所で、もう一度謝る為に2人の方に近づいていく。


「この粉に魔力を……打ち上げれば……」

「粉は何処で……手に……で……?」

「小さな魔晶石を……で細かく……成分的に魔晶石の粉は………砂と……」

「……人体には……」


 何やらリビアングラス卿が片手に持っている瓶について話しているようだ。


「……た後は風で飛散……魔力は大気に吸収されて粉は土へと帰る。一つ一つの粒子はとても……から例え体内に入っても自然に排泄されるはずだ。ただ、至近距離で打ち上げると大量の粉末が目に入りそうだからなるべく高い位置まで打ち上げる必要がある。多く打ち上げる際はゴーグルもした方が良いだろう」

「しかし、卒業パーティーで使う事を想定すると大量の魔晶石が必要になりそうですね」

「普通に買うと予算が合わないが君の領地には魔晶石の石鉱が多いだろう? そこで売り物にならない屑石くずいしを集めてきてもらえないだろうか? 屑石なら魔晶石を砕く作業も省略化出来る」

「それは構いませんが……ああ、マリー嬢、おはようございます」


 どの辺りで声をかけようか迷っていた所でリチャード卿がこちらに気づいたので会釈する。リビアングラス卿も小さく会釈を返した後、椅子から立ち上がりその場から離れていった。


「マリー嬢は今休みもここに残るのですか?」


 リチャード卿はリビアングラス卿の態度を特に気にした様子もなく問いかけてくる。


「はい。誕生日だけでも戻ろうかなとも思ったんですけど、帰るとどうしても色々質問攻めにあってしまいそうで……まだ授業で追いつけてない部分もあるし内職もしたくて」

「え? 今節誕生日なんですか? 良かったらいつかお聞きしても?」

「25日です」


 その言葉を聞いてリチャード卿は考え込み、数秒後にホッとしたように微笑む。


「……良かった。今レオナルド様からちょっとした依頼を承りましたので2週間ほど帰省しようと思っていたんですが、誕生日には間に合いそうですね」

「あ、そんな、お気遣いなく……! それにしてもリチャード卿、あんまり実家に帰りたくないっていうのは本当だったんですね」


 依頼があるから帰るような口ぶりについ聞いてしまうと、リチャード卿は頭を掻きながら苦笑いした。


「あはは……けして家族仲が悪い訳ではないんですが、長く居ると気疲れしてくると言うか……あの時成績が落ちていた事も事実ですし。レオナルド様のお願いでここに残るって言えたのは正直助かりました。それに皆で自習して分からない点を聞きあって教え合ったりするのは楽しかったです。本当に、良い経験になりました」


 そう言うリチャード卿の笑顔はとても嘘を言っているようには見えないので(良い人過ぎる……!)と心の中で崇めながら信じる事にした。


「ところで、あの……私に言った事、リビアングラス卿には……」


 気になっている事を小声で問いかけると、言葉の先をリチャード卿も察したようでヒソヒソと小声で返してくる。


「……ああ、安心してください。言ってませんよ。言ったら間違いなく距離置かれちゃいますから。なので僕から教えられたって事は内緒にしてもらえると助かります」


 良かった。もし『言っちゃいました』とか言われてたら彼とどう接すればいいか分からなかった。友人が自分の想いをバラしていたらかなり微妙な気持ちになるだろうし。


「分かりました……その代わり、私にくれた工具セット、元々誰の物だったのか教えてくれませんか?」


 ちょっと狡い手段だなと思い通つつ問いかけるとリチャード卿に表情が強ばる。


「それは……えっと、以前この学校の魔導工学科を卒業した……」

 決定的な『嘘』を零したリチャード卿に、追求の言葉をかぶせる。


「リチャード卿……あの工具ケース、製造年号が2年前の物でした。年号を印刷した塗料が薬剤から浮かび上がったんです……念の為にネイに確認したらこの2年間で魔導工学科の退学者は一人もいないって言うし……もしかして、あの工具セットって……」


 遠くの本棚の前に立っているリビアングラス卿の方に視線を向けると、リチャード卿は観念した方にフゥ、と息をついた。


「そうです……実はあの工具セットは元々レオナルド様の物です」

「やっぱり……っていう事はあの音石の助言も、音石が出来た後にリチャード卿が音石持って来たタイミングも……」

 

 あの紙切れの助言についてはこれまでそれとなくクラスメイトに聞いてみたけれど誰も心当たりがなかった。リビアングラス卿も否定したけれどここまで状況証拠が揃うともう確信せざるを得ない。


 リチャード卿は小さく『バレちゃいましたか』と呟くと頭を少し俯ける。


「……本当、お節介もここまでされると気持ち悪いですよね。レオナルド様に代わって謝ります」

「いいえ、そんな……気持ち悪いだなんて全然……! 凄く感謝しています……!」


 確かに一瞬ちょっと怖いなと思ったのは事実だけれど、それは多大な感謝の念にあっという間に押し流される。

 それに元はと言えば私がリビアングラス卿の気遣いを振り払ってしまった事から始まったのだから申し訳無さの方が強い。


「でも……リビアングラス卿は今、同じ工具セットを持ってますよね? どうして同じ物を持ってるんですか?」


 そう、これまでの授業中に見かけた彼の工具ケースは他の皆と全く同じ物だった。今販売している今年度の工具セットとは微妙にケースの色合いが違う。私に使っていた物を譲って新しく買い直した、という事ではないみたいだ。


