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そしてワズロフ家———。
ワズロフ家は今回のシードをパラヴァ国から持ち込んだ家紋だ。
原料となる実を大量に輸入し、加工した。
群がる羽虫のようにシードによる利益を様々な貴族が得ようとしたが取り扱いが難しく、ワズロフ家以外の貴族は輸入や生産のコストに足り得る利益を上げる事は出来なかった。
その二つの家紋が今回の戦争を機にかなりの資産を増やした。
方や、ハウゼント公であるカイルの家紋は資産ではなく、自国に勝利をもたらした武勲を賞され領地の拡充並びにカイル直属の軍を一万拡大された。
三家紋同じく戦争により利益を得た形であるが、それが今回問題では無い。
夜会に選んだサンクリフト侯爵の話に戻る。
サンクリフト侯爵は戦争により飛躍した家紋というわけではない。
東国との戦争を強く後押しした派閥ではあるようだが、大きな収穫があった家紋では無い。
それがアルバートとルイスの見立てであった。
だが、実際に夜会に参加してルイジェは考えた。
調度品がやけに豪華なのだ。
勿論グラナダ王国の侯爵家ともなると、それなりの調度品である事は分かる。
だが、今回ルイジェが目にした調度品達はどれも真新しい物ばかりであった。
最近漸く東国貴族向けに出回り出したような細工を施された物もいくつもあった。
東国から仕入れた品である事は一目で分かった。
それは小さな壺であるが、独特な黒い釉薬の上に淡い青色の斑点が群れを成している。
見る角度によって色彩の変化が楽しめるとても素晴らしい壺であるが、作る過程が非常に難しく東国内でもまだまだ一般流通は難しいと言われていた物だった。
東国内の貴族ですら手に入れる事が難しい品だ。
それをグラナダ王国の貴族が手に入れるとなると諸々の代金を含めかなりの価値になる。
それを堂々と飾っていて、その近くには同じく希少価値の高い品物が鎮座していた。
アルバートとルイスの話ではサンクリフト侯爵は名ばかりの古い名門侯爵であるという。
何処からそのような金を絞り出したのか……。
それだけで無く、希少価値の高い品物を持ってくるパイプは一体何処にあったのか。
ルイジェにはその糸を辿った先に何かがある気がしたのだ。
♢
「ルイジェ様、こちらへどうぞ」
ルイスとユエに連れられ、一つの部屋に入った。
夜会の合間に休めるように設置されたパウダールームに入った。
ルイスは扉の前で待っている。
「矢張りおかしいですね」
「そう思いますか?」
「はい。事前に調べていた家紋の財政状況と余りにも差があり過ぎます」
「ルイジェ様の目利きでそう思われたのなら確かでしょう」
ユエが頷いた。
「特に東国でもまだ手に入れる事が難しい東国由来の品々が多かった事が気になります」
「私もそれは気になりました。王族ですら入手する事が厳しい品もあるように思えました」
「あの壺ですね?」
「ええ、そうです。あの位の壺を手に入れられるのは、王か皇太子殿下ぐらいでしょう。献上品としていくつかは王宮に持ち込まれた事を知っております」
ユエはそう言った。
「サンクリフト侯爵程度の資産で到底入手出来る物ではありません。それが一つや二つでは無かった」
「という事は、東国内にもサンクリフト侯爵と内通している者が居るという事でしょうね」
それも、かなりの権力者が。
「ユエ様、私が密告をする方は第一王女様ですね?」
二人の間に僅かな空白が生まれる。
静まり返った室内。
ユエが満面を喜色に染めた。
それが総ての答えであった。
「ルイジェ様、私の事はどうかユエとお呼びください。貴方の手となり足となりましょう」
遂に第一王女が動き出したという事だ。
彼女の国を腐敗へと導く者達から奪還すべく。
その手駒の一つとしてルイジェをグラナダの内部に潜む根源を断ち切る為の刀剣として。
「では、そろそろ参りましょう」
ユエはそう言って一人、扉の前に立つルイスに一言二言告げる。
するとルイスは足早に去っていった。
「さあ、手筈は整いました。行きましょう」
事もなくユエはそう言った。
♢
二人は足早に夜会で賑わうホールの裏手廊下を歩いていた。
屋敷内は薄暗く、主人達を一箇所に集めたホール以外は静まり返っている。
下女や下働きの者達も、夜会を持て成す準備で慌しく動いているらしい。
普段は活気があるだろう邸内も、今は火が消えたようにしんとしている。
二階に続く階段を矢張り足早に登る。
グラナダ王国の様式として、大概の主人の部屋は最上階の一番奥に作られているそうだ。
敵から攻められた時に匿えるように。
そして、隠し通路から逃げられるように。
隠し通路は大概主人と女主人しか知らぬ造りになっている。