第30話 解けていく謎と心・1
フレデリック様は生徒会室での一件を学校長に直談判したようで、リビアングラス卿は一週間の謹慎が言い渡された。結局あれ以来彼に会う事がないまま前期休みに入ってしまった。
今回の休みで帰省するかどうか悩んだけれど、戻れば婚約や魔導工学科の男(※お金持ち)について追求される事が容易に想像できて気が重いので<今は色々集中したいから>という理由で帰らない事にした。お母様ならその<色々>に勝手に含みを持たせて納得してくれるだろう。
そして前期休みに入るとお母様から少し厚めの封書が届いた。
中には私の推測通り<頑張りなさい。ただ体調には気をつけなさいね?>と体調を気遣う手紙と長期休暇中の寮の滞在費、<誕生日プレゼント代わりにこれで好きな物を買いなさい>と銀貨2枚とお小遣いの銅貨5枚が同封されていた。
普通ならまさか誕生日プレゼントが現金とか――と思われるかも知れないけど、これがあれば後は内職で貯めたお金やお小遣いと合わせて後期の授業料がギリギリ納められそうだ。休み中は内職漬けかなと思っていただけに思わぬ臨時収入に歓喜する。
そしてその封書の中にはもう一つ、紫色の封蝋が着いた封書が入っていた。
<マリアライト家から正式に婚約解消の申し出が来ました。リボンを返したという事は貴方も承諾済みという事でいいのかしら?特にこちらの非を追求するような物ではないけれど貴方も実際に見て確認した方が良いでしょうから同封しておきますね。>
とお母様の手紙に記載されていたので目を通す。そこには丁寧ながらも簡潔に『双方の意思と婚約リボンの返還を鑑みて今回の婚約は無かった事にしたい』という旨が綴られていた。
最後の署名はウィスタリア・ディル・フィア・マリアライト――ウィスタリア様のものだ。婚約解消以外にこちらを責める文章も気遣う文章もない。綺麗な筆跡は一切感情が揺らいでいない事を感じさせる。
ウィスタリア様の領主という立場からの冷静で穏便な判断と、その判断をさせる要因になっただろうコンカシェル様の自領の民に注がれる愛に感謝する。
(……もしかして、フレデリック様、あの時婚約破棄ではなく解消として受け入れてほしいって言いに来たのかな?)
最後に『人目につかない場所でまた話したい』と言われたきりだった。酷く言いづらそうにしていたけれど、これが理由だとしたらこれまでの事がストンと腑に落ちる。
フローラ様は自身が虐められたと訴えているのに婚約破棄が婚約解消に動いた流れが気に入らなかったから、あんな行動を起こしたのだろうか?その割にはリボンが手元に戻った事で婚約解消の方に話が動いてしまったのはどうなんだろうという気がするけれど。
何にせよ早くこの婚約問題を終わらせてスッキリしたい気持ちもあったので承諾済みだという返事を書いてお母様に送った後、寝る前の定番作業になった魔晶石磨きの内職を始める。
片手に乗る位の半透明でザラザラの石を専用の布巾で磨いていくと、少しずつきめ細かくなりツルツルになる。その頃には光沢も出てきて達成感がこみ上げてくる。
考え事をしながら淡々と出来るこの作業は、効率こそ悪いけれど結構好きだった。そして最近この時間に考える事はいつも同じ事。
――中等部の頃からレオナルド様はマリー嬢の事が好きでしたから。
あれからリチャード卿が言っていた言葉が何度も頭をよぎる。
それを考える度に、心に細い針が刺さったようにチクンと痛むのに考えるのをやめられない。
(好きって事は……好きって事よね?)
最初は一目惚れだった――リチャード卿は確かにそう言っていた。だからその好きは私がフレデリック様を想っていたのと、同じ意味なのだと思う。
(でも、そう言われても私は……)
ずっとあの人を避けていたのは間違いない。最初はフレデリック様が嫌がるから、それ以降はこれ以上迷惑をかけたくなかったから――でも内心は男子生徒に襲われた時のあの人が怖かったから。怒りをその目に宿し、真っ直ぐ向かい合うその態度が怖かったというのもある。
実際にあの目に怒りの感情を宿された状態で睨まれると体が竦む。だから好意を向けられていると知っても素直に心ときめかせられない。だけど――
(だけど……いつだって彼は『私自身』に敵意を向けた事はない。)
彼はいつも私を陥れようとする人間に対して怒ってくれていたのに、私はそれを恐れてしまった。
彼は自分の考えが至らなかったと反省して謝ってくれたけれど、弱くて自分や家を守る事しか考えられなかった私は――このままでいいんだろうか?
これまでの事から何も学ばないまま、またフローラ様に何かされた時に怯えて泣いて、誰かに迷惑をかけるような存在のまま卒業して良いんだろうか?
でも学院を卒業すれば恐らくもうフレデリック様とフローラ様に関わることはないだろう。だからこのまま耐えていれば私が望む、お互い関わらない未来が待っている。
それにリビアングラス卿やリチャード卿……権力のある男の力を借りて気に入らない相手を捻じ伏せるような真似はしたくない。他人の善意を人を貶める為に使いたくはない。
やるなら自分で、他人の力を借りず自分自身の力で果たしたい。
(……なんて思ってみても、大事にはしたくないし……)
大体いつもこの辺まで考えると石が綺麗になるのでそこで思考を中断して眠るのだけど、今日は石が大きいせいかまだ十分に磨き上がっていないので、もう少し思考を進めてみる。
自分自身の力だけで、誰にも気づかれずに彼女を見返す方法――そんな都合が良い方法、あるんだろうか?
それに反省して欲しい、悔い改めて欲しい、もう関わらないで欲しいとは思うけれど、けして彼女を不幸にしたい訳じゃない。そんな事になれば私はより一層恨まれる気がするし、恐ろしい反撃が待っていると思う。
とにかくもう、彼女とは関わりたくないのだ。
(でも……フレデリック様がまた誰かと恋に落ちたら、その人は私と同じ目にあうのかな……?)
そこに意識が行った所で魔晶石が綺麗になった。考えなきゃいけない事はいっぱいあるけど、今日はこの辺で考えるのはおしまいにしよう。そう思って石を片付けて机を整頓していると、ふと机に置かれた工具ケースが視界に入った。
そのケースに違和感を覚えたのは、黒い染みからうっすら数字が浮き出ていたから。
ヴァイセ魔導学院の後に続く数字は――今から2年前を表していた。