 だから工具セットを譲ってくれたのはリビアングラス卿だと思いつつ、何故同じ物を使っているのか――その部分が気にかかった。


 そこまで知られてしまったのなら、とリチャード卿は前置きした上で少し顔をうつむかせて言葉を紡ぎ出す。


「……レオナルド様が高等部に入ってすぐに、購入したばかりの工具セットを無くされまして……新しい物を購入した後に誰も通らないような校舎の隅で乱雑に捨てられていた物が発見されました。マリー嬢にはレオナルド様が今まで使っていた物を、レオナルド様は今、捨てられていた方を修理して使っています。捨てられていた方は何をされているか分かりませんから」

「公爵令息相手にそんな酷い事をする人間がいるんですか……!?」


 知られてしまえば公爵家に睨まれてしまうような陰湿な行為をするなんて、にわかには信じがたい。


「……例え公爵家の身分でも魔力が低いレオナルド様をやっかむ人は多いですから。特にあの頃は数節前の武術大会で優勝候補だったフレデリック様を圧倒した事で青系統の魔力を持つ貴族達には特に憎まれていた時期だったので……」

「犯人は……」

「あの方は自分に対する非難は仕方がない事と割り切ってますから。工具セットを新しく買えば済む話でしたし。ああ、その工具セットが見つかって以降はピタリと何も盗まれなくなりました。多分教師や別の生徒が気づいて犯人達を諌めたんじゃないかな。今は陰口程度で何か被害を受けている訳じゃないので安心してください」


 そういうリチャード卿の表情は微笑んでいる。その言葉も嘘じゃないんだろう。そう思うといつのまにか力が入っていた肩から力が抜けるのを感じる。


「……何だか、リビアングラス卿って私が思ってた人とは大分印象が違うんですね。私、フレデリック様と言い争ってる時の姿や武術大会の時の印象が強くて、ずっと怖い人だと思ってました」

「ああ、中等部最後の武術大会の時もレオナルド様は魔力回復促進薬マナポーション使ってましたからね。中等部の頃はまだ昂ぶる感情の制御もできてなかったのに2本飲むとか……理性失ってないにしろかなり鬼気迫ってましたし。怖いと思っても仕方ないですよ」


 そう言えば武術大会では魔力の器の大きさで左右される状況を少しでも平等にする為に魔力回復促進薬マナポーションの使用が認められていた。あの戦いの後1本まで、の制限が課せられたのはリビアングラス卿が2本飲んでたからか。


 多分狡いという理由ではなく、使用者の心身を守る為の制限だろう。複数飲みはそれだけリスクを伴う行為だから。きっと今の中等部で薬学を教えてるおじいちゃん先生は私達に教えた時よりもっと口酸っぱく言ってるんだろうな。


「……その時は何で飲んだんです? 滅多に飲んでいい物じゃないんですよね?」

「武術大会の選手控室でマリアライト卿に馬鹿にされたそうです。『君のような魔力が小さい男に同色の弟妹がいないのは何処かに隠し子がいるからだろうな』と」


 隠し子――それは家族の絆を根本から否定する、酷い中傷。


 フレデリック様からはそんな酷い言葉を聞いた事がない。それを言われた側は――どれだけ傷付いただろうか?


「自分の事だけならいつも通り受け流したのでしょうが、父親を馬鹿にされた事や翌年中等部に入学されるロザリンド様まで馬鹿にされる事を危惧されたレオナルド様は武術大会でリビアングラス家の名誉を守る為にマリアライト卿を打ち負かしました。『未来の侯爵を打ち負かす事が出来た自分には未来の公爵になる資格があるのだと、自分は馬鹿にされる存在ではないのだ』と周囲に知らしめたかったそうです」


 当時の事を思い出したのか、リチャード卿はそこで一度言葉を切って懐かしそうな、何処か悲しそうな表情を浮かべた後言葉を続けた。


「……そんな本人の思い虚しく、薬の副作用で攻撃的になっている事から乱暴な戦い方になった結果、『薬に頼らないと何も出来ない中毒公子』という陰口が追加されただけなんですが。父君に厳しく叱責された挙げ句、妹君にもより距離を置かれてしまいましたし」


 無理をして頑張ってそれでも何一つ報われないばかりか別の陰口がついかされてしまったリビアングラス卿。

 そしてそのきっかけがフレデリック様の一言だと思うと、もう居ても立っても居られない気持ちだった。


 婚約破棄を突きつけてくるまで私にはとても優しかったフレデリック様。でも、彼が嫌いな人間に向ける視線の冷たさを、私は知ってる。だから――その一言が事実だと分かる。


「……私、ちょっとリビアングラス卿と話してきます」

「分かりました。あ……! 工具セットの事とか武術大会の事は僕から聞き出したって言っても良いんですけど、好意を知られてる事に気づかれたらそこは態度で何となく、って誤魔化してくださいね……! 実際あの方、隠してるように見えて手とか足とか、結構態度に出てますから……!」


 リチャード卿のお願いに微笑ってうなずくと、私はリビアングラス卿が去っていった方に歩き出した。



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「選ばれなかった侯爵令嬢~」のヒロインはウィスタリアです。不穏な夫婦について詳しく知りたい方はタグをご確認頂いた上でお読み頂いた上で是非。

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